囚われの少女
番外編、その2話目です。ここも、しばらくは大した事を書かないので、すいません。
マルンと一緒に、アンジェロは彼女が拠点としている街へと向かった。ここは現実世界で言うと、鈴鹿山脈の中腹に位置する孤立した街だった。
周囲に何も無い為、ここだけに人が集中して発展し続けた結果、街として形成されたのだろう。街の名前は「イガ」と言った。
五大都市程では無いが、神殿を始めとした最低限一通りの施設と帰還ポイントが存在しており、冒険者が拠点とするには不足の無い街だった。
街の周囲に出現するモンスターの強さは、近隣エリアでレベル30~50程度、街から遠くなるにつれて上るが、それでも最高でレベル70くらいと、あまり強いものは出ない為に経験値を稼ぐ様なエリアでは無い。
さらに、ミナミへ向かったりあちらから来るルートからは微妙に外れている為に、あまり人の出入りや往来も無いし、これといって冒険する様なゾーンも知られておらず、無理に来る様な所でも無かった。
そして何より、この街にはどうしようもない事が1つあったのだ……。
「やけに雰囲気が暗いな」
アンジェロがぽつりと漏らした。まるで、大災害直後のアキバの街をイメージさせる、そんな絶望的な空気が漂っている気がしたのだ。
「ここで待っていて下さい」
マルンはそう言うと、タタタッと足早に駆けて行った。彼女を待っているうち、アンジェロはこの街の様子を眺めたが、冒険者も大地人も居るには居るものの、どこか皆が揃って精気の無い表情をしている。
(1つ、情報収集といくか)
アンジェロはそう考えると、近くの屋台を覗き込んだ。
「へい、らっしゃい!」
暖簾をつまんでアンジェロが顔を出すと、無理に搾り出した様な声と愛想笑いで、屋台の主人が出迎えてくれた。
「お姉さんは、他所から来たのかい?」
大地人と思われる屋台の主人が、アンジェロに聞いて来た。
「そうだよ。今さっき着いたばかりさ」
アンジェロが答えると、
「そうかい。どうりで、ここらじゃ見ない別嬪さんだからね」
店主のお世辞に、
「ありがと。誉めても何も出ないよ。でも、それは買うけどね」
アンジェロはそう言うと、屋台で売っている肉の串焼きを何本か買った。
「へい、毎度あり!」
金貨を払って串の入った袋を受け取ると、アンジェロは店主に聞いてみた。
「ここは、どういう街なんだい?」
アンジェロがそう聞くと、店主の顔が一気に曇った。
「お姉さん、悪い事は言わねえ。何もする事が無かったら、早くこの街を出るこった」
それだけ言うと、店主はまた下を向いてしまった。
(思ったよりも口が堅いな)
アンジェロはそう思うと、今買った串焼きを食べながら、マルンが戻るのを待った。串焼きには、消しゴムくらいの大きさの肉が、1本あたり5つ刺してあった。酒のつまみやご飯のおかずにするには丁度良いが、これだけで食事を済ませようと思うと、アンジェロのレベルなら10本では足りないだろう。
2本目を食べ終わる頃に、マルンが戻って来た。急いで来たのだろう。少し息がはずんでいる。
「すいません、お待たせしてしまって」
そういうマルンに、
「いいって、いいって。それよりも、1本どう?」
アンジェロはそう言うと、串焼きの入った袋を差し出した。
「ありがとうございます。でも、いいんですか?」
マルンが遠慮しがちに言うと、
「もちろん。お腹が減ってるんじゃないかと思ってね」
アンジェロがそう言うと、マルンの代わりに彼女のお腹が返事をした。
「え……」
彼女は、恥ずかしさで赤くなった。
「あっはっは、元気な証拠さ。ほら、遠慮しない」
アンジェロは笑いながら、マルンに串焼きを勧めた。
「あ、ありがとうございます!」
マルンは、袋から串焼きを1本取り出すと、齧り付いた。それを見たアンジェロは、
「全部あげるよ」
そう言って、マルンに串焼きの入った袋を押し付けた。
「え、でも……」
申し訳無さそうにマルンが言うと、
「いいのさ。どうせあたしには、それっぽっちじゃ足りやしない。軽い虫養いのつもりだったからね」
「どうもすみません」
マルンは、そう言いながらお辞儀をしたが、
「ほらほら、顔にタレが付いちゃうよ」
アンジェロに笑いながら言われ、
「あ……」
と言って、再び赤くなった。
「さて、君もあたしも、まだ食べたりない。そこら辺の店で食事をしながら、話を聞かせてもらおうかな」
アンジェロがそう言うと、マルンは小さく頷いた。
アンジェロ達は、なるべく人が多くて混んでいる店を選んだ。こういう場所の方が、返って他人に話を聞かれにくいからだ。
2人は、それでもなるべく隅の席に座った。マルンはピラフ、アンジェロはハンバーグを注文して、料理が運ばれて来ると、それを食べながらマルンが話し始めた。
「このイガの街は、ギルド『悪魔の檻』の支配下にあります」
「何だって?」
アンジェロが驚いて聞き返した。
「この街は、ご覧の通り一度入ると、先へ行く事も来た道を戻る事も容易ではありません。言わば陸の孤島です。悪魔の檻は、それを利用しているのです」
マルンの言う通り、ここは周囲を森林に囲まれていて、砂漠の中のオアシスの様でもある。中継地点としてはうってつけだが、一度出るとその付近の環境は少し厳しい。まさに、天然の檻だ。
なるほど、悪魔の檻とは上手い事を言ったものである。
(ジョークのセンスだけはまともだな)
と、アンジェロは思った。
「悪魔の檻は、登録者人数が50人くらいですが、実際はギルドを立ち上げたメンバーは20人ぐらいで、そういった人達が実際の正式メンバーや幹部です。残りの人は悪魔の檻のメンバーによって、攫われて来た人達なんです」
「何!?」
アンジェロは再び驚いた。
「私の様に、レベルが低い冒険者は、この街を出ても途中でモンスターに襲われて力尽き、他の街へ辿り着く事が出来ません。それを見越して、他の場所から低レベルの冒険者を攫って、無理矢理ここに連れて来たんです」
いかなる手段であれ、帰還ポイントの有効範囲まで来た冒険者は、強制的に帰還ポイントが変更されてしまう。
そこが、自分にとって脱出不可能な場所--出現するモンスターに対してレベル不相応だったり、謎や仕掛けを解くのにレベルや能力、あるいは技能が不足しているなど--であれば、いわゆる「詰み状態」となってしまう。
これがゲームであれば、GMに救助を求める事も可能なのだが、現在の所、この世界にGM(=神)は存在しない。
「そうして攫って来た冒険者を無理矢理ギルドに登録させて、逃げられない様にしてから、奴隷の様に働かせているんです。そして、毎日の稼ぎを吸い上げているんです。決まった時間に貢物を集めていて、遅れたり気に入らないと、罰と称して暴力を振るうんです」
マルンは、そこまで言うと一度言葉を切り、
「私は、今日の遅れた分は剥ぎ取った狼の毛皮を差し出して、何とか許してもらいました。でも、このままじゃ……」
そう言って、ため息をついた。
「何て連中だ……」
マルンの話を聞いて、アンジェロは静かに怒りを燃やした。大災害から、すでに1年以上が経過しているというのに、こんな辺境では未だにかつてのススキノの様な、1つのギルドによる暴力的な支配が行われていたのだ。
恐らくだが、彼女のレベルが低いのも、まともな戦闘が出来無いでいるせいなのだろう。
「それで、今までに脱出しようとした人は居るの?」
「居ますけど、無駄でした」
「なぜ?」
アンジェロが疑問に思って尋ねた。単独では無理でも、パーティー、あるいはレイドを組めば、脱出する事は不可能では無いと思ったからだ。
「私達の行動は、ギルドのメンバーによって見張られています。もし、街から一定以上離れると、ギルドから呼び戻しの命令が来ます。それを無視すると、今度は捜索パーティーが来るんです」
「ふむ、それは厄介だな」
「それだけじゃ、ありません」
「……と、言うと?」
アンジェロが尋ねたら、マルンはさらに表情を暗くして言った。
「ギルドに反逆したり、脱出を出来無くする為に、一定のレベルまで上った人は街の外まで連れ出されて私刑にかけられるんです。そうやって、恐怖を植えつけられるんです」
「……なるほど」
悪魔の檻の主要メンバーは、レベルを上げる機会が無いのだろうと、アンジェロは思った。何せ、この辺りのモンスターは、先に述べた通り、街の周囲なら50以下、少し遠くに行っても、高くてせいぜいレベル70くらいである。囚われている低レベルの者はともかく、ギルドを実際に構成している幹部クラスともなると、全く経験値は入る事が無い。
「しかし、聞けば聞く程許せんな」
アンジェロが憤慨していると、
「私達は、決められた時間になるとギルドホールに集められて、決まった人数ごとに分けられると部屋に入れられ、監視されながらそこで休みます。もうすぐ戻らないといけません。それまでは自由時間ですが、食事は支給されないので、各自で食事を済ませます。そうして散財させる事で、経済力が付く事も封じているんです」
マルンが、悲しそうな顔をして言った。
(まるで家畜だな。人を何だと思っていやがる……)
アンジェロは、自分の胸の奥に、まるで溶鉱炉の様に怒りの炎が湧くのを感じた。
「あたしに任せな」
アンジェロはそう言うと、短く頷いた。
「どうするのですか?」
マルンが尋ねると、アンジェロは短く一言、
「ぶっ潰す」
と答えた。
「無茶です」
マルンが驚いて言った。
「無茶かどうか、やって見れば解るさ」
アンジェロがそう言うと、
「メンバーには暗殺者が多く参加しています。それに、サブ職に追跡者を持つ人が多いです」
マルンが教えた。
(まるで、アカツキが沢山居るみたいだな)
アンジェロはそう思った。
--その頃、アキバの街で……。
「……クシュン」
「どうした?アカツキ?風邪か?」
「いや、主君。何でも無い」
「何だ?噂か?ちみっ子」
「される様な覚えは無いぞ、バカ直継」
どこかで、この様な会話をしていた様だったーー
「そういった人が、この街を陰から監視したり、誘拐をしていました」
「なるほどねえ。さすがイガは忍者の街だな」
話を聞きながら、アンジェロは変な所に感心してしまった。
「そういった搾取要員は30人くらい居ます。あまり多いと監視の目が行き届かないからです。その他に、それなりのレベルで悪魔の檻に所属していない人も居るには居ますけど、事情を知らなかったり、知っていても人数の違いから逆らったり何らかの行動に出る事が出来無いでいます。この事が外部に漏れない様に、この街に来た人には知られない様に注意していますし、もし秘密を知った人は街から出さない様にしているんです」
「情報統制って訳か」
そもそも、これも先に述べた通り、イガの街はアキバなどの関東方面から、ミナミへ向かう関西方面へのメインルートを外れているし、モンスターの強さも中途半端なレベルなので、特に修行にも向いていない。アンジェロみたいに偶然立ち寄る者くらいしか来る事が無いのだ。
アンジェロも、飛竜に乗っていてたまたま上空からこの街を発見したから、寄ってみようと思っただけだし、近くに飛竜の降りる場所が無いから、少し離れた場所に着地したところ、偶然マルンの助けを呼ぶ声が聞こえたというだけだった。
「とりあえず、あたしに考えがあるから」
アンジェロはそう言うと、その日はマルンと別れた。




