逃げるが勝ち
引き続き、「奈落の参道」での冒険が続きます。
アンジェロは、シロエ達が苦戦した「奈落の参道」後半のレイドボス、「七なる庭園のルセアート」を眺めていた。
たった1人であるにも関わらず、極めて短時間でここまで辿り着く、アンジェロの進撃速度は恐るべきものであった。
もっとも、それはシロエが渡してくれたマップの効能が大きい。何せ、ダンジョンというのは侵入者である冒険者を惑わす為に、様々な仕掛けがしてあるからだ。
中には、戦闘を行わない罠や謎解きがあるエリアというのも存在する。そういう場所は、先に進む上でどうしても通らなければならない以外に、大抵は宝箱があって、金貨や希少なアイテムが入手出来たりもするのだが、余計な回り道を強いられる事も多い。また、単に大回りさせられるだけの無駄なエリアや行き止まりもある。
アンジェロはそういう場所も回避しているので、それだけ進むのが早いのだった。
さて、ルセアートはその巨大な体躯とそれに見合った大きさの斧槍を持った、動く鎧とでも言うべきレイドボスである。
この敵には2つのモードがあって、黒騎士モード時は高火力で猛威を振るい、白騎士モードになると影の戦士とでも言うべき分身を作り出して、その分身が倒されるとそれを吸収してHPを回復するのだと言う。白騎士モード時には大した攻撃をして来ないが、分身がそれなりに多いので面倒なのだそうだ。
しかも、ピンチになると「三なる庭園のイブラ・ハブラ」と「四なる庭園のタルタウルガー」の2体のレイドボスまでが、同調して救援にやって来るのだと言う。
これまでのボスと同様に、単独対決ならばアンジェロにも勝てる要素があるが、さすがに3体のレイドボスを同時に相手にしては無理というものだ。
また、その高い攻撃力に対抗して強力な装備をしようとしても、直継達の様なベテラン守護戦士の持つ物と同程度の、幻想級の強力な装備(主に防具)は、「七なる庭園のルセアート」に到達する前のボスのドロップで、一応だがそれらを倒したアンジェロも見つけてはいるのだけど、こんな重装備をしたのでは逆にまともに戦えなくなってしまう。よって、あっさりと放棄してしまっていた。
それとは別に、持っている装備品の打ち直しーー職人が加工し直す事による強化ーーも、予算が許す限りで行っているが、元の性能がお察しなのであまりアテには出来無い。
幸い、シロエがくれたレポートでルセアートへの対処はある程度解っている為、アンジェロはスキルの再使用時間に注意する事を考えて、ルセアートに向かって行った。
攻撃範囲内にアンジェロが入ると、ルセアートが活動を開始した。ゆっくりと身を起こすと、その巨大な武器を振りかざしてから、アンジェロに向かって一気に振り下ろした。
アンジェロはそれをぎりぎりで見切って交わすと、自分の走る方向を若干軌道修正して、斬りかかった。しかし、アンジェロの初撃は単なる通常攻撃だった。普通ならば、ボスがまだあまり強化されていないうちに最大限の攻撃を叩き込む事で、なるべく多くのHPを削るのが定番なのだが、アンジェロはあえてそれをしなかった。今はまだその時では無い事を解っているからだ。
やがて、ルセアートは範囲攻撃「聞け月下の弔鐘」のモーションに入る。
現在、全力で攻撃しているアンジェロには、それを回避する事は出来無いし、回避する事も考えていない。
レイドボスというのは、普通の攻撃に加えて冒険者の技能の様な特殊攻撃--大抵は、高威力・高範囲に加え、何らかのマイナス特殊効果付き--を使用して来る。それを、「アンカーハウル」などで自身にターゲットを引き付けた守護戦士の、「キャッスル・オブ・ストーン」でノーダメージに抑える事は、前回の攻略戦でシロエ達も何度か行った。
アンジェロも例外無くそうやって、最初の特殊攻撃「聞け月下の弔鐘」をやり過ごした。しかし、「キャッスル・オブ・ストーン」は再使用時間が10分だが、〈聞け月下の弔鐘〉はそれより短いのであり、単独では連続でしのぐ事が出来無い。
もっとも、アンジェロにはルセアートの強烈な攻撃を受け切る手段がいくつもあったし、一撃でやられない限りは「スカーレットナイト」の特性によってHPを吸収して回復が出来る為、余程相手が卑怯くさい事をしない限り、簡単に負ける事は無い。
ついでに、レイドボスの攻撃というものは、その1発自体のダメージは重いが、普通の雑魚モンスターと違って短い間隔で連発される事は無い。
そうで無ければ、回復が間に合わずに盾役があっさりとやられてしまい、ゲームバランス自体が崩壊してしまうからだ。
その例に因らず、ルセアートの斧槍による攻撃の間隔は、普通のモンスターに比べるとかなり長かった。その単発の攻撃をいなして回避したり軽微なダメージに抑える事は、仲間が居ない事で何の制約も無いアンジェロにとっては楽なものだった。仮に喰らったところで、即死しなければすぐに回復出来てしまうし、魔剣の効果でじわじわとであるがHPも回復するからだ。
ただし、「聞け月下の弔鐘」は決まった間隔で繰り出されるボス特有の範囲特殊攻撃であり、決してなめてかかれるものでは無かった。
同時に、ルセアートの持つもう1つの特殊攻撃「跪け暗銀の大杭」は、単体攻撃である分ダメージが高く、上手く回避してもその衝撃の余波などでノーダメージに抑える事は出来無いが、それでもまともに喰らうよりはずっとマシだった。
多い時には一撃でHPの6割程度を失いながらも、アンジェロはスカーレットナイトの特性でしぶとく生き延び、確実にルセアートのHPを削って行った。
アンジェロは、所持する魔剣の効果で最大HPが通常の冒険者よりも10%多いが、防御力が軽めの為に受けるダメージも多い。ただ、馬鹿げた攻撃力の為に1回の攻撃で吸収出来るHPも多いのだった。
やがて、ルセアートの足元の地面から黒い泥の様なものが噴出し始めた。それは、継続的に受ける毒ダメージと移動速度の低下を起こす混合ダメージゾーンなのだが、幸いな事にアンジェロには全く効果が無かった。
そして、ルセアートの黒い体表にヒビが入り始め、それが体の全体に広がるとルセアートの表面がぱらぱらと剥がれ落ちると、まるで玉ねぎの皮をつるんと剥いたかの様に、もう1つの白い体が現れた。白騎士モードへ移行したのだ。
やがて、地面に落ちた黒い破片は巨大な鎌を持った影の戦士へとその姿を変えた。この影の戦士は、レベルや攻撃力は本体に比べると大した事は無いが、それでも放置する事は危険だった。
アンジェロは、出現した影の戦士を全て斬り伏せると、白騎士モードとなったルセアートに猛然と斬りかかった。
シロエのレポートによると、影の戦士は黒騎士モードのルセアートに攻撃をした人数に比例して、出現数が増えるのだという。つまり、ソロで攻撃をしているアンジェロの場合、その数は最小という事になる。
倒された影の騎士を吸収した事で、ルセアートは一時的にHPを回復したが、元々現れた影の戦士が少なかった事とアンジェロの馬鹿げた攻撃力の前では、まさに雀の涙程でしか無かった。
しかもアンジェロは、30分に1度しか使えない特技「頼みの力」を開放した上で、「無限大の一撃」を放った。攻撃の対処に忙しい黒騎士モードではなく、影の戦士さえ始末してしまえば殴り放題の今の方が、火力を上げるには絶好のタイミングだったからだ。
アンジェロが、ルセアートとの戦闘開始時にこの技能連続発動をしなかったのは、ずばり言うとこれが狙いだったのである。
結果的に、ルセアートは白騎士モードを短時間で黒騎士モードへと切り替えて、再び猛攻撃を開始して来た。
アンジェロは、再使用が可能になった「キャッスルオブストーン」やその他のスキルも織り交ぜながら、上手く黒騎士モードの猛攻をくぐり抜けて、確実にルセアートを追い詰めて行った。
やがて、ルセアートのHPが半分近くにまでなる頃、アンジェロは周囲を警戒し始めた。
(そろそろ来るかな)
アンジェロがそう思った時、ルセアートの居る広間に通じる別の巨大な扉が開き、「三なる庭園のイブラ・ハブラ」と「四なる庭園のタルタウルガー」の2体のレイドボスが姿を現した。
そして、出現した2体のレイドボスは、シロエ達がやられた様にほぼ同時に範囲攻撃のモーションを開始する。炎をまとった蛇「三なる庭園のイブラ・ハブラ」は、全てを焼き尽くす業火の息を、冷気の巨人「四なる庭園のタルタウルガー」は、反対にあらゆるものを凍て付かせる極寒の氷の息を、それぞれアンジェロに向かって吐き出した。
アンジェロは、それらを再使用可能時間が来た「キャッスルオブストーン」でやり過ごすと、イブラ・ハブラに向かって全力疾走した。
範囲攻撃の余韻--つまり、硬直時間--がある為、現在イブラ・ハブラとタルタウルガーは棒立ち状態である。イブラハブラの横を通り抜ける時、イブラ・ハブラが常に体から発している炎のダメージを喰らったが、それは無視出来る量だった。
そのままアンジェロは、イブラ・ハブラが本来居るべき広間へと向かって走り続けた。その広間の奥が、このレイドエリアのゴール地点だからである。
アンジェロは休む事無くそのまま走り続け、この「奈落の参道」の最奥を目指した。そして主が不在で蛻の空になっている広間を素通りして、その奥の通路をひた走って最後の扉へ入ると、そこには辺り一面に輝く黄金の奔流があった。
前衛的で、なおかつ幾何学的なデザインの部屋の奥には、一段高くなった祭壇の様なものがあり、そこには「菫星」と言う名の供贄一族の青年と、彼を守るかの様にその背後に控える、このレイドの最終ボスで身長は4メートル程と小柄で水晶の体を持った天使の様な、「九なる庭園のウル」の姿があった。
「あまり言いたくはありませんが、ここまで来たあなたには、ようこそと言わねばなりません」
菫星は、アンジェロに向かってそう言った。
「初めまして。菫星さん、と呼んでも構いませんか」
アンジェロは、魔剣を背中の鞘に仕舞うとお辞儀をして、シロエに教わった名を口にした。とりあえず、話し合いから入る為にその証拠として武器は収める事にしたのだった。
「便宜上は、そう呼んで頂いて差し支えありません」
青年はそう言った。
「あたしは、ある目的に使用する為に、この場所にある金貨を実力でもって頂けるだけ頂きに参上いたしました。なぜなら、あたしは貴殿と円卓会議との盟約の外側に居る人間です。だから、あたしはシロエ達の言う『特権』を行使出来ません。それと、これはあたしの独断で行った事で、円卓会議やアキバの街とは無関係です」
アンジェロは、そう菫星に言った。
「それは一体、どういう事ですか?」
菫星に尋ねられて、アンジェロは自らに起きた事を説明した。
「つまり、あたしは盟約が結ばれた後にこの世界へとやって来ました。それまではこの世界に存在していなかったのです。だから、盟約には無関係です」
その言葉に、
「……なるほど。にわかには私も信じられませんが、それなら理屈は通ります」
菫星はそう言うと、感慨深そうに頷いた。
「太古からの取り決めにより、あなたにはこの場所の金貨を好きなだけ手に入れる資格があります。ただし、実際にそれを望むのであれば、これから行われる最後の試練に打ち勝つ必要があります」
菫星はそれだけ言うと、結界の様な透明の障壁の中へその身を引いた。
そして、反対にこれまで彼の背後に控えていた「九つの庭園のウル」が、前に進み出て来た。
「これからいかなる事象が起きても、私には一切の危害が及びません。そこはご安心なさって下さい」
菫星はアンジェロにそう言った。
「解りました。それならあたしも遠慮はいたしません」
アンジェロはそう答えると、背中の魔剣を手に取って構えた。
中盤までは、特に内容について問題は無いと思いますが、何かあればご意見をお願いします。また、後半の金貨の大河の部屋については、完全な想像です。こちらも、気になる事があれば遠慮無くどうぞ。




