賢者との談話
今回から、新しい章へと入ります。いよいよクライマックスを迎えると同時に、お話も終盤へと差し掛かります。
エッゾ帝国から戻ったアンジェロは、同じくシブヤの大規模戦闘区域「呼び声の砦」を攻略したシロエと、彼の執務室でお互いの事を報告し合った。
「……なる程。そちらも上手く行った様で何よりですね。彼らへの義理もこれで立ったと言う訳です」
アンジェロの話を聞いて、シロエは満足そうに頷いた。
「ところで、アンジェロさん」
「ん?何かな?」
一通りの報告が済んだところで、シロエが切り出した。
「良かったら、お会いして頂きたい方が居るんですが、宜しいでしょうか?」
「あたしは構わないよ」
アンジェロがそう言うと、シロエの執務室のドアがノックされて、1人の男性が入室して来た。
「どうも、初めまして」
そう言って入って来たのは、「リ=ガン」と言う人物だった。「ミラルレイクの賢者」と呼ばれる大地人である。
「これはこれは。お会いしてみれば、また何とも美しい方ですね。やはり何事も、直接自分の目で確認するのが一番正確な様です」
リ=ガンは、アンジェロを一目見るなりそう言った。
「シロエ君。あたしをどういう風に、この人に紹介したんだ?」
アンジェロが、横目で見ながらシロエに言うと、
「いえ、外見の特徴をそのままにお伝えしただけですが」
と、斜め上を見ながら嘯いた。
「それで、『ミラルレイクの賢者』殿は、あたしにどういうご用件なのでしょう?」
アンジェロが、いつもとは違う改まった丁寧な言葉遣いでリ=ガンに訊ねた。
「私の事をご存知だとは、光栄です。いえ、とても珍しい経験をされたと言う事で、興味が湧きましてね。もし宜しければ是非お話をお聞かせ願えればと思いまして」
リ=ガンはアンジェロにそう言った。
しかし、普通は賢者と言うと気難しいそうで偏屈な老人といったイメージが強いのだが、この人物は、老人どころかまだ十分に(少なくとも、見た目は)中年前と呼べる年齢であり、かなり砕けた性格の様だった。
「……何ですと!?それでは、寝ているうちに肉体と精神が入れ替わったというのですか!?」
アンジェロの話を聞いたリ=ガンは、さすがに驚きと動揺を隠せずにいた。
「いやいや、それは実に興味深いお話を聞かせて頂きましたよ。古来よりその様な案件は、この世界のいかなる文献や記録にもありませんからね」
リ=ガンは、興奮した様子で話した。
「……それで、シロエさんはどの様にお考えで?」
リ=ガンに水を向けられたシロエは、
「正直なところ、僕にも全く解りません」
と、素直に答えた。
「何せ、おそらくですが、こんな事--アンジェロさんと同じ現象--は、報告のある限りこの1件だけです。この世界--大災害が起きてからの事--が始まって以来の珍事だと、僕も思います」
シロエの言葉に、
「しかし、そうなると……ですよ。その入れ替わった方の身体は、どうなってしまったんでしょうね。今も同じ場所ーーいわゆるログアウトしたと思われる場所ーーに存在しているのでしょうかね」
さすがに、リ=ガンは鋭い事を言った。
「いや、それが……。あたしが自分で確かめに行こうとしたんだけど、個人の私室には無断で入る事が出来無いから、解らないんです」
アンジェロの言葉を聞いて、(たぶん、存在しないだろうな)と、シロエは思った。ログアウトと同じ状態になったのだとしたら、この世界には存在するはずが無い。もし仮に存在していたなら、そちらの個体--つまりキャラクター--が目覚めた時に一体どうなるのか。それはシロエにも全く見当が付かなかった。
ちなみに、ゲームであれば私室--または私邸--には(そういう機能はあるものの)特に入室制限をかける必要が無かった。
何せ、街は警備兵に守られているから、内部でPKされる恐れも無いし、部屋の中の物には外部の者は触れる事が出来無い為、盗難や破壊の心配も無いからだ。それに、迷惑行為はGM(または直接運営に)に報告・相談すれば解決出来てしまう。そもそも、自分のお部屋自慢がしたいのに、わざわざ入室制限をかける人も居ない。「誰でもカモン、ご自由にご覧下さい」が、エルダー・テイルのプレイヤーなのだ。
しかし、現実世界となったエルダー・テイルでは、そうも行かない。特に、大災害直後の混沌した初期では尚更だったし、情勢が安定してからも盗難や悪戯防止策として、留守中や無防備になる睡眠時には入室制限をかけるのが普通だった。
そして当然ながら、アンジェロのメインキャラクターである黒狼も、寝る前に私室に入室制限をかけた。例えキャラクターの中身が同一人物であったとしても、別キャラでは入る事が出来無い。
最近、いわゆる「神隠し事件」によって、冒険者がどこかに消えたまま戻って来ないという事例が、度々シロエの元にも報告がある。
また、クラスティの様に同一個体が別サーバーに転移するのでは無く、そしてロエ2の様に完全に独立した別の個人として活動するでも無く、中身だけが入れ替わるというアンジェロの案件は、ことさらに稀なケースなのである。まさに、レア中のレアと言っても良い。
「さて、もう1つ宜しいでしょうか」
リ=ガンがアンジェロに言った。
「貴女は、大変に貴重で珍しい武器を所持していると伺ったものでしてね。もし差し支え無ければ、お見せして頂いても構いませんかね?」
リ=ガンの申し出に、アンジェロは、
「ええ、どうぞ」
と言って、魔剣「無敵の刃」を出すと、テーブルの上に置いて見せた。
「ほうほう、これはまた……」
リ=ガンはそう言うと、思わず魔剣に手を伸ばしかけ、
「……っと、失礼。己の探究心と欲求が抑え切れないないものでして。触って見てもいいですかね?」
少しばつが悪そうに、リ=ガンが苦笑いを浮かべながらアンジェロに聞くと、
「ええ、どうぞ。触れるとは思いますけど、たぶんそれ以上は無理だと思いますよ」
エンジェロは笑ってそう答えた。
「それでは、失礼して……」
リ=ガンは緊張した面持ちで魔剣に手を伸ばすとその柄を握った。しかし、全くそこから1mmたりとも動かす事が叶わなかった。
「これは何とも……。ピクリとも動きませんね」
不思議そうな顔をしてリ=ガンが言った。
「僕らもやってみたのですが、持ち主のアンジェロさん以外には、触る事は出来ても動かす事が出来無かったんです」
シロエの言葉に、
「ほほう。それはまた……」
リ=ガンが、不思議そうな顔になって言った。
「さらに、それだけでは無いんですよ」
アンジェロはそう言うと、少し魔剣から離れた。そして……、
「何と!?」
アンジェロは、離れた場所から魔剣を自らの元へと召喚して見せた。
「おおう!」
リ=ガンは、驚きと愉快さが半分づつ混じった様な笑顔で言った。
「それでは、気の済むまでご覧になって下さい」
アンジェロはそう言うと、黒光りのする鞘から魔剣を抜いて、リ=ガンの前に置いた。
「これはまた、見事な……」
抜き身になった魔剣を前にして、リ=ガンは驚嘆とも取れる声を上げた。
魔剣「無敵の刃」と、それを収める漆黒の鞘には全く飾り気が無く、むしろ質素とも言える作りであるが、この剣自体が美術品の様な美しさなのだ。言わば、剣自体が装飾品と言っても差し支えが無い。もし存在が知れ渡る事になれば、その美しさだけでもこの剣を欲してやまない者が、決して少なく無い人数で現れるだろう。
「まさしくこれは、神が作ったと言っても、決して言い過ぎでは無いでしょうね」
リ=ガンが感嘆の溜息を漏らしながら言った。
魔剣「無敵の刃」は、エルダー・テイルでは相当に異色のアイテムである。普通のアイテムは、特定の技術を持つ職人の手によって、材料さえあれば無制限に作成が可能だし、幻想級の激レアアイテムであっても、条件--特定のモンスターを倒したり、宝箱からの入手、そしてダンジョンやレイドの攻略に、依頼や任務のクリアーなど--を満たせば誰にでも何度でも入手が可能であり、捨てたり壊れたりしても替えが効く(ただし、1人の冒険者が所持制限のある同じ物を、複数個所持する事は出来無い)。
だがこの武器は、言わば神ーーシロエが言うところの運営ーーからの贈り物であり、入手条件がそれしか無い。つまり、一度手放したら絶対に再入手が不可能。さらに不壊属性があるので壊れる事が無い。何万回、何百万回使おうとも耐久力が減らないのだ。
「いやいや、大変に良い物をお見せ頂いて、ありがとうございます」
リ=ガンは、そう言ってアンジェロに頭を下げた。
「いえいえ、どういたしまして」
アンジェロは、リ=ガンに対してお辞儀を返した。
「しかし、肉体転移といい、この魔剣といい、これでまた私の研究対象が増えてしまいました。今あるものだけでも手一杯だと言うのに、はてさて困った事です」
リ=ガンは、言いながら少し困った様な、それでいてどこか嬉しそうに笑った。
「さて、シロエ君」
「何でしょうか?」
「あたしは、もう一度『奈落の参道』へ行く」
リ=ガンが退室した後で、アンジェロがシロエに言った。
「再び修行、ですか?」
シロエが聞き返すと、
「いや、今回はそれについてはどうでもいいんだ。ただ、現在のアキバの状況……と言うよりも、この世界の情勢を考えると、あたしがやるしかないと思う事があってね」
アンジェロがそう答えたので、
「それは、一体……?」
シロエの再びの問いに、アンジェロはこう答えた。
「それはまだ言えない。なぜかと言うと、仮に『奈落の参道』であたしの目的が達成されたとしても、それだけで全てがあたしの思い通りになるとは限らないからさ」
すると、それに対して、
「で、今度は何を企んでいるんですか?」
右手の人差し指で眼鏡の位置を直したシロエが、珍しく唇の端を少し吊り上げて、わずかに笑みを浮かべながら言うので、
「さあて、ね」
アンジェロも笑いながらそう返した。
「だけど、これはアキバやイースタルだけでなくて、ひいてはヤマト全土や「この世界」全体の為--冒険者だけではなく、大地人も含めた--になる事だと、あたしは思っているし、そう信じている」
そう語るアンジェロの目に、強い信念と決意が現れている事を、シロエは感じ取っていた。
「次は本気で行く」
その目はそう語っている様に思えた。
やがてアンジェロは、アキバの街で今度は入念に準備を整えると、再び「奈落の参道」へと向かった。
今回は、「賢者リ=ガン」が登場いたしましたが、いかがでしたでしょうか。何かございましたら、遠慮無くご意見をお願い致します。




