第十七話:オポチュニスト・逃避行7/紙牌と決闘者。
前回までのあらすじ
森を歩く一行。
森を抜ける一行。
平原を歩く一行。
〇
森を抜け、気づかぬ間に山も抜け、残るはこの平原だけである。
土で舗装された道以外には、特に何もない。
「うひゃぁー。 暑いねぇ」
右手で、効果があるのかわからない扇ぎ方をしながら、ゆずがつぶやく。
「じゃあ、その上着脱いだら?」
黒は光を吸収するそうで、見ているだけで暑そうだ。
「いや、それがさ、この服自体は、別に関係なさそうなんだよね。
魔法の力かな?」
「言われてみれば、そうかもね……」
私だってかなり重ね着しているが、そのわりには、案外暑さを感じない。
「いいところに気が付きましたね。
ゆずさんの予想の通り、ほとんどの市販の服の糸には、作る際に魔法が編み込まれているんですよ」
「そこまでするなら、体温調節もしてほしいものですね」
そこまで熱くはないけれど、一応服の隙間でぱたぱたと風を起こしておく。
「あるにはありますけど、ブランドものですから結構高いんですねぇ」
しばらく、歩く。
ただただ開けた平原にはところどころ、いわゆるモンスターというやつが這ったり走ったりなんなりしている。
私たちには、一切興味を示していない。
私の強そうなオーラを怖がっているのだろう。
「何を見つめているのですか? もしかして、恋しちゃいましたか」
コガラさんが、こちらに気づいて、後ろ向きに歩き始める。
いや、それは目隠しの有無にかかわらず危険なのではなかろうか。
「違いますよ。 なんか、あっちのほうに変な生き物がいっぱいいるなぁって思って」
ここから五十メートルほど先の距離にいる巨大なメンダコのような生物を指さす。
魔法やら、能力者やら、エルフやら散々ファンタジーの王道を行くものばかり見てきたので、いちいちこんなものに驚いたりはしないことにする。
「うひゃぁ~。 ぶよぶよー」
「あれは、メンダコですね。 防御力と瞬発性が結構高いです」
メンダコって名前なのかい……
「あ、私わかっちゃいましたよ!」
阿呆なゆずが、人差し指を立てている。
「まず、あいつはその二つの能力が高いから、倒すのが難しいんですね?」
「はい、そうですね」
一瞬の間。
「つまり、強いあいつを倒すことで、経験値がいっぱいもらえて、ちょうどいいレベル稼ぎになるってことですね!」
きょとん、とコガラさんはゆずを見つめている。
「経験値……? まあ、言い方によってはそんな感じですが……
少し、不自然な言い回しのようにも聞こえますね」
たぶん、コガラさんは「経験し努力することで得られる成長性」という意味と勘違いしてそうだ。
そしてゆずが、いかにもこれから何かすごいことをする、という感じの顔をしている。
「まあ、見ててくださいよ! 行きます!」
「わくわく」
ゆずが手元に神秘を溜めて、思い切り振りかざして叫ぶ。
「〈情報解禁〉っ!!」
……沈黙。
「知らない魔法ですね…… あと、魔法を使うには、基本は杖が必要ですよ」
「あっ、そんなものなかったか」
〇
「でも、そのとおりですね。
あれを倒すことによって経験値、つまり経験は得られます。
せっかくだし、やってみましょうか」
コガラさんが神秘を絡ませた指をくわえる。
ぴゅーっという音が鳴り、巨大メンダコがこちらに気が付く。
他の動物たちは、巨大メンダコを避けるように逃げて行った。
「先ほど私は、防御力が高い、と言いましたが、それはあくまで一般人目線での言葉です。
神秘を上手に扱えているのなら、あの子を爆発四散させずに、いい感じにダメージを与えて退避させることができるはずですよ」
私が返答するよりも先に、ゆずが拳に神秘を溜めていた。
「さっきの失態を挽回するためにも、まずは私がやりますよ」
迫っては来るものの、メンダコなので鳴き声は無い。
「食らえ!〈狂気と憤怒〉ッ!」
向こうまで、全速力で走り出した。
メンダコがゆずに気づき、防御の姿勢をとる。
ゆずが、メンダコの若干手前で動くのをやめ、上半身を乗り出し気味に、拳をメンダコに命中させる。
乾いた肉音が当たりに響く。
メンダコ側は、別に痛くはなかったようだが、びっくりして逃げて行った。
「まあ、お上手」
「でも、メンダコ逃げちゃいましたよ?」
「後で見つければよいのです。 時にすずさん。 今のゆずさんの神秘がどのように使用されていたかわかりますか?」
隣で見ていたので、よくわかる。
「拳に溜めていましたね」
即答する。
「それでも正解ではあります。 ですが、もっと大事なところを見落としていますよ」
わからない。
「では、答え合わせです。 正解は、足にも神秘を溜めていたんですよ」
「なんでですか?」
というか、なんでゆずはそんなことを知っているのだ。
「神秘を、足に集約させて強化し、同時に地面をつかむように這わせて、殴った後の反動を最小限に抑えていたんですよ」
やはり、師というのは弟子の成長が最もうれしいものなのだろうか。
「でも、私は教えていませんでいたね」
「じゃあ、どうやって?」
「おそらく、自然と体が動いたのでしょう」
なるほど、なかなか隅に置けない奴だ。
私は全く分からなかったし、そもそも神秘で衝撃を抑える、という発想がなかった。
「ちなみに、うまく使えばこんなこともできますよ」
コガラさんが、中指の第二関節に神秘を集めて、魔法の杖をぐるぐると回している。
ひと昔に流行ったハンドスピナーというやつのようだ。
「かっこいいでしょう」
遠くから、ゆずが走ってくる音がする。
「結局、メンダコ逃げちゃいました…… ごめんね、すず」
「いいえ、心配ありません。 メンダコよりも私の方が五百倍強いですから。
あとですずさんは、私と組み手をしましょうね♡」
「ゆずを超えます」
〇
その後は、舗装された道に戻り、何もない景色を楽しみつつ、しりとりをして時間をつぶす。
「うぅーん。 じゃ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
「うぁぁっ。 また『る』!? 全っ然、面白くないよぉー」
「ゆずが始めたんでしょ」
しりとりも続きすぎてきた。
無心で足を動かしていると、ゆずのお腹が鳴る。
「うひゃっ」
阿呆な声が漏れている。
「そういえば、お腹がすきましたね……」
昨日から、何も食べていないので当然である。
というか、まだ一日しかたっていないのか。
もう、三日くらいたっているのかと思っていた。
「そうですね、そろそろランチにしましょうか」
「師匠! あそこの木陰で食べましょう!」
ゆずが、大きな木を指さした。
虫が降ってきそうで嫌である。
〇
木陰に腰掛け、簡易的に精神を統一させることを試みる。
ぼけぇっとしていると、コガラさんが私のバッグから革製の袋を取り出した。
「はい、クッキーとメロンパン、紅茶です」
また、随分と日本の放課後チックなものを……
「おぉ、おいしそう」
手に取ろうとするゆずを、コガラさんが静止させる。
メロンパンを調伏するために、血の禊が必要なのだろうか。
「ちょっと待ってくださいね」
コガラさんが、魔法の胸ポケットをごそごそと漁っている。
「しっかり手を洗いましょう」
また、新しい魔法の杖が出てきた。
私のバッグに入っている十五本の魔法の杖は、一体何に使われるのだろうか。
「〈泡沫〉」
乳白色のオーラに包まれた杖の先から、透明な水が出ている。
なんだが不思議な光景である。
「これも、私の神秘が杖を通して変質したものですよ。
魔法っておもしろいでしょう」
「つまり、これは師匠の一部ってことですか……
私は今、師匠で体を洗っている……」
〇
手を洗った私たちは、あらためて木陰に腰を掛け、革袋から昼食を取り出す。
「では、気を取り直して、いただきます」
この世界における食べ物といえば、やはりもにゅもにゅとしたケーキたちが思い浮かぶ。
心の片隅に、どうせもにゅもにゅとした食感なのだろうな、という疑惑が払拭しきれずにいた。
しかし実際に食べてみると、あの食べ物たちが何だったのかよくわからないほどに、さくさくとしていて非常に食べ応えがある。
焼きたての様に温かく、くちどけも良い。
美食というのは、こういうことなのであろう。
「あーっ、なくなっちゃいました!」
「……私も」
気が付いたら、もうなくなっている。
「申し訳ないのですが、今日のお昼の分はそこまでですよ」
まあ、一応は逃亡者なのだし、しょうがないか。
ああ、早く目的地に着かないかなぁ。
ちなみにこのクッキーはどこで買えるのだろうか。
〇
太陽が、少々傾き始めた。
我々は、食べ物の残骸をバッグに詰め込んで再出発する。
「ああ、まだ食べたいよぉ」
私もまだ食べたい。
「もう、あれはないんですよねぇ
まあ、たぶん向こうの都市でも買えますよ」
「また、やるべき事が増えてしまった……」
眼鏡をすちゃり、とかけなおしている。
「ところで、コガラさん。 その都市とやらまではあとどのくらいあるんでしたっけ」
場合によっては、もう一回ほど野宿しなければならないのだろうか。
「さて、知りませんね。 あとちょっとじゃないですか?」
「え……? し、知らない!? じゃあ、今は適当に歩いてるってことですか!?」
我々は、推定五時間以上は歩いている。
もし、これで「実は、目的地反対側でしたー」ということになったら、私の精神は現実に追いつけなくなる。
「でも、よく考えてみてください。 こんな何もない平原で、唯一の舗装された道。
どう考えたって、どこかにつながっているに決まっています」
まあ、そうか。 たしかに、どこにも向かわない道をわざわざはそうする必要は、見当たらないな。
「そもそも我々は、最悪メオリダにつけなくても、どこか別の場所につくことができればどうにかなりますからね」
「まあ、喋ってても進まないので、とにかく歩きましょうか……」
そこでゆず。
「ねぇ! あの影、ハイネの門と壁みたいじゃない!?」
「あ、ほんとですね」
「やったー! あと少しか……」
〇
もちろん、現実はそううまくはいかない。
「お三方、待ってくださいなー」
後から、久々に第三者に接触される。
黒いドレスに、ハイヒール。
金髪の髪は毛先に近づくに連れて青みがかっている。
黒服の金髪がこの空間に二人いるのだが、不思議と似た者同士、という感じはしない。
「なんでしょうか、あなたは」
コガラさんが、杖を用意。
ゆずは、さりげなく私の前に立つ。
私は、とりあえず神秘を練って、それっぽいポーズをとる。
「あ、そんな…… 確かに、私はお三方の懸賞金が目当てで、ここまで参りました。
しかし、私は戦闘が得意ではありません」
「じゃあ、ここで私たちが火葬だけしてやるよ」
「ひっ。 少しお待ちください…… 私の能力に、殺傷力はございません。
だから、お話を聞いてください」
ゆずがこちらに目を合わせる。
たぶん、「お話聞いてあげようかな? どうしよう、すず。 私迷っちゃうわ!」
ではなく、「このメス豚の首をへし折るから能力の準備を」と言っている。
「では話だけは聞いてみましょう。 よろしいですか?」
「まあ、師匠がそういうなら……」
今度は、ゆずが師匠の陰に隠れる。
虎の威を借りる狐。
〇
「私は、正々堂々とあなたたちに勝負を挑みます。
それが、私の能力」
「というと?」
「私の能力は『ゲーム』
ゲームを行い、私の能力が再現可能な範囲の、その勝者の望みを叶えることができます」
非常に簡潔な解説が終了した。
「なるほど。 まあ、いいかな。 ばいばい」
意外だ。
ゆずなら飛びつくと思ったのだが。
「いいえ、『聞いた』時点で、それはもうできませんわよ……
そういう能力ですから」
ドス黒い、赤の神秘が辺りを包み込む。
「【遊戯の流儀】……
ふふっ。 ゲームは、もう始まってるの」
次回
敵の能力、「ゲーム」の攻略。
阿呆と知略。
一行は、無事、メオリダにたどり着けるのか。




