第十二話:オポチュニスト・逃避行2/パステル
前回までのあらすじ
ゆずの失態。
コガラの脱税。
度重なる不運からハイネを脱走することになる一行。
〇
「というか、わざわざ夜逃げなんてしなくても、さっきみたいにコガラさんの魔法でぴゅーっと遥か彼方に逃げちゃえばいいんじゃないですか?」
ここまで準備しておいて何言ってんだ、と自分でも思う。
「そうですよねぇ。 それができればいいんですけどねぇ」
目隠しの下で、視線をそらしたであろうコガラさん。
「出来ないんですか?」
「……はい。
さっき私が使用した魔法は〈紐付け〉と呼ばれる魔法です。
自分が訪れマーキングした場所にしかワープはできません。
マーキングしてあるのは、故郷の里と、師匠の家、ここだけです」
「だったらそこに……」
「私の魔法が届く範囲は、五キロメートルまでなんです……」
私の質問を見透かしたように答える。
「じゃあ、急ぎましょうか。
あっ、そうだ。 ここのマーキングは解除しておかないと……」
かくして、豪邸との別れは一瞬にして済まされた。
〇
「では、作戦をおさらいしましょう。
まずは、我々はこの森に張られた私の結界に沿って歩きます。
半日ほどで森は抜け切れるでしょう。
問題はそのあとです」
魔法の杖で、コガラさんは地面に簡易的な地図を書く。
「今私たちがいるのは、丸で囲んであるここですね。
ハイネをぐるーっと回って、ここが森、こっちが山です。」
ハイネの周りは森に囲まれており、またその森を囲うように山がある。
「結構おっきいんですねぇ」
「たしかにかなり大きくはあります。
しかし観光に行くわけではありませんので、最短距離で行きますよ。
隣の都市『メオリダ』までの、安全性も考慮した最短の道は、おそらくこれでしょう」
杖から流れるインク?の色が変わった。
「一度、都市の外側にある森に出てから、ハイネに入らないように真っすぐ北上して行きます。
そのまま歩いていると、中間地点の山岳地帯に入れます。
その山を下ったところにある平原から『メオリダ』に入れる門まで行けます」
一連の流れを、杖でなぞりつつ説明してもらった。
「めっちゃ簡単ですね!」
「はい、なぞるだけなら簡単です。
問題なのは、おそらく私たちを追ってくる警護団や賞金首狩りがたくさん襲ってくるだろうということです。おふたりも、クエストというかたちで犯罪者を捕まえましたよね?
今度は私たちが狩られる番になったと思ってください」
「じゃあ、平気だね。 私たち強いもん!」
私は結構辛勝だったのだが……
「調子に乗りすぎてはいけませんよ、ゆずさん?
敵は公式か非公式かの違いはあれど、賞金首狩りを生業としているのです」
「でも、私たちが『小日向唯』を倒そうとしたときには、ほかに誰もいませんでしたよ?」
確かに。
もし、賞金首狩りというものがいるのなら、私たちと相対していたはず。
ましてや廃ビルなんて、犯罪者の恰好のたまり場。
そんな場所も探そうと思わない連中がどうやって賞金首狩りを生業にするのだ?
「それは、お二人の受注したクエストがかなり割に合わないものだったからですね。
犯罪者狩りの基本的な報酬は、五百万から八百万エメラルほどになります。
しかし小日向唯は、あまり名の知れた犯罪者ではなかったので、すこし低めに設定されていたと思われます」
あんなに頑張ったのに、低めだったのか……
「話を戻しますね。
まとめると、我々は我々を狙ってくる賞金首狩りと警護団を退けて、無事にメオリダに到着する必要があります」
「そんなに追ってくるんだったら、メオリダに逃亡しても追ってくるんじゃないですか?」
コガラさんが亡命を提案している時点でその可能性は低いだろうけれど、一応確認しておきたかった。
「その心配はありません。 ざっくり言うと、都市は都市ごとに管理されているため他の都市に亡命さえすれば、ハイネの警護団はメオリダにいる私たちを、正式な手続きなしでは捕まえることができなくなります」
「でも、それじゃあ犯罪者が入りたい放題じゃないですか?」
「警護団が動くのは大きな罪に対してだけです。
賞金首狩りと違いお金での報酬が出ない彼らが、わざわざ面倒な手続きを行ってまで、私たちをとらえる意味は薄いでしょう」
警護団、ダメダメじゃないか。
おかげで私たちは助かるが。
「そもそも、警護団と賞金首狩りに追われて無事に隣の都市までたどり着けるような人間は、そう多くありません。 とにかく、指名手配がかかっている都市にいるよりは、かかっていない場所に行った方が安全、ってことです」
〇
立ち上がり、ストレッチ。
「メオリダまではどのくらいかかるんですか?」
「一週間ほどですかねぇ。 あ、お風呂と洗濯の心配はしなくって大丈夫ですよ。
水遊び用の魔法の杖が荷物に入っていますので」
それは非常に助かる。
お風呂だけでなく洗濯もできるとは。
折角の新しい服はなるべくきれいに長く使いたいものだ。
「それでは出発しますか!」
「れっつごー」
「おー」
〇
「すごくいいことではあるんですけれど、暇ですね」
聞こえるのは足音と、鳥の鳴き声、よくわからない生物の咆哮、木々のざわめきくらいだろうか。
「ここには、私の結界が張ってありますからね。 私がいないと出ることも入ることもできませんよ?」
入れない結界ということは、バリアの様になっているということだろうか。
「でも、そんなんじゃすぐバレちゃうんじゃないですか?」
「だから森なんですよ。 結界の外殻に森のイメージを張り付けてあるので、侵入者はどんなに進んでも同じ場所で違う風景を見ながら足踏みすることになります。
森は似たような風景が続く場所が多いですから、案外気が付きにくいです。
ちなみに、お二人はすでに結界の対象外なので私と同じく自由に行き来できますよ」
暇なので、森を眺めてみる。
辺りには、気持ちの悪い色をした草や、可愛らしい花が咲き乱れている。
木はかなり生えてはいるものの、歩く邪魔にはならない。
折角だから、押し花というやつをやってみるのも悪くない。
「ひゃぁっ」
阿呆なことを考えていると、なにか布の幕のようなものを通過した感覚がした。
「あっ。 そうだ、言い忘れていましたね。
実は私、この森には二重に結界を張っているんですよ。
どんなものかわかりますか?」
私の隣を歩いていたゆずが、すちゃっとメガネを押し上げる。
「ある程度森を覆う大きな結界と、家を守るための簡易的な小さい結界ですね!」
この子はなんでそんなことを知っているのだろう。
もしかして、私が阿呆なだけなのだろうか。
「よくわかりましたね。 さすがゆずさんです。
まずは、この森を覆う、高度な技術を応用した大結界。
その内側にある、魔物や獣が入って来れないように私が家に張り付けていた基礎結界の二つです。
私は、ゴブリンとかオークが大嫌いですからね。 野鳥は好きなので、入れるように調整しましたけど」
「つまり、今その結界を抜けたってことは……」
少々、嫌な予感。
「はい、そうです。
ここからはゴブリンやオークが出ます」
私の嫌な予感はよく当たる。
当たり前のことを考えているだけなのかもしれないが。
「一応、一カ月に一度森にすむ魔獣を殺してはいるんですけれど、たぶんあまり効果はないでしょうね。 気休め程度にしかなりません。 繁殖力が強いですからね」
「繁殖力’’は’’強い、ということは、戦闘能力はぺらぺらってことでいいですか?」
「はい。 単体の場合はそうですね。
しかし、群れになると少々厄介です。
と言っても、所詮は少々ですけれどね」
ゴブリンやオークがどんなものかはわからないが、キモいものであるということはなんとなくわかる気がする。
〇
結界を抜けた私たちは、若干の臨戦態勢に入る。
何かあれば、すぐに玉の枝に触れることができる。
「そんなに焦らなくても大丈夫ですよ!
私の圧倒的なオーラに押されて、下劣な魔物どもが出てこれるわけが……」
そう言い終わる前に、目の前にはこん棒を持った大きな人影が。
「あれがゴブリンですか?」
「違うよ、オークだよ! アニメではゴブリンは緑色だったもん!」
目が合う。
「うわ、こっち見たよ……」
「大丈夫です。 なにかあれば、私が殺します。
ちなみに、こいつはオークですね。 体格で見分けることができます」
今は、説明してるほどの暇があるのだろうか。
すでにゴブ……オークがこっちに向かってきている。
「そうだ! ちょうどいい機会ですし、以前見せた私の【八千代の林檎】が、どんな能力なのかお見せしましょうか」
そういうとコガラさんは胸ポケットから玉の枝を取り出す。
「灰燼に帰してあげましょう。【八千代の林檎】っ!」
乳白色のオーラがコガラさんの周りを包み出し、あたりの空気が暖かくなりはじめる。
垂れ出た乳白色のオーラが、この前見せてくれた時のように地面に魔方陣を描く。
ぐぉーっと叫びながら、こちらに走ってくるオークが魔方陣の中に入る。
なぜ叫ぶのかは不明である。
「うぉー! ぴかぴかでかっこいぃーっ!」
「ふふふっ。 かっこいいのはこれからですよ?」
魔方陣が輝きだして、回ってく。
「〈砕け散る〉……」
飛び込んできたオークが、魔方陣の光に包まれる。
「グォーッ!!」
光の隙間から私が見たのは、ばらばらに分解されては形を変えて、なにか別のものへと豹変していく魔物の亡骸だけだった。
「ふぅ。 気持ちよきかなっ」
流麗な所作によって、乱れた髪がかき上げられる。
「コガラさんも、技名付けてたんですね……」
〇
かつてオークだった石ころを蹴り飛ばして、私たちは歩き出す。
「やっぱり一流だよな コガラさんは」
「まだまだいっぱいありますからねぇ」
「能力って、ひとりひとつじゃないんですか?」
漫画とかでは、だいたい一人一能力だから自然とそうだと思い込んでいたが、よく考えたらここは漫画の世界ではない。
それに、魔法の杖でたくさんの魔法を操れるのだから、一人にいくつ能力があっても……
「能力は一人一つですよ」
「え? じゃあ、『まだまだいっぱい』ってどういうことですか?」
杖で発動する魔法も見せてくれる、とういことだろうか。
「確かにちょっとややこしい言い方をしてしまいましたね」
歩きながらコガラさんは、さっきのお絵描き魔法を取り出す。
「能力には、メインになるものと、派生形の技があるんですね。
たとえば、私の場合は【八千代の林檎】がメインの能力で、さっき見せた〈砕け散る〉というのは派生技ですね。
ちなみに、これには何の意味もありません。 かっこいいから私が勝手にやってるだけです」
「あっ、私にもありますよ。 派生技! 私は〈転がる果実〉って名付けました」
「えっ。 すずも?」
「まあ! 私たち、似た者同士のようですね! うれしいです!」
「ちょっと、私も混ぜてよぉ!」
ゆずの悲痛な叫びが葉っぱを揺らした、かもしれない。
「じゃあ、みんなで新しい技でも考えましょうか!」
小学生が帰り道でしりとりをするかの如く、私たちはゆずの新技について熱い考察を交わした。
次回
結界を抜け、安全地帯から抜け出す一行。
そうそうに迫る追手。
無事にすずたちは「メオリダ」へ到着できるのか。
次回もお楽しみに。




