8.
翌朝。
これまでの人生で最も不思議な目覚めを迎えた。
「……重い」
腰に回された腕が重くて動けない。
視線を横へ向けると、リュシオンが穏やかな寝顔で眠っていた。
銀髪が朝日に照らされてきらきらしている。しかも、腹立たしいほどきれいな顔だ。涎を垂らして眠っていれば、まだ可愛げが……ないな。うん。
わたくしを抱き枕代わりにしているリュシオンを蹴飛ばしたい衝動に駆られる。しかし、足も重くて動かない。
「起きなさい」
仕方がないので、唯一動く手で頬をつついてみる。
つんつん。
反応がない。
「起きて、リュシオン」
今度は少し強めにつついてみると、うっすらと瞼が開いた。
「う……ん。セシル」
「おはようございます」
「おはよう」
とろけるような笑顔というのは、こういう顔のことをいうのだろう、という笑顔だった。
「起きたのでしたら、離してください」
「嫌だ」
「重いのです」
「うん。幸せの重みだと思って」
物理的に重いんですけど?
「起きたらセシルが隣にいる。幸せだ」
そう言って額に軽く口づけをする。腹が立つほど自然に……。
「昨夜はちゃんと眠れた?」
「ええ。ぐっすり眠れました」
「そう。良かった」
心底安心したというように微笑む。
結局、昨夜は本当に何もなかった。抱きしめられたまま眠っただけだ。
疲れていたのですぐに寝落ちして、そのまま朝まで目が覚めず、起きたらリュシオンが重かった。
だが、異性と同じベッドで眠るというのは初めてのことなので、妙に恥ずかしい。恥ずかしいが、考えないことにする。
その時、勢いよく扉をノックする音が聞こえる。
「旦那様! 奥様! おやすみのところ申し訳ございません!」
家令の声だ。
初夜を迎えた次の朝は、本人たちが起きるまで使用人が起こしにくることはないはずだ。緊急事態でもない限り。
嫌な予感しかしない。
「マイエルフェルトの皇帝陛下より贈り物が届きました!」
やっぱりと思った。父のことだから、何かアクションを起こしてくるだろうと予想はしていたのだ。
それはリュシオンも予想していたようで、盛大にため息を吐いていた。
「わざわざ朝に贈り物を届けるなんてね。やるね、君の父上は」
「……何か、父が申し訳ございません」
やらかしてくれたわね、父! 後でお礼状を書く時に嫌味の一つも混ぜ込んでおこう。
「いいさ。僕にとっても義父殿になるのだから」
不機嫌になるかと思いきや、リュシオンは面白そうに口の端をあげている。
◇◇◇
支度を整えて、一階の応接室に向かう。
「…………」
部屋に入った途端、わたくしとリュシオンは揃って沈黙した。
広めに設計してある応接室いっぱいに積みあがった箱の数々。
色とりどりの包装やリボンを施した箱になぜか木箱まである。
「何ですの? これ」
父が遣わしたであろう使者が恭しく頭を下げる。
「皇帝陛下より皇女殿下への贈り物でございます」
「それは見れば分かります」
「初夜明けのお祝いとのことです」
初夜明け。
父!? そこは結婚祝いとかでいいでしょう!
「中身は?」
リュシオンが尋ねると、使者はさわやかに答えた。
「離宮です」
「はい?」
「離宮です」
「どうやって箱に入れたの!?」
あの木箱に離宮のパーツが入っているとか? それを組み立てろと? 無理!!
わたくしがパニック気味に叫んだので、使者が慌てて補足する。
「設計図と皇女殿下名義の権利書でございます」
ああ。そういうことね。安心したわ。いや、安心していいのかしら?
「皇女殿下専用離宮をマイエルフェルト帝国の帝都に建築いたしました」
「早い!」
「すでに完成しております」
「もっと早い!」
父とは昨日久しぶりに会ったばかりなのに? どうなっているの? 帝国の建築技術。
「その他にドレス、宝石類、馬車、庭園、劇場、温泉施設に」
「待ってくださいませ」
これ以上は聞きたくないのだけれど。
ドレスや宝石類はともかく……。
「馬車? 庭園?」
「殿下専用でございます」
「劇場?」
「殿下専用でございます」
「温泉施設?」
「もちろん、殿下専用でございます」
全部わたくし専用だった。
頭痛がしてきた。
リュシオンをちらりと見れば、微笑んでいる。
「これは負けられないな」
「張り合わないでくださる!?」
これ以上増えたら困る。管理が大変になるから困る。絶対やめてほしい。
使者から贈り物の目録を受け取って、後日お礼状を父に送るからとお帰りいただいた。
贈り物の確認は使用人たちに任せて、応接室でお茶を飲んでいたら、再び家令が一通の封筒を持って入室してきた。
「旦那様。こちらも先ほど届きました」
「うん?」
リュシオンが封を切って中を見ると、「ああ」と妙に楽しそうに笑う。
「これは面白いな」
「何ですの?」
「招待状だよ」
差し出された封筒を見れば、グリンデル王家の紋章が刻印されてある。
招待状という中身を恐る恐る見て固まった。
招待状は要約すると、こんな感じだ。
『王太子レオニード殿下とエミリー・バークス子爵令嬢の婚約披露パーティーへご出席いただきたく云々かんぬん』
長い沈黙の後、ゆっくりと顔を上げる。
「行きたくありません」
一方的に婚約破棄を告げた空っぽ王太子の婚約披露パーティーなんか行くわけがない。いや! 絶対行くものか!
しかし、リュシオンはものすごく楽しそうだ。
「行こうか」
「嫌です!」
「面白そうだ」
「絶対、ろくなことになりませんわ」
昨日の結婚式で土下座したばかりだというのに何を考えているのだろう。あの空っぽ王太子のことだ。何か仕返しを企んでいるかもしれない。懲りないやつね。
「分かっているよ」
「なら断わってください!」
だが、リュシオンはにっこりと笑う。
「セシル」
「何ですか?」
「君、自分が今どれだけ話題の人間か分かっている?」
嫌な予感がした。
「婚約破棄された元王太子妃候補で実は隣国の皇女殿下」
そのとおり。
「しかも婚約破棄から一ヶ月でシルヴァード公爵夫人になる」
リュシオンの企みでだけれど。
「貴族たちは全員、君を見たがっている」
うわっ! 面倒くさい。ものすごく面倒くさい。
「絶対に行きたくありません!」
「でもね」
リュシオンは楽しそうに目を細める。
「僕は行きたい」
「どうして?」
「王太子の顔が見たいから」
悪い笑みだった。今度こそ国家を滅ぼしかねない。
わたくしは確信した。
この婚約披露パーティー。
絶対に平穏には終わらない。




