6.
夜は二人だけで食事を摂ることになった。テーブルに所狭しと並ぶ料理は全部わたくしの好物ばかりだ。
「さあ、セシル。たくさんおあがり。今夜は君の好きな料理ばかりを作らせたんだ」
わざわざ領地から料理長を呼び寄せて、夜の食事を準備させていたとテレサが話してくれた。
料理長が作る料理は絶品でどれも美味しいので、思わず舌鼓を打つ。
「美味しいわ」
「そう。良かった」
嬉しそうにリュシオンが微笑む。その顔はあまりにも幸せそうで、なんだか調子が狂う。
空腹だったのでしばらく食事に集中していたが、ふと疑問に思うことがあったので、話を切り出す。
「ねえ、お兄……」
お兄様と言いかけると、今まで幸せそうに笑っていたリュシオンの顔が凍りつく。まずいと思って慌てて言い直す。
「リュシオン」
「うん。何かな? セシル」
そして、また幸せそうな微笑みに戻る。切り替えが早いな。
「結婚式の後ってお披露目も兼ねて晩餐会を開くわよね。どうして今夜は開かなかったの?」
普通、貴族は結婚式の後、招待客を招いて晩餐会を開く。公爵家ともなれば、大々的に王族や高位貴族を招待して晩餐会を開き、お披露目を行う。
「う~ん。疲れているセシルを無理させたくないからね」
いやいや。貴族の奥方ともなれば疲れていようが何だろうが、社交はアルカイックスマイルで行うものだ。わたくしも王太子妃教育でそう教えられた。
「それに……」
今までの微笑みとは違う笑みがリュシオンの顔に浮かぶ。目も口元も三日月の形になる悪人的なあの笑みだ。思わず背筋がぞっとする。
「僕たちは今日からグリンデル王国の貴族ではなくなったからね。わざわざ晩餐会を開く義理はないだろう?」
「えっ!? マイエルフェルト帝国の貴族になるって本当の話なの!?」
「当たり前だよ。冗談だと思っていたの?」
冗談だとは……思っていない。
何せリュシオンと父のある意味最強タッグで取り決めたことだ。
しかし、いくら治外法権を持つシルヴァード公爵家でも、今日の今日で属する国を変えるなどということができるだろうか?
「脅し文句でないことは分かりましたが、それなりに手続きがあるのではないですか?」
「そんなものは必要ないよ」
きっぱりとリュシオンは言い切る。結構な大事だと思うのだが、そんなもので済ませちゃったよ。この男。
「我が家は治外法権を持っている。この国の法律ごときでどうこうはできないよ」
にっこりと微笑むが、目が笑っていなくて怖い。
「だからと言って簡単に属する国を変えられるものですか?」
「ああ。まあその他にも何やかんやと取り決めがあってね」
何だ、その何やかんやって?
「そんなことよりセシル。ほら、君の大好きな苺のタルトだよ」
苺をふんだんに使ったタルトをリュシオン自らが切り分ける。
「給仕のお仕事を取り上げないでくださる?」
「セシルに関することは全部僕が世話してあげたいんだよ」
給仕を横目で見ると、子供を見守る親のような眼差しをしている。どうやらこのやり取りを微笑ましいと思っているらしい。
「リュシオン、どうしてそこまでわたくしに執着するの?」
昔から疑問だった。曲がってはいるが、優しくて過保護で何事にもわたくしを優先してくれた。
リュシオンは少しだけ目を細めた。
「簡単だよ。君がいないと生きていけないから」
「重っ!」
思わず叫ぶと、リュシオンは不思議そうに首を傾げる。
「そうかな?」
「そうよ!」
「でもセシルも僕がいないと困るだろう?」
「困りませんわ!」
「本当に?」
にこりときれいに微笑むので、嫌な予感がした。
「君の財布は僕が管理している」
「返してください!?」
リュシオンに内緒でこっそり隠しておいたのに! この男に隠し事は無駄だということか!?
「嫌だ」
「即答!?」
優雅な所作で紅茶を飲むリュシオンを本気で殴りたい衝動に駆られる。
「だって、セシルはすぐ変なものを買うだろう?」
「買いません!」
「珍しいからという理由で呪われた壺を買ったよね」
「あ、あれは骨董市で見つけて店主の押しに負けたからですわ」
昨年、学園の夏期休暇で領地に帰った時に領都で開かれた骨董市に出かけた。そこで珍しい形をした壺を見つけたのだ。
はるか東の国で手に入れたという壺は、丸みのある銅に二つの口が付いていた。まるで壺に角が生えているようだとじっと見ていたら、店主が勧めてきたのだ。そして、うっかり購入してしまった。
まさか呪われた壺だとは思わなかった。
「あの壺、三日後に爆発したよね」
「……不可抗力です」
そして爆発するとも思わなかった。
「奥様は昔から目を離すと問題を持ち帰られます」
わたくしの後ろに控えていたテレサがそっと口を開く。
「持ち帰っていないわよ」
壺以外……。
「八歳の頃、盗賊を拾ってきました」
「あれは行き倒れていたからよ!」
道で行き倒れている人間を見たら、放っておけないでしょう。
「彼は現在、旦那様直属諜報部隊の隊長です」
「嘘でしょう!?」
行き倒れの盗賊が何か大物になっているんだけど!?
くすりと微笑みながら、リュシオンは切り分けた苺のタルトをわたくしの前に置く。
「だからセシルには僕の管理が必要なんだ」
「必要ありません」
お世辞でも必要などと口走ろうものなら、とことん管理されるのが目に見えるようだ。
リュシオンは何やら満足そうに頷いていたが、どうせろくでもないことを考えているのだろう。
わたくしは現実逃避気味に紅茶を飲んだ。うん! 美味しいわ。




