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【連載版】婚約破棄された公爵令嬢は義兄に溺愛される~ヤンデレ義兄の偏愛が重い~  作者: 雪野みゆ


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5/13

5.

 結婚式後、わたくしは疲労困憊だった。


 肉体的にも精神的にも限界である。


 なにしろ、拒否権なく義兄と結婚させられ、国王一家に土下座され、隣国の皇帝である父が乱入し、危うく国が転覆しかけたのだ。


 あまりにも濃い一日だった。それは疲れて当たり前だ。


「セシリアお嬢様、いえ、奥様。お部屋はこちらでございます」


「今までどおりセシリアでいいわよ。奥様なんて呼び方慣れないもの」


「ですが、セシリア様は本日よりシルヴァード公爵夫人となられるのですから、慣れていただきませんと」


 不本意ながらリュシオンの妻となった以上、シルヴァード公爵家の女主人はわたくしだ。


「……そうね」


 侍女のテレサに案内され、王都にあるシルヴァード公爵邸の一室へ向かっていた。


 王都にも屋敷があるのは知っていたが、わたくしは来たことがない。学園には寮があったのでこの屋敷に住む必要がなかったからだ。


 しかし広い。広すぎる。案内なしでは迷子になるかもしれない。


「……ねえ、テレサ」


「はい。何でございましょう?」


「わたくし、逃げてもいいかしら?」


「無理です」


 即答だった。少しは悩んで答えてくれてもいいのに。


「きっと旦那様は地の果てまでも追いかけていかれますよ」


「……確かに」


 目に浮かぶようだ。どこへ逃げてもリュシオンは追いかけてくるだろう。もしかすると、先回りして何食わぬ顔で「やあ、セシル。待っていたよ」とか言いそうだ。


「本日のために旦那様は三ヶ月前から準備されていました。それはもう周到に」


「怖いことを聞いた気がするのだけれど?」


「気のせいです」


 絶対違う。気のせいではない。


 三ヶ月前ってまだ婚約破棄される前じゃないの!?


 あの兄貴、いや、もう夫か。どこまで計画的なのよ!


 ある部屋の前で止まるとテレサが扉を開けてくれる。


「こちらが奥様のお部屋でございます」


 部屋に入った途端、固まる。


「……何、これ?」


 天蓋付きのベッドは大人が三人大の字で眠れそうに大きい。


 壁一面の本棚には本がぎっしりと並んでいる。わたくしが本を読むのが好きなので、あちこちから取り寄せたのだろう。豪華な暖炉に大きな窓。


 そして、部屋中にわたくしの好きな花が飾られていた。


「全て旦那様が選ばれてご用意されました」


 なるほど。リュシオンはセンスがいい。実にわたくし好みだ。じゃなくて!


 広い! とにかく広い! これでは逆に落ち着かない!


「ちなみに隣室は旦那様のお部屋でそちらの扉で繋がっております」


「塞いでちょうだい」


「無理です」


 ですよね!


 どっと疲れが出たので、ソファに沈み込むように座る。実際このソファはふかふかだ。物理的にも沈み込む。


 テレサはにっこりと微笑む。


「奥様は本当に旦那様に愛されておりますね」


「愛が重すぎるのよ」


 愛されるのは嬉しいが、重すぎる愛は勘弁してほしい。


「旦那様は昔から奥様を大切にされていましたもの」


「曲がった愛情でね」


 コンコンとノックの後、「セシル、入ってもいいかな?」とリュシオンの声がする。


「後にしてくださる。わたくし疲れてま……」


 言い終わないうちにテレサがさっと部屋の扉を開ける。


 テレサの裏切り者!


「やあ」


 礼服から着替えたリュシオンはラフな黒シャツ姿だった。白も似合うが黒だとさらに色気が増す。


 そして、非常に腹立たしいことに顔がいい。


 リュシオンはわたくしの前に跪くと、ふっと眉尻を下げる。


「疲れただろう?」


「誰のせいだと思っているのかしら?」


「う~ん。王太子かな」


「貴方もよ!」


 リュシオンは楽しそうに笑う。この男、無自覚か? いや、分かっているわね。分かっていても絶対反省はしないだろう。


「それで、何かご用ですの?」


「夫が妻に会うのに理由がいるのかい?」


「いります。用がないのでしたら、ご自分の部屋に帰ってください」


「何とつれない妻だな」


 傷ついている風を装っているが、本気ではないのは分かる。


 当然のように隣へ腰を下ろすと、わたくしの瞳を見つめながら微笑む。


 近い。心臓に悪いから近寄らないでほしい。


「セシル」


「何ですか?」


「君はずっと頑張っていたね」


 ふいに優しい声でリュシオンがそんなことを言うものだから、少しだけ胸が詰まる。


「王太子に婚約破棄されても泣かなかった。突然僕と結婚させられても取り乱さなかった。十年ぶりに実の父上が現れても気丈に振る舞っていた」


 そっとわたくしの髪を撫でる。子供の頃のように。優しく温かい手で……。


「偉かったね」


「……子ども扱いしないでくれる」


 わざと頬をぷうと膨らませると、リュシオンはふふと笑う。


「僕にとってセシルは昔から大事なお姫様だからね」


「甘い!」


「照れているの? 可愛いね」


「違うわよ! 甘すぎて気持ち悪いっていう意味よ!」


 ぷいとそっぽを向くと、またもやリュシオンはおかしそうに笑う。


「ひどいなあ」


 なぜか嬉しそうだ。全くどういう神経をしているのか?


 その時、ぐうぅぅぅぅという音が響く。自分のお腹が鳴る音だと気づくまでにしばらく時間がかかった。


「ぷっ!」


 リュシオンが吹き出したので、恥ずかしくなって顔が熱くなる。


「笑わないでくださる!?」


「ごめんね。くくっ! 可愛くて、つい」


 今朝は軽食のみだったし、結婚式の間は食事が摂れなかった。それはお腹も鳴るだろう。


「仕方がないでしょう! 今日はほとんど食事していないもの!」


「そうだね。じゃあまずは食事にしようか?」


 そう言いながら、リュシオンはまだ笑っていた。腹が立ったので、リュシオンの足を踏んづけてやったが、それすらも「可愛い」と抜かす。


 本当にどういう神経をしているのだろう? この男は……。

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