4.
控室に下がる前に父に呼び止められる。
「セシリア、結婚おめでとう。娘の晴れ舞台を見れてうれしいよ」
「父上、本当に結婚式に来られただけですか?」
疑わしげに父を見やる。父は苦笑した。でも顔が怖い。
「もちろんだ。十年前はすまなかった。本当はセシリアを手放したくなかったのだが……」
「それでは、なぜ十年前に後宮を出るのを許可したのですか?」
「エリーシアのことは愛していた。娘である君もだ。だが後宮においておくのは危険だと思ったのだ」
エリーシアとは母の名前だ。父はとつとつと語り始めた。
真相はこうだ。
わたくしが生まれた頃、母は父の寵妃だったらしい。だが、食事に毒を盛られて死にかけたり、赤子のわたくしのベビーベッドに毒蛇が仕込まれていたり、大変だったそうだ。
後宮は女たちの熱いバトルが繰り広げられる場所だ。毒殺、不審死は日常茶飯事だった。
母とわたくしが生き残ったのは日陰者に甘んじていたからだと思っていたが……。
わたくしは覚えていないのだが、父は赤子だったわたくしを大層可愛がっていた。他の妃たちには当然それがおもしろくない。
三歳の頃、父と遊んでいる時、目を離した隙に池に落とされたこともあったらしい。幸い、父が駆けつけて大事に至らなかったそうだが……。
「全く、覚えていませんわ」
「そうであろうな。池に落とされてもセシリアは元気に泳いでおったからな」
それは遊びと勘違いしていたかもしれない。
度々、殺されかけて身も心も疲れ果てた母は父に「実家に帰らせてほしい」と申し出たそうだ。
母とわたくしを守るため、暇を出したが、母の実家は皇帝に捨てられたと勘違いし、不名誉だと勘当したそうだ。
「先日、シルヴァード公爵家に匿われていたことを知ったのだ。何しろ、シルヴァード公爵家は謎が多く情報が掴めなかったのだ」
ようやく見つけ出したと思ったら、母は帰らぬ人となっており、おまけに娘は王都にいて会えないと父は嘆いたそうだ。
「これからは父の下で暮らすとよい。他の妃は全て追放した。子も皇太子以外は残していない。安心するがよい」
追放? というか冷酷な父のことだ。もしかして? いや、考えるのはやめよう。
「皇帝陛下、一段落しましたら、セシルを連れてお伺いいたします。詳しい話は後日……」
兄はわたくしの腰を抱くと話に割って入る。
「うむ。其方たちは婚姻を結んだばかりだ。のんびりするとよい。我が国に来るのを待っておるぞ」
それだけ言い残すと父は踵を返し、大聖堂へ戻っていく。国王陛下と積もる話があるそうだ。これはグリンデル王国がマイエルフェルト帝国の属国になる日が近いかもしれない。
◇◇◇
控室に入ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
「今日は慌ただしくて疲れたわ。お兄様、わたくし……」
言いかけて兄に壁ドンされた。
「お兄様じゃない。僕たちは夫婦になったんだ。名前で呼んで」
「ええと……リュシオン……」
兄……リュシオンは満足したようだ。満面の笑みだ。
「ねえ、セシル。誓いの口づけがまだだったね」
そういえば、王太子殿下に邪魔されたのだった。
「わたくし疲れていますので、また今度で」
リュシオンの笑みが黒く染まっていく。
「ほ! 頬でお願いします!」
黒い笑みが消えていくと、リュシオンはわたくしの頬に顔を寄せ、チークキスをした。
「今はこれで我慢してあげるよ。でも今夜は覚悟しておいてね」
リュシオンの偏愛からは一生逃れられる気がしない。
それならば、彼を愛する努力をした方がいいのかもしれない。
こうして、わたくしはじわじわとリュシオンに染められていくのだろうな。
ここまでは短編と同じ内容です。
次回よりはセシリアの甘くも曲がった愛情に包まれた新婚生活が始まります。
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