3.
昔から兄に逆らえた試しがない。結局、いつも兄の言うとおりになるのだ。
「ねえ、お兄様。どうして王都で結婚式を挙げるの? わたくし一ヶ月前に領地へ追い返されたばかりなのだけれど……」
「今日のセシルは一段と美しいね。自慢のプラチナブロンドは艶やかだし、澄んだ瞳はアクアマリンのようだよ」
「だーかーらー! 人の話を聞け!」
「ああ、それとお兄様ではなく名前で呼んでほしいな。今日から夫婦となるのだから」
これはダメだ。全くわたくしの質問に答える気がない。
いっそのこと、逃亡しようか? 無理だな。兄はどこに逃げても執拗に追いかけてくるだろう。
諦めて馬車の窓に肘をつき、外を眺める。
◇◇◇
いつの間にウェディングドレスを仕立てていたのか? 採寸はどうしたのか?
最早、聞くまい。用意周到な兄のことだ。前々から準備していたのだろう。
王都の大聖堂の控室で披露されたマーメイドラインのウェディングドレスは少しわたくしの好みだった。
シンプルな形ながらも真珠がふんだんに縫い付けられ、豪華だ。ただトレーンが長くて重い。
豪華なドレスを着せられ、あっという間に花嫁姿に仕上げられたわたくしは王都の大聖堂の扉の前に向かう。
扉の前には白い礼服に身を包んだ兄が私を待つように立っていた。
「思ったとおりよく似合っている。きれいだ、セシル」
普通の貴族令嬢であれば、この甘い笑顔に絆されていただろうな。黙っていれば素敵な貴公子なのだ。
わたくしは言い返す気力もなく、そっとため息を吐くと、兄に促されるままエスコートされる。
扉が開け放たれるとバージンロードが目に入る。そして、大勢の視線がわたくしたちに集まった。招待された貴族たちをちらっと見ると、妃教育の一環で覚えさせられた顔触れだ。ほとんど国の要職に就いている人間たちばかり。
憧れのバージンロード。相手が兄でなければきっと幸せな気持ちに包まれて歩けたのだろうな。
瞬く間に祭壇に辿り着いたように思う。脱力気味のわたくしの頭には神父様の言葉が入ってこない。
「それでは誓いの口づけを」
兄がわたくしのベールを上げる。
「あ! 貴様はセシリアではないか! なぜシルヴァード公爵の花嫁が貴様なのだ。というか、其方たちは兄妹ではないのか!?」
きんきんと叫んでいる方向へ目を向けると、王太子殿下がわたくしを指差している。聞き覚えのある声だと思ったら……。
なるほど。ベールで顔が隠れていたから、わたくしだと分からなかったのね。
よく見ればエミリー様が王太子殿下の横にいた。わたくしの代わりに婚約者となったのだろう。それにしても、正式に王太子妃となったのであればともかく、今は子爵令嬢に過ぎないというのに。恋は盲目というけれど、常識まで忘れてしまったのかしら?
最前列に参列していた王太子殿下は国王陛下が制止するのも聞かず、つかつかとわたくしたちの下へ歩み寄ってくる。
「この結婚は無効だ! いかに治外法権といえども兄妹同士の結婚など認められない!」
無効だとしても王太子殿下に止める権限はない。兄が私を隠すように王太子殿下の前に立つ。
「殿下、僕たちは兄妹とはいえ、血のつながりはないので有効ですよ。ましてや、先日殿下との婚約は破棄されましたので、結婚しても問題はないはずです」
ふふんと鼻を鳴らしてどや顔の兄だ。
「だとしても、この女は犯罪者だぞ! 公爵の花嫁には相応しくない!」
顔を怒りの表情に染め、王太子殿下は抗議してくる。
「余の皇女を犯罪者呼ばわりするか? いかにこの国の王太子といえども聞き捨てならぬな」
大聖堂に堂々と響いた声の主は――。
「父上」
隣国マイエルフェルト帝国の皇帝。わたくしの実の父だ。
「久しいな、セシリア。十年ぶりか? 美しくなったな」
プラチナブロンドの短髪をきれいにまとめた父は、アメジストの瞳で優しく微笑みながら、わたくしの下に歩み寄ってくる。マイエルフェルト帝国の礼服を纏った父は皇帝らしく威厳に満ちあふれていた。
しかし、強面なので笑顔でも怖い。しかも四十代前半のはずだが、六歳の頃に別れた姿と変わっていない。年をとらないのだろうか?
「隣国の皇女! セシリアが!」
素っ頓狂な声を出す王太子殿下を父が睨みつける。すると文字どおり固まった。
「そうだ。セシリアは余の第七皇女である。シルヴァード公爵との婚姻も認めておる」
マイエルフェルト帝国は大国だ。そのマイエルフェルト帝国から独立を許されたこの国グリンデル王国の立場は弱い。
皇帝がわざわざ娘の結婚式に参列するとは思わなかっただろう。わたくしも思わなかった。
「わけがあってシルヴァード公爵家に戸籍を預けていたが、一ヶ月前に余の皇女として戸籍を戻した」
わけって……。貴方が母を捨てたんでしょうが! 一ヶ月前に戸籍が戻っていた? 聞いてない!
いろいろつっこみたいが、婚約破棄をされた仕打ちは忘れていないので、黙って眺めていた。
「つまり、一ヶ月前からセシリア嬢はマイエルフェルト帝国の皇女だったと……」
王太子殿下の父上、グリンデル国王が顔を青くしながら、マイエルフェルト皇帝に確認をする。お気の毒。事の重大さに気づいたのだろう。国王陛下の声が震えている。
国王陛下と王妃殿下は人あたりが良い人たちなのだ。王太子殿下はどうでもいいが、お二人のことは好きだった。
「そういうことだ。余の皇女のどこが不満だったのかは分からぬが、こちらの王太子に婚約破棄されたと聞き、いてもたってもいられなくてな」
グリンデル国王はまだ固まっている王太子殿下に駆け寄ると、息子の頭を掴みともに土下座をする。
そして現在に話が戻るのだが、これが冒頭での土下座に至った経緯だ。
「愚息が誠に申し訳なかった! どうか許してほしいセシリア嬢、いや、セシリア皇女」
「余としては皇女の望むようにしてやりたいが……どうする? セシリア」
父に問われてしばらく考え込む。
「そうですわね。わたくしは今日シルヴァード公爵家に嫁いだ身ですから、夫に従いますわ」
面倒くさいので兄に丸投げする。兄であれば狡猾な手を考えていることだろう。
「だそうだ。シルヴァード公爵、どうする?」
兄はマイエルフェルト皇帝に頭を下げる。
「それでは僭越ながら、妻の代わりに発言いたします。妻は殿下の大切な令嬢を傷つけておりません。証拠は後ほど提示させていただきます」
そこで兄は一旦言葉を切ると、黒い笑みを浮かべる。
「そして、我が妻を傷物にした代償をいただきます」
「どのような?」
国王陛下はごくりと唾を飲み込む。
「今日よりシルヴァード公爵家はマイエルフェルト帝国に属します」
「な!」
大聖堂中がざわつく。
えげつない! シルヴァード公爵家は治外法権を認められているとはいえ、グリンデル王国に属している。
しかもグリンデル王国の国費は半分以上シルヴァード公爵家が賄っている。
そのシルヴァード公爵家がマイエルフェルト帝国に属するというのは、事実上グリンデル王国は滅亡するに等しい。
とんでもない代償を求めたものだ。
おそらく父と兄で前々から計画されていたのだろう。
「それでは、後ほど宰相を通して手続きさせていただきますので、我々はこれで失礼いたします」
完全に呆けたグリンデル国王一家を放っておいて、扉に向かってわたくしを引っ張っていく兄だった。扉の前にくると振り返り、優雅に礼をしてこう言い放った。
「本日は僕たちの結婚式に参列いただきありがとうございました」
兄に倣って、わたくしもカーテシーをする。




