35.
夜会会場は封鎖され、出入口には近衛騎士が配置されている。
負傷者はいるものの、幸いなことに死者はいないことが救いだった。
父も兄夫婦も怪我ひとつなく、無事だ。
「どうしてシャンデリアが落下してきたのかしら? 鎖が劣化していたのかしら?」
「いや」
リュシオンは静かに天井を見上げていた。そして、落ちたシャンデリアに近づく。
しゃがんで鎖部分を手に取り、じっと見つめている。
「どうしたの?」
「劣化したわけじゃない」
「え?」
「鎖が切られている」
わたくしは思わず息を呑む。
「……誰かが意図的に切ったということ?」
リュシオンが静かに頷く。
「しかも、この場所で僕らはダンスを踊るはずだった」
鎖の切断面を見つめたまま、呟いた。
背中に一筋の汗が流れる。
偶然じゃない。
わたくしたちを狙っていたということだ。
――これは仕組まれものであり、事故ではない。
◇◇◇
せっかくの建国祭最終日ではあるが、シャンデリアが落下するという事故が起こったため、父が閉会の挨拶をしようとする。
だが――。
「少々お待ちください」
静かな声が会場に響く。リュシオンの声だ。
彼はゆっくりと玉座の前に進み出る。
リュシオンは一体何をするつもりなのだろうか?
「陛下、お時間をいただけますか?」
父は少し逡巡した後、短く頷く。
「良かろう」
会場中がざわつく。
こんな事故があった後だ。早く帰って落ち着きたいのだろう。ひそひそと不満を囁いている。
リュシオンが合図をすると、近衛騎士が一人の男を玉座の前に連れてきて跪かせる。男は後ろ手で拘束されていた。
「シルヴァード公爵。余の記憶に間違いがなければ、その者はアイシャの侍従なのだが、何故拘束しておるのだ?」
父が厳しい声でリュシオンに問いかける。だが、鋭い眼差しはリュシオンではなく、アイシャの侍従に向けられていた。
「それはこの者がシャンデリアの鎖に細工をしたからです」
ええっ! 何でアイシャの侍従がそんなことを!?
侍従をよく見ると、左頬の辺りに痣がある。捕縛される時に殴られたのかしら? でも殴られたにしては形が……。
そこでハッとする。
ヴィオレットがこんなことを言っていたのを思い出したのだ。
『細長い雲のような形の痣が縦に……』
侍従の左頬には縦に細長い雲のような痣がある。
それに、父はヴィオレットが証言した男の特徴に心当たりがあるようだった。
ああっ! 何となくピースが繋がった!
リュシオンを見ると、顔にドス黒い笑みが張りついている。
ものすごく怒っていらっしゃる!?
「さて、君は誰に頼まれてシャンデリアに細工をしたのかな?」
口調は柔らかいが有無を言わせないという態度で、リュシオンは尋問を始める。
「すべて……アイシャ様のご命令でした」
「ほお? すべてとは?」
もうすべて分かっているのだろうに、わざと侍従に尋ねる。意地悪な人だ。
「うっ! セ、セシリア様を暗殺せよと命じられました」
蹴った!? 今、侍従のそばを歩いていたと見せかけて蹴っていたけれど!?
侍従の両サイドにいる近衛騎士は見てみぬフリをしている。
玉座では、「余も一発殴っていいだろうか?」と父が兄に囁いている。兄は「ダメです」と一蹴した。
「ということですが、いかがでしょうか? アイシャ殿?」
玉座の近くに控えていたアイシャは、動じた様子もなく黙っている。
「答えよ。アイシャ」
沈黙しているアイシャに苛ついたのか、父がギロリと睨む。
「……わたくしはそのようなことは命じておりません。その者が勝手にやったことでしょう」
「そんな!? 皇妃殿下! 任務を果たせば、オレンジ農園をくださるとおっしゃったではありませんか!? 家族とともにスローライフを送ろうと思っていたのに、あんまりです!」
そんな願望は知らん!
ってか! 自分のスローライフのために人を殺そうとするな!
ガバっと身を起こし抗議する侍従を、近衛騎士が取り押さえる。
「そう言われると思っていましたよ」
リュシオンは分かっていたというようにふっと微笑むと、合図を送る。
諜報部隊隊長のカインが一人の男を連れてくる。五十代くらいの頭がハゲ……寂しい男性だ。
「彼は暗殺者ギルドの長です。証言したことをもう一度この場で話していただけますか?」
へえ。あのハゲ……人が暗殺者ギルドの長なんだ。歴戦の騎士みたいな厳つい感じだ。
暗殺者ギルドの長は諦めたようにがっくりと肩を落とすと、アイシャのほうへ視線を向ける。
「観念しましょう。アイシャ様」
アイシャはいまだに沈黙を貫いている。
暗殺者ギルドの長は長いため息を吐くと、滔々と語り始めた。
アイシャに命じられて、わたくしに暗殺者を何人も送り込んだこと。
報酬は孤児院の運営費用から受け取っていたこと。
「どうでしょうか? これだけ露見してもまだ沈黙を貫かれますか? 足りなければ、まだ証拠はありますが?」
リュシオンはまだまだ証拠を集めているようだ。いつもこんな感じで人を追い詰めているのだろうか? 怖いわ。
「……もう結構よ」
どんどんアイシャの顔が醜い笑みに変わる。
「さすがだわ。シルヴァード公爵。いつから疑っていたのかしら?」
「最初からですよ」
「そう。最初からね」
ふっと息を吐くと、今度は自嘲するように笑った。
「嫌な予感はしていたの。貴方は何もかも見透かすような目をしているんですもの」
「それは貴女も同じでしょう。おかげでシャンデリアの落下に気づけましたが……」
アイシャは眉を顰める。
「どういうことかしら?」
「視線ですよ。無意識でしょうが、貴女は天井ばかりを気にしていた」
一瞬アイシャはポカンとしたが、すぐにふっと口元を歪める。
「見事だわ。だから貴方のような聡い人間は嫌いなの」
その後、アイシャは皇女暗殺未遂により裁かれることになった。




