34.
建国祭最後の夜会。
皇宮の夜会会場は建国祭最後の夜ということもあり、今まで以上に華やかだった。
招待された賓客たちがそれぞれ最後の夜を楽しんでいる。
「セシル」
隣に立つリュシオンがわたくしの手を取る。
「今日は一段ときれいだね」
「毎回同じことを言っていますわね」
「毎回本当のことしか言わないからね」
「はいはい」
最近は聞き流す技術を身につけた。その一つ「二つ返事」だ。
毎回相手にしていたらキリがない。
「旦那様。少しは周りにも目を向けたらいかがでしょうか?」
テレサが呆れたようにため息を吐く。
「見ているよ」
「いいえ。奥様しかご覧になっておりません」
「それは……否定できないな」
リュシオンが腕を組んで苦笑する。
認めるんかい!?
「重症ですね」
「今さらだよ」
各国の大使たちに挨拶をしながら、会場を歩いていると--。
「セシリア皇女殿下。シルヴァード公爵閣下」
先日も聞いた穏やかな声に振り返る。
「アイシャ様」
元第三皇妃アイシャは白を基調としたドレスを身にまとい、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
「またお会いできてうれしいですわ」
『慈愛の聖母』と謳われるほどに優しげな風貌は、気品に満ちあふれているが、相変わらず目に宿る冷たい光は消えない。
「わたくしもですわ。建国祭はいかがでしたか?」
「とても楽しく過ごしましたわ」
「それは何よりです」
アイシャは優しく頷く。
「陛下も無事に終わりを迎えて安心していることでしょう」
無事といえばそうなのだが、建国祭の間いろいろあったので、ふふと笑ってごまかす。
「父上は心配性ですからね」
「ええ。本当に」
うふふと二人で微笑む。
「ところでその羽根扇は孔雀ですか?」
わたくしが持っている羽根扇に視線を移し、アイシャが尋ねてきた。
「ええ。そうですわ」
「ヴィオレット様を思い出しますわね」
「はい。こちらの羽根扇はヴィオレット様にいただきましたの」
「まあ。そうでしたの」
先日ダンスの後暑かったので、今日は羽根扇を持ってきたのだ。
「アイシャ様の扇は白檀ですね。良い香りがしますわ」
「はい。わたくしは鳥が苦手ですので。特に派手な鳥は……」
ん? それは遠巻きにヴィオレットが苦手と言っているのかしら?
皇妃だった頃から、アイシャとヴィオレットはあまり仲が良くなかった記憶があるが……。
「そうなのですね。孔雀は大きな鳥ですが、よく見ると可愛いですよ」
ピーちゃんは可愛かった。ヴィオレットも昔と比べれば可愛い性格になったと思う。
「……それでもやはり鳥は苦手ですわ」
アイシャが別の賓客のもとに向かうのを見送りながら、わたくしは首を傾げた。
「リュシオン。ずっと黙っていたけれど、どうしましたの?」
最初に挨拶をした後、わたくしとアイシャが会話している間リュシオンはずっと沈黙を貫いていた。
「うん? ちょっと人間観察をしていたんだよ」
「人間観察ですの?」
リュシオンはシャンパングラスを揺らしながら、何か考えているようだ。
「僕は仕事柄、人を観察する癖があるんだけど……」
公爵という高い地位にあるリュシオンは、人と接する機会が多い。王侯貴族や商人と職種も様々である。
「アイシャ殿は物腰が柔らかくて人を安心させる」
「そうね」
一見すると優しい人のように思う。あの目に宿った冷たい光がなければだが……。
「だが、安心させながらも常に相手を鋭く観察している。まるで、チェスで次の一手を決めるように……」
「チェス?」
「そう。最後には相手を追い詰めてチェックメイトだ」
それって……ちょっとリュシオンに似ている?
◇◇◇
夜会はまだまだ賑やかだ。
人々は思い思いに会話を楽しんだり、時折流れる音楽に合わせてダンスを踊ったりしている。
「セシル、踊ろうか?」
「ええ。テレサに扇を預けてくるわ」
さすがに扇を持ったままではダンスをすることはできない。
ドレスのポケットはそんなに大きくないし、腰のリボンに差しておくわけにもいかない。
テレサは対面の壁際に控えている。
「良かった。気配を消していたらどうしようかと思ったわ」
対面に向かい歩いていると――。
ギィ……と頭上から妙な音が聞こえた。
「何の音?」
頭上を見上げるとシャンデリアが揺れている。
「何で揺れているのかしら?」
首を傾げていると、バキィィィン! という耳をつんざくような金属音が響く。
「えっ?」
「セシル!」
血相を変えて走ってきたリュシオンに抱えられる。
巨大なシャンデリアを支えていた鎖が切れ、何百キロあろうかという塊が地上に落下してきた。
「きゃあああああ!!」
悲鳴があがり、周りにいた人々は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「伏せろ!」
リュシオンはわたくしを庇うように抱き寄せると、そのまま床に伏せた。
直後――。
ドォォォォォォン!!
地が揺れるような轟音とともに割れた破片が雨のように降り注ぐ。
会場中が悲鳴に包まれる。
何が起きたのか一瞬分からなかった。
だが、わたくしに覆い被さったリュシオンの重みでハッとする。
「リュシオン! 大丈夫ですか!?」
わたくしはリュシオンのおかげで破片一つ落ちてこなかった。だが、わたくしを庇ったリュシオンは!?
「大丈夫だよ。それよりセシル、怪我は?」
リュシオンは顔を上げると、心配そうにそう尋ねる。
「……ありませんわ」
ほっと息を吐くと、リュシオンは強くわたくしを抱き締めた。
どうやらリュシオンも無事らしい。咄嗟に破片が飛んでこない位置まで移動したようだ。わたくしを抱えたままで。すごい身体能力だ。
「旦那様! 奥様! ご無事ですか!?」
テレサが半泣きで駆け寄ってくる。
「無事よ」
「お怪我は!?」
「ないわ」
「良かったです!」
安心したようにテレサはその場にへたり込んでしまった。




