32.
そういえばアイシャもリュシオンをシルヴァード公爵と呼んでいた。わたくしの歓迎式典にはアイシャは参加していない。今日が初対面のはずなのだ。
「ええ。お目にかかるのは初めてですが、『慈愛の聖母』は有名ですからね」
慈愛の聖母!? 聞いたことがある。率先して恵まれない人たちのために炊き出しを行ったり、他国の難民を受け入れて仕事を紹介していたりしている人がいると……。あれはアイシャのことだったのか。
「そのような大したものではありませんのよ。噂に尾ひれがついているだけですわ」
微笑んでいるが、やはりどこか冷たさを感じる。
「そうそう。噂と言えば、お二人は噂以上に仲睦まじいのですね」
「僕たちは昔から仲が良いので。ねえ、セシル」
「……そうですわね」
義兄妹の頃から仲は悪くなかった。愛情は曲がっていたが……。
「夫婦仲が良いのはいいことですわ。本当に羨ましい」
その後も当たり障りのない会話を交わして、アイシャは去っていった。
まるで腹の探り合いのような会話だった。
◇◇◇
舞踏会が終わり、部屋へと戻ったらどっと疲れが出た。
「いろいろありすぎて疲れましたわ」
「よく頑張ったね」
衝立の向こうでドレスを脱ぎながら、気になっていたことを聞いてみる。
「ねえ、リュシオン」
「何? ドレスを脱ぐのを手伝ってほしいとか?」
「違いますわよ!」
「冗談だよ」
冗談に聞こえない!
「アイシャ様は貴方のことを知っている感じでしたけど、心当たりはあります?」
「さあ? 僕も有名なのかな?」
良くも悪くもリュシオンは目立つ。例えばアイシャは舞踏会で誰かと話していて、彼の名前を聞いたのかもしれない。
「もしかしてセシル。妬いているの?」
「そ、そんなわけありませんでしょう!」
「大丈夫だよ。僕はセシル一筋だからね」
そこは疑っていない。
自惚れているわけではないが、他の女性ではリュシオンの相手はできないと勝手に思っている。
「それに……ああいう女性は苦手だからね」
「アイシャ様みたいな女性ということ?」
「まあね」
ほお! リュシオンにも苦手な人間っているんだ?
「それはそうと、今日のダンスは楽しかったよ」
「そう?」
ドレスが軽くてステップは踏みやすかったから、リードする方も楽だったのかしら?
これから舞踏会にはシルクのドレスを着ることにしよう。
「君が僕だけを見ていたからね」
「当たり前でしょう」
よそ見していたら、まともに踊れない。
「当たり前じゃないよ」
着替え終わって衝立から出てきたわたくしの手をとって、口付けをする。
「もっと踊っていたかった」
「……建国祭には夜会があるし、踊る機会はあるでしょう?」
ぐいとリュシオンに腰を引き寄せられる。
「きゃっ!」
「もう一曲踊ろうか?」
踊り足りなかったのかしら? 仕方のない人ね。
「ここで?」
「うん。二人だけの舞踏会だよ」
ダンスをする時のように手を合わせる。
「音楽は?」
「僕が歌う」
「それはやめて!」
リュシオンは良い声をしているのだが、実は音痴だ。どうしたらそこまで音が外せるのかというほどのすごい音痴だった。
「酷いな」
と言いつつ、リュシオンは肩を震わせて笑っている。
「だって貴方歌が下手じゃない!」
「夫に向かってそれはないだろう?」
「事実でしょう」
「少しお仕置をしないといけないかな?」
お仕置って何をする気だ!?
わたくしの頬に手を添えるリュシオン。大きくて暖かい手だ。
「君は本当に可愛いね」
そのまま顔が近づいてくる。
だが――
ドォォォォォン!!
窓の外で轟音が響く。
「敵襲!」
わたくしが反射的に叫ぶと、ぷっとリュシオンが吹き出す。
「花火だよ」
ほらと窓の外をリュシオンが指差す。
夜空に咲く大輪の花。
「あっ……」
「朝と全く同じ反応をしていたね」
「うう……」
学習能力のない自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい!
バァァァァァン!!
「セシリア! 一緒に花火を見よう!」
今度は父の来襲か!?
毎度毎度ノックもせずに部屋に入ってくるな!
「父上! 入室許可を出す前に飛び込んでこないでください!」
「おお。すまんすまん!」
すまんすまんじゃないわ!
「花火がよく見える良い場所があるのだ」
「だから?」
「家族団欒で一緒に見ようと思ってな」
チラリとリュシオンを見ると、笑顔で頷いているが、額に青筋が浮かんでいる。
「リュシオン?」
「行こうか、セシル」
「では参ろうか? アレクシスたちは先に行って待っておる」
父がエスコートをしようと手を差し出すが、その前にリュシオンがわたくしの手を先にとる。
そして二人の間に火花が散る。大人気ない。
◇◇◇
半ば父に連行される形で、皇宮の中でも一番高い塔へ向かっている。
「せっかく夫婦水入らずの時間だったのにね」
ボソリとリュシオンが呟く。
「ん? 何か言ったか?」
振り返った父の顔は満面の笑顔だった。
「いいえ。何も言っておりません」
リュシオンも満面の笑みで答える。
怖いんですけど……。
皇宮の塔を登りきると、眼下には皇都が広がる。
建国祭の明かりに照らされて、まるで宝石のようにキラキラと輝いていた。
「きれい……」
「そうであろう?」
父がどこか誇らしげに胸を張る。
「余が治める国だからな」
「最後の一言で台無しですわ」
塔の上で待っていてくれたアレクシスお兄様が吹き出す。
「相変わらず父上に対して遠慮がないな」
「家族だからですわ」
「そうだな」
一陣の風が吹いてわたくしの髪を巻き上げる。
「きゃあ!」
「セシリア様、これを……」
カザリーンお義姉様がショールを頭に巻いてくれる。
「ありがとうございます」
しかし、ショールは孔雀柄だった。どこで購入したのだろう?
ドォォォォォン!!
赤。青。黄色。色とりどりの花が咲く。
「わあ!」
次々と夜空を彩る花火に自然とそんな声が出た。
遠くから皇都に住む人々の歓声が聞こえてくる。
家族で見る花火は本当にきれいで、胸が温かくなってきた。
「見にきて良かったわ」
「そうであろう? 次は仕掛け花火だぞ」
父が指差す辺りに光が灯り始めた。
だが、光が灯りきった瞬間、わたくしは凍りついた。
仕掛け花火は文字仕掛けでこう書いてあったのだ。
『セシリアLOVE。by父』
「余が特注で作らせた。これをセシリアに見せたかったのだ!」
ワハハハと笑う父の頭をハリセンでぶん殴りたい!
「どうした、セシリア? 感動したのか?」
ぷるぷると肩を震わせるわたくしを見て父は勘違いしたらしい。
「こ……この……」
「うん?」
「バカ親父ぃぃぃぃぃ!!!!!」
せっかく花火に感動していたというのに台無しだ!
わたくしの感動を返せ!!




