31.
ダンスを踊り終えた後、会場中に割れんばかりの拍手が起こる。
拍手の中、リュシオンとともにフロアの中央からバルコニーの近くへ移動をした。
「ここで少し涼もうか? 飲み物を取ってくるよ」
「ええ。お願い」
リュシオンが給仕のところへ向かったので、わたくしは壁の近くに置いてある椅子に座った。
緩やかなワルツだったが、それでもよく動いたので体が熱い。
パタパタと手で顔を仰ぐが、気休めにしかならなかった。
「ふう。熱いわね。ヴィオレット様にいただいた孔雀の羽扇を持ってくれば良かったわ」
先日、ヴィオレットから孔雀の羽扇が送られてきたのだ。
そして、『貴女が幼い頃に意地悪をして悪かったと思っているわ。これはお詫びの印よ』という手紙が添えられていた。
お詫びの印がなぜ孔雀の羽扇なのか、首を傾げた。だが、リュシオンから孔雀の羽を持つことの意味を教えてもらって、納得したのだ。
孔雀の羽は魔除けにもなるし、開運の象徴にもなるそうだ。
『ピーちゃんの羽根をむしって作ったのかな?』などとリュシオンは恐ろしいことを言っていたが、そんな訳はない。
ヴィオレットはピーちゃんをものすごく大切にしている。ピーちゃんもヴィオレットに懐いているし、相思相愛だ。
「今からでもテレサに取りに行ってもらおうかしら?」
近くに控えているであろうテレサの姿を探す。
「あの……」
遠慮がちな声が聞こえたので、視線を移すと数人の令嬢たちが近くに立っていた。どこか緊張した様子だ。
「何かしら?」
「セシリア皇女殿下にご挨拶申し上げます」
「ごきげんよう、皆様。楽しんでいらっしゃるかしら?」
にっこりと微笑むと、彼女たちはほっとした顔になる。そして、一人の令嬢が意を決したように口を開く。
「あの……殿下がお召しになられているそのドレス、とても素敵ですわ!」
「え?」
今日は踊りやすいように白いシルクのドレスを選んだ。裾には銀糸で花の模様が刺繍されている。軽くて動きやすいし、肌触りも最高だ。
「ありがとうございます」
令嬢たちが褒めてくれたようにわたくしもこのドレスを素敵だと思うので、素直にお礼を言う。
「どちらで作られたのですか?」
「私も知りたいですわ!」
「それに刺繍もすごく素敵です!」
令嬢たちは目を輝かせて、矢継ぎ早に質問をしてくる。
「ええと……『リ・セラヴィ』で作っていただきました」
戸惑いながらも質問に答える。
「まあ! 『リ・セラヴィ』のドレスですの!」
「人気のお店ですよね!」
「私も『リ・セラヴィ』のドレスは好きですわ!」
わたくしも好きだ。
「ですが……注文したのは夫ですの」
いつの間にか注文されていたというのが正しいが……。
「シルヴァード公爵様が?」
「なんて素敵!」
「愛されていますのね!」
令嬢たちはまだ未婚と思われるので、未知の世界に目を輝かせている。
「ええ……まあ……」
愛されている。それは間違いない。ちょっと、いや、かなり重い愛だが……。
「公爵様は本当に皇女殿下一筋ですものね」
「ええ。公爵様の目はいつも皇女殿下に向いていますもの」
「憧れますわ。私もそんな風に愛されてみたいです」
傍から見てもリュシオンはいつもわたくしを見ているように映るのだろうか?
いや。誰も目から見ても明らかだな。
◇◇◇
令嬢たちとの会話は思いのほか楽しかった。
レオニード王太子殿下の婚約者だった頃は、周りに距離を置かれていた。
こうして年の近い令嬢たちと普通に話す機会は意外と少なかったのだ。
今度彼女たちをお茶会に招待してみようか?
令嬢たちとの会話が終わった時――
「セシリア皇女殿下。十年ぶりでございますね」
柔らかな女性の声が響いた。
顔をあげると、一人の女性が立っている。
艶やかなピンクブロンドに紫色の瞳。優雅に微笑む彼女は年齢を感じさせない美貌だ。
「アイシャ様……ですか?」
「ええ。覚えていてくださったのね」
アイシャは懐かしそうに目を細める。
元第三皇妃アイシャは、ヴィオレットと同じくこの帝国の侯爵家の令嬢だ。
とても大人しい女性で母との諍いはなかったが、わたくしはこの人が苦手だった。
一見、聖母のような慈悲深い微笑みを浮かべているが、その瞳には冷たい光が宿っている。
「お久しぶりですわ。お元気そうで何よりです」
ヴィオレットのようにやつれていなくて何よりだ。
「貴女もね。エリーシアによく似ていること」
彼女は今実家の侯爵家に戻って家業を手伝っていると聞いた。
ちなみに彼女には息子が一人と双子の娘が二人いる。
「フェリクスお兄様とアナベル、イザベラもお元気でいらっしゃるかしら?」
フェリクスお兄様は母親に似ており、おっとりしている。問題はアナベルとイザベラの双子だ。やんちゃでわたくしはいつもこの二人に虐められていた。数ヶ月しか誕生日が違わないが、双子の方が先に生まれているので姉ということになる。
「ええ……。皆元気よ」
一瞬だけ表情が曇ったように見えたが、すぐに笑みが戻った。
あれ? 気のせいかしら?
「セシル、ごめん。待たせたね」
背後からリュシオンの声が響く。
飲み物を持ってにこやかに笑って……いない?
いや、笑顔なのだが目が笑っていないのだ。
アイシャに向ける視線が妙に鋭い。
いったいどうしたというのだろう?
「あまり待っていないわ」
令嬢たちと楽しくお話していたし、今はアイシャと話をしているので、あまり退屈はしていない。
「そうかな? 結構待たせてしまったよ」
そう言いながら、果実酒のグラスを渡してくれる。
「あら? そちらがシルヴァード公爵様かしら?」
「はい。そうですわ。お、夫のリュシオン・シルヴァードです」
リュシオンがいないところでは夫という言葉がするりと出てくるが、本人を目の前にすると妙に気恥ずかしい。
「お初にお目にかかります。アイシャ殿」
「あら? 私をご存知かしら?」
どうしてリュシオンは彼女がアイシャだと分かったのかしら?




