29.
建国祭当日の朝――
ドォォォォォン!! という大地が揺れる轟音で目が覚めた。
「敵襲!」
わたくしはベッドから転がるように起き、枕の下へ手を突っ込む。
そこには護身用の短剣があるので、素早く掴みとる。
「落ち着いて、セシル。花火だよ」
いつでも短剣を抜けるように構えていると、リュシオンがのんびり身を起こしながら、そう言った。
「え? ああ。花火ですの」
「そうだよ。ほら見てごらん」
リュシオンがカーテンを開けると、再び轟音の後、青空に白い花が咲く。
少し気恥ずかしくなる。
「だって……仕方ありませんわ」
「そうだね」
「この国に来てから、何回刺客に狙われたと思いますの?」
「少なくとも五十回かな?」
「多すぎますわ!」
ここのところなりを潜めているが、少し前までほぼ毎日刺客がきていたのだ。
建国祭の今日、久しぶりにやってきても不思議ではない。
「警戒するのは当然です!」
「そうだね」
そして再び花火が上がったので、思わず肩がビクンと跳ねる。
「セシル、大丈夫だよ」
そばに来たリュシオンがぎゅっとわたくしを抱きしめる。
「ふふ」
「何がおかしいんですの!?」
「違うよ。セシルが可愛いから」
「……朝から何を言っていますの」
頬が熱くなってきたので、そろそろ離してほしい。
「初夜未遂の旦那様、奥様。朝から仲が良いのは結構ですが、そろそろ支度なさいませんと……」
「きゃあああああ!!」
完全に気配を断ったテレサが扉の横で控えている。
「テ、テレサ! いつの間に!?」
「奥様の『敵襲!』辺りからです」
「最初からいるんじゃない!!」
「邪魔はしておりませんよ」
確かに……。
でも心臓に悪いからやめてほしい。
「……初夜未遂って何よ?」
「まだ完遂されておりませんでしょう?」
「うっ!」
痛いところを突かれた。
「旦那様。よく理性を保たれていますね?」
「時々、野性が目覚めそうになるけどね」
目覚めないで! お願い!
◇◇◇
午前中は大広間で皇族が外国からの賓客を迎えることになっている。
玉座には中央に父、左側に皇太子夫妻、右側にわたくしとリュシオンという配置だ。
各国の大使が次々と到着し、挨拶に訪れる。そんな中、意外な招待客の名が読み上げられた。
「グリンデル王国よりレオニード王太子殿下がご到着でございます」
ああ。そうか。意外でもないわね。
隣国だから当然グリンデル王国も招待されているわよね。王太子殿下が代表して来たのか。
レオニード王太子殿下は一礼すると顔をあげる。久しぶりに顔を見たが、相変わらずやつれていた。
「レオニード王太子。久しいの。今日は婚約者を伴っておらぬのか?」
「皇帝陛下ならびに皇族の皆様。この度はご招待いただき感謝いたします。婚約者は未だ不勉強ゆえ今回は伴っておりませぬ」
エミリー嬢の王太子妃教育は未だに上手くいっていないのだろうか? 手紙には頑張っている様子が伺えたのだが……。
「それは残念だ。ゆっくりと滞在していかれよ」
「はっ! ありがとうごさいます」
去り際、レオニード王太子はチラリとわたくしのほうへ視線を向けた。だが、すぐに視線を逸らした。
「あれがセシリア様の元婚約者ですか? 随分と影が薄い方ですわね」
カザリーンお義姉様がさらりと辛辣な言葉を呟く。
「以前はアホ……失礼。少々足りないながらも自信にあふれていたんですがね。相当扱かれているのかな?」
お~い! リュシオンさん、今アホって言った? 確かに頭は弱い方だけど……。
エミリー嬢の手紙にも書いてあったけれど、王太子殿下は国王陛下に付いて、一から国政を学んでいるそうだ。
彼なりに思うことがあったのだろう。成長しようとしている姿勢は大したものだと思う。
◇◇◇
賓客の出迎えが終わり、夜の舞踏会まで少しの間休息をとることになった。
建国祭の間は皇宮に部屋を用意してもらったのだ。三間続きの部屋のうち、真ん中の居間のソファに倒れ込むように座る。
「あー! 疲れましたわ」
「お疲れ様。お茶を用意するから待ってて」
「お茶でしたら、テレサに……って! あら?」
いつも入口付近に控えているのに、テレサの姿が見当たらない。
「テレサなら舞踏会の準備に借り出されているよ」
「そうですの。舞踏会の支度までに帰ってくるかしら?」
「その頃には帰ってくると思うよ。帰ってこなくても僕が支度を手伝ってあげるよ」
「えっ?」
待て待て! 髪を結うのはともかくドレスの着付けは無理!
大体男性が複雑怪奇なコルセットを扱えるわけがない!
「僕はコルセットを締めるのも解くのもできるからね」
いい笑顔でリュシオンはぐっと親指を立てる。
いや! 何でできるの!?
「け、結構ですわ! ドレスは一人でも着れますもの!」
「遠慮しなくてもいいよ。夫婦なんだから」
「遠慮するわ!」
「冗談だよ。じゃあお茶の用意をしてくるからね」
くすくす笑いながら、リュシオンは部屋を出ていった。
「心臓に悪い冗談だわ」
それにしてもリュシオンはマメだ。
帝国貴族のお茶会に招かれ、ご婦人方と交流する機会が多くなった。その時に盛り上がる話が夫の愚痴だ。
結婚前は優しかったのに、今では会話がなくなったとか。夫の休みが取れても一緒に過ごすことはないとか。
いわゆる「釣った魚にはえさをやらない」というやつだ。
リュシオンは結婚しても、わたくしだけには優しい。一日の大半はずっと一緒にいるし、気遣いも忘れない。
「愛の重い人だけれど、まあ優良物件ってやつよね」
ひとりごちていると、突然ガシャーン! という音とともに窓ガラスが割れる。




