28.
元第二皇妃ヴィオレットは孤児院の運営費を暗殺者ギルドに流していた。だが、脅迫されて従わざるを得なかったのだ。
結果的に孤児院と子供を守ったということで、情状酌量が認められた。
ヴィオレットはそのまま北部孤児院の院長として働いている。
労働環境が悪いので院長補佐官を数人派遣したところ、ヴィオレットの執務は楽になったそうだ。
◇◇◇
少し前にグリンデル王国の建国祭に参加したばかりなのだが、今度はマイエルフェルト帝国の建国祭が開催される。
建国祭一週間前のことである。
ここのところ、刺客の襲来がなくなったので、とても静かだ。
わたくしは離宮の中庭で優雅に紅茶を飲んでいた。
「平和ですわね」
「平和すぎてつまらないです」
紅茶をカップに注ぎ足しながら、テレサがぼそりと呟く。
「静かなことはいいことよ」
「たまには刺激がありませんと、腕がなまります」
「腕がなまるって……貴女は侍女でしょう?」
「先日、暗殺者ギルドから勧誘がありました」
暗殺者ギルドから勧誘!?
「そ、そういえば、貴女とても気配を消すのが上手いわよね」
最近、気がつくとテレサがそこにいたと感じることが多い。
仕事をしている時や読書をする時は集中できるので、ありがたくはあるが……。
「恐れ入ります」
いや。褒めてないけれど。
「それでまさか勧誘を受けるとか?」
「私は生涯奥様にお仕えすると決めております」
「そう。貴女がいなくなると困るから良かったわ」
「たまにアルバイトするくらいはありかな? と思っております」
暗殺者ギルドでアルバイトするの!?
確かに侍女の副業を禁止してはいないけれど……。
「……ほどほどにしておきなさい」
今晩は父たちと晩餐の約束をしているが、それまでは時間がある。
読書でもしようと立ち上がりかけた時に侍従に声をかけられた。
「皇女殿下。先日注文された建国祭用のドレスの調整に『リ・セラヴィ』の店主がまいりました」
『リ・セラヴィ』というのは、貴族令嬢に人気のドレスを扱っている店だ。わたくしもこの店のドレスを何着か持っている。
「建国祭用のドレス? 注文していないわ。何かの間違いではないの?」
建国祭に着るドレスは、父やリュシオンに贈ってもらったドレスから選ぶつもりでいたのだ。
「間違いではないよ。僕が注文しておいたんだ」
侍従の後ろからリュシオンがひょっこりと顔を出す。
「貴方が? でもこれまでにもたくさん贈ってもらっているのに……」
「グリンデル王国とこちらの国では流行が違うからね」
ドレスのデザインや流行は国によっても違うが、今まで見た限りグリンデル王国と大して変わらないように思う。
「父上から贈られたドレスもありますのよ」
「それはクローゼットの肥やしにしても構わないよ」
それは父から贈られたドレスは着るなと言っているのかしら?
「せっかく旦那様が奥様のために注文されたのですから、試着だけでもされてみては?」
「……そうね」
注文したものを受け取らないと、『リ・セラヴィ』の店主にも悪い。
わたくしはリュシオンにエスコートしてもらい、ドレスルームへと向かった。
◇◇◇
ドレスはドレスルームではなく、小広間に持ち込まれていた。
「これ全部ですか?」
「そうだよ」
広間に並ぶトルソーに着せられたドレスはシンプルなデザインではあるが、素材はどれも高価なものばかりだ。
ただ……十二着もあった!
「建国祭は三日だけですのよ!」
「全部着ればいいじゃないか」
「どうやって!?」
重ね着しろとでも言うのか!? 無理!!
「大丈夫です、奥様。お色直しをすればいいのです」
良いことを思いついたというようにテレサが提案する。
「結婚式じゃないわよ!」
朝と夕にお召替えはあるが、それでもせいぜい六着しか着ることはない。
「とりあえず、気に入ったものを試着してごらん」
「……分かりましたわ」
もう言い返す気力もなく、ドレスを見て回ることにした。
どれもわたくしに似合う色やデザインだと思う。おおかた選んだのはリュシオンかテレサといったところだろう。
ふと、一着のドレスに目が止まる。
「このドレスとても美しい光沢をしているわね」
「さすがは皇女殿下です。お目が高いですわ」
わたくしははっとして店主に耳打ちをする。
「まさか……呪われたドレスとか?」
「はっ? いいえ。呪われておりませんが……」
ほっと胸を撫で下ろす。わたくしが選ぶものは大抵呪われた何かなので、思わず疑ってしまった。
「それは失礼したわね」
「……いいえ。気にしておりません」
といいつつ店主はハンカチを取り出して、額を拭っている。
「それで、このドレスはどういった素材を使っているのですか?」
「シルクと申します。東の国の織物で、蚕という虫が吐く糸を織って作られたものです」
虫!? いや虫は苦手ではないが……。
「虫がこんなきれいな糸を吐きますの?」
「いろいろと人の手で加工はしておりますが、そういうことになりますね」
へえと感心しながらドレスを触ってみる。
「まあ! とてもいい手触りだわ」
さらりとしていて従来のドレスより肌触りが良さそうだ。
「ええ。それにとても軽いので動きやすいですわ」
「こちらを試着してみてもいいかしら?」
「はい。ぜひ!」
店主とテレサに手伝ってもらい、シルクのドレスを着てみる。
鏡の前に立つと、白い光沢のあるドレスを着たわたくしが映っていた。
「シルクのドレスと皇女殿下の相性は素晴らしく良いですわ。とてもお美しいです」
美しかったと言われる母にわたくしは生き写しだ。
ドレスも美しいが、そのドレスを着たわたくしもまた美しく見えた。
「思ったとおりよく似合っている。きれいだよ、セシル」
わたくしの後ろに立っているリュシオンの瞳が細められて、腰に手が回される。後ろから抱かれる格好だ。
「……ありがとうございます」
恥ずかしくはあるが、一応お礼を言っておく。
「じゃあ、残りのドレスも試着しようか?」
優しく微笑んだかと思えば、次の瞬間にはリュシオンは悪魔になっていた。
残りって十一着もあるじゃない!?




