27.
ヴィオレットの肩がぴくりと動く。
「何のことかしら?」
「孤児院の運営費を調査したところ、不自然な支出がありました」
リュシオンが帳簿を取り出し、パラパラとめくる。
「それをどこで!?」
「秘密です」
どうやら孤児院の裏帳簿のようだ。諜報部隊を使って入手したと推測できる。
「なかなか巧みに操作されていますね。商会から交易会社をいくつも経由して、暗殺者ギルドに流れています。いやあ。お見事ですね」
リュシオンはわざとらしく拍手をする。
真実が暴かれる度、ヴィオレットの顔色がどんどん悪くなっていく。
わたくしは小声で囁く。
「全部調べましたの?」
「もちろん」
資金の経由地を徹底的に調べまくったのか!? ものすごく執拗だ!
「……怖いわ」
「褒め言葉かな?」
「違います」
ヴィオレットは観念したように、その場にへたり込んだ。
「……確かに資金は流しました」
「その金でセシリアの暗殺を依頼したのか?」
父が凄みのある低い声でヴィオレットを威圧する。怯みながらもヴィオレットは否定した。
「……セシリアを? いいえ!」
「この後に及んでとぼけるつもりか!」
「本当です! わたくしはセシリアがこの国にいることを、今日知りましたのよ」
えっ!? そうなの?
「セシリアが帰還した時、国をあげて祝典をしたのだぞ! 知らぬわけがあるまい!」
「そんな暇はありませんでした!」
ため息を吐くと、ヴィオレットは自嘲するように笑う。
「先ほども申し上げましたが、ここに封じられてからは仕事に忙殺されていました。休むこともできず、毎日毎日!」
ヴィオレットの拳がぷるぷると震えている。
「ですから皇都でそんな祝典があるなんて知りませんでした! たとえ知っていたとしても、見にも行けなかったでしょうね! ああ! もう書類なんて見たくもない!」
ますますヒートアップしてきている。そのうち書類を破いて火にくべそうな勢いだ。国営の孤児院経営は大変なのだろう。
「それでは何故暗殺者ギルドに資金を流したのだ?」
「それは……」
言いにくそうにヴィオレットが口ごもっていると、リュシオンが口の端を吊り上げる。
「……孔雀は南の国ではざらにいますが、この国では稀少です。肉も羽根もさぞかし高値で取引されるでしょうね」
いきなり何を言い出すんだ!? と思いきや、ヴィオレットがひぃと悲鳴をあげる。
「し、知っていることは全て話しますわ! だから……だからピーちゃんだけは! ピーちゃんだけは助けて!!」
えげつない! 孔雀のピーちゃんを盾にヴィオレットを脅すなんて!!
リュシオンらしいと言えばらしいが、ヴィオレットが気の毒だ。
ヴィオレットはとつとつと語り出した。
「ある日、暗殺者ギルドの長の遣いと名乗る者がわたくしを尋ねてまいりました。運営資金の一部をギルドへ流すようにと……」
「明らかに怪しい話ではないか! 何故断らなかったのだ!」
父がヴィオレットを責める。
話は最後まで聞け! せっかちな父だ。
「当然断りましたわ! ですが……」
顔を両手で覆うと、ヴィオレットはわあと泣き出した。
「言うことを聞かないと、この孤児院を潰して、子供たちを他国に奴隷として売ると脅されたのです!」
資金を止めたり皇帝に直訴をすれば、即実行をすると脅迫されたヴィオレットは、ギルドの遣いと名乗る男に誓約書を書かされたそうだ。
「おかしな話ですね。暗殺者ギルドは秘密の機関だ。国営とはいえ孤児院に資金を流せなどとは言わないはずだ」
リュシオンは考え込むように腕を組む。
「そうだな。暗殺者ギルドの依頼料は法外な値段だからな。資金調達など必要あるまい」
父よ。依頼料の値段を知っているのか? まさか利用したことがあるんじゃないでしょうね?
「ヴィオレット様、その男の顔を覚えていらっしゃいますか?」
リュシオンが尋ねるが、ヴィオレットは首を横に振る。
「暗殺者は顔を隠す必要があるとかで、黒いフードを被っておりましたから……」
全身黒ずくめのうえに手袋もしていたので、声から男だと判断することしかできなかったそうだ。
「それでは、何か特徴はありませんでしたか?」
ヴィオレットは目を瞑る。記憶を辿っているようだ。
「あっ! ピーちゃんが部屋に飛び込んできて、翼の風圧で少しだけフードがめくれたのですが。左頬の辺りに痣がありましたわ」
ピーちゃんその場にいたんだ!? 孔雀の翼の風圧すごいな!
「痣の形は覚えていますか?」
「細長い雲のような形で縦にこんな感じで……」
痣の形を自分の頬に書きながら、ヴィオレットが説明をした。
父がしばらく考え込んだ後、かっと目を見開く。怖いんだけど!
「義父殿。何か心当たりが?」
「うむ」
顔に痣のある男を父が知っているようだ。
「えっ! 陛下を義父殿と呼ばれましたか?」
ヴィオレットが首を傾げながら、リュシオンに視線を向ける。
「うむ。セシリアの婿になったシルヴァード公爵だ」
「正確にはセシルが僕に嫁入りしたのですが?」
「セシリアは嫁にはやらん!」
いや! もう嫁入りしているんですけど!?
「もう結婚してますよ」
「其方が婿入りすれば良かろう?」
「嫌です。シルヴァード公爵家が絶えてしまいます」
父とリュシオンが言い合いをしていると、ヴィオレットにぽんと肩を叩かれた。
「セシリア。貴女も苦労するわね」
十年前まで母とわたくしを虐めていた人に同情されてしまった。




