26.
第二皇妃ヴィオレットは、いつも孔雀の羽根の扇を持っていた。華やかな容姿で黙っていれば大輪のバラのような女性だった。
そう。黙っていれば……。
母は第四皇妃だったが、実家は成り上がりの伯爵家でヴィオレットは侯爵家出身だった。
格上の侯爵家とはいえ、ヴィオレットの家は困窮していたらしい。だから裕福な伯爵家出身の母を目の敵にしていた。
父がいる前では大人しいが、後宮ではあからさまな嫌がらせを主に母とわたくしが受けていたのだ。
だからわたくしは密かにヴィオレットのことを、「意地悪孔雀」と呼んでいた。
「なるほど。ヴィオレットは好んで孔雀の扇を持っていたからな」
父は楽しそうにカラカラと笑っている。
「孔雀は南の国では食用だけどね」
雄の孔雀の羽根は美しいので、他国に出荷しているそうだ。
「どんな味がするのかしら?」
「食べてみたい? 今度取り寄せようか?」
「それは良いな。皆で食そうではないか!」
などと孔雀の話をしているうちに、院長室の扉が開いて――
「うるさい!」
いきなり部屋の中から羽根ペンが飛んできて、壁に刺さる。
羽根部分は孔雀の羽根だ。
「院長! 危ないです!」
「先ほどから孔雀孔雀うるさいのよ!」
「皇帝陛下がご来訪されているのですよ!」
「わたくしは忙しいのよ! 帰っていただいて!」
かなりヒステリックに叫んでいる。感情的になるとヒステリーを起こすのは、変わっていないようだ。
「無理です!」
「そうでしょうね!」
職員が申し訳なさそうに入室を促す。
「ヴィオレット、久しいな」
父の後について入室すると、机の上に書類が山積みになっており、ヴィオレットの姿が見えない。
「半年ぶりですわ、陛下」
机の横からよれよれと女性が現れる。ヴィオレットだ。昔の面影がある。
元々華やかな容姿なので今も充分美しいが、やつれていた。
「少しやつれたか?」
「誰のせいだと思っているのですか?」
「誰だ?」
父が首を傾げると、ヴィオレットはバンと机を叩く。山積みになっている書類が崩れた。後で片付けるの大変だろうなあ。
「貴方がわたくしをこんな辺境に追いやったせいですわ!」
ぜいぜいと肩で息をしているヴィオレットが父の後ろにいるわたくしを見て、さらに目を吊り上げる。
「お、お前はエリーシア!?」
「エリーシアではない。娘のセシリアだ」
父がわたくしを背に庇う。だが、わたくしは前に出てカーテシーをする。
「ヴィオレット様、お久しぶりです」
「……セシリア? そうなの。貴女が……」
「お元気そうで何よりです」
てっきり父が処刑したかと疑っていたので、生きていて良かったと思う。
「元気ですって?」
ヴィオレットは再び机を叩く。
「見て分からないかしら!?」
わたくしは首を傾げる。
「朝四時起床! なのに処理しても終わらない書類の山! 毎日問題は山積み! もううんざりよ!」
わあと顔を覆ってヴィオレットは泣き出した。
これは……少し同情する。
すると、突然青いものが扉から入ってきて、わたくしたちの前に立ちはだかる。ヴィオレットを庇っているように見えた。
「クオッケーケー!」
青いものは大きな声で鳴き、長い尾羽根を扇状に広げている。光沢のある美しい羽根だ。
「これは……孔雀ですの?」
実物の孔雀を見るのは初めてだ。鳥の図鑑でしか見たことがなかったが、わりと大きい。派手な色合いなので、この孔雀は雄だ。ちなみに雌はわりと地味な色をしているらしい。
「羽根を広げているということは、威嚇しているのかな?」
雌に対しては求愛のダンスだが、この場合は敵に対する威嚇だろう。
「ピーちゃん!」
孔雀に向かってヴィオレットが叫ぶ。
ピーちゃん!? この孔雀ピーちゃんっていうの!?
孔雀のピーちゃんは尾羽根をたたむと、ヴィオレットに寄り添う。どうも懐いているようだ。
「ううう……。貴方だけよ、ピーちゃん。わたくしを癒してくれるのは……」
孔雀の羽根扇が好きなのかと思っていたのだが、孔雀自体が好きなようだ。
「ピーちゃん、ダメだよ!」
今度は男の子が部屋に飛び込んできた。十歳くらいだろうか? この孤児院の子供かしら?
「今は皇帝陛下が来てて……って! あっ! 皇帝陛下だ!」
「うむ」
男の子はキラキラと目を輝かせて父を見ている。父は男の子の頭に手を乗せると、グリグリと撫でた。
「わあ! きれいなお姫様もいる!」
今度はわたくしのほうに顔を向けると、男の子は頬を赤く染める。
「ねえねえ! 院長先生。このお姫様、院長先生よりきれいだよ!」
「余計な事を言わないのよ! ロッド、ピーちゃんを連れて外に行きなさい」
「はーい!」と元気よく返事をすると、ロッドと呼ばれた男の子は嫌がるピーちゃんを部屋の外に連れ出した。
「子供は素直だな」
「ええ。あの子は見る目がありますね」
父とリュシオンはなぜかロッドを褒めていた。
◇◇◇
ヴィオレットが落ち着いたところで、あらためて仕切り直すことにした。
「そういえば、ラインホルトはどうした? 姿が見えぬが……」
ラインホルトは第一皇子でヴィオレットの息子だ。確かアレクシスお兄様より二歳年上のはずだが、あまり接点がなかったので、顔は覚えていない。
「……ラインホルト。あの子は……」
ヴィオレットはぶるぶると肩を震わせる。また泣くのだろうか?
「航海に出ました」
「は?」
突拍子もない話きた! 皇子が航海? 海へ旅に出たってか!?
「そういえば、ラインホルトは子供の頃から船が好きだったな」
「そうですわ! 第一皇子なのに皇位にまるで興味がなくて、『大人になったら船乗りになるんだ!』と聞かなくて……二ヶ月前に旅立ちました」
ヴィオレットはがっくりと肩を落とす。彼女の子供はラインホルトしかいないので、さぞかし落胆したことだろう。
「良いではないか。ラインホルトの人生だ。あの子の好きなように生きれば良い」
「ええ。もうあの子のことは知りません。わたくしはピーちゃんがいればいいですから……」
父は窓の外を眺めながら、片目を瞑る。
「ピーちゃんだけか?」
窓の外では子供たちが元気に駆け回って遊んでいる姿が見える。
「院長先生!」
ヴィオレットの姿が窓から見えたのか、子供たちが手を振っている。彼女は意外と子供たちから慕われているようだ。
「子供たちに慕われているようではないか?」
「最初は怖がられましたけれどね」
優しくヴィオレットが微笑む。
「慣れたようですわ」
後宮にいた頃の「意地悪孔雀」とは、まるで違っていた。
だが、穏やかな雰囲気を破るかのように、リュシオンが突然話題を変える。
「感動的なお話のところ、申し訳ありませんが……」
わたくしとヴィオレットは首を傾げていたが、父だけが訳知り顔をしていた。
「暗殺者ギルドとの関係についてお聞きしたい」
その場の空気が凍りついた。
孔雀の鳴き声の正しい擬音は分かりませんが、動画で見た時「クオケーケー!」と聞こえました。異世界の孔雀ということで大目に見ていただけますと……。




