25.
マイエルフェルト帝国に移住してから、一ヶ月が過ぎた。
父はほぼ毎日離宮にやってくるし、アレクシスお兄様とカザリーンお義姉様も頻繁にやってくる。
リュシオンは相変わらず過保護で、わたくしの世話をしたがる。
そんなこんなで離宮で平和な日々を過ごしている。
……わけでもない。
定期的に送られてくるエミリー嬢の手紙を読みながらお茶を飲んでいると、木の影から侵入者が現れる。
どうやら暗殺者らしいが、わたくしに迫る前に仕掛けられた罠にハマった。
逆さまに木からぶら下がっていて、「何だ! これは!?」と叫んでいる。
「暗殺者を捕獲しました!」
茂みに潜んでいたテレサが出てくる。最近、テレサのほうが暗殺者ではないかと思うほど、気配の消し方が上手い。
「ありがとう。いつもどおり牢に連行しておいて」
わたくしの向かい側で執務をこなしながら、涼しい顔でリュシオンが命じる。
牢に連行されれば、リュシオン直属の諜報部隊がそれは丁寧に尋問してくれることだろう。気の毒に。
◇◇◇
「さすがに侵入者の数が多いね」
「黒幕はつきとめられたんですの?」
ここのところ、離宮への侵入や夜襲を受けたり、食事に毒が入っていたりと何回も暗殺されかかっている。
もちろん、未然に防がれているが……。
「それが今までの暗殺者はギルドを通じて雇われた者ばかりでね」
暗殺者ギルド!? 噂で聞いていたけれど、本当に存在するんだ!
「あそこのギルド長は曲者でね。なかなか雇用主を吐かないんだよ」
リュシオンを手こずらせるとは、やるな暗殺者ギルド長。じゃなくて!
「それでは、これからも暗殺者が続々やってくると?」
離宮には様々な暗殺者対策がされている。
離宮に配置されている騎士は皆凄腕だし、陰にはリュシオンの諜報部隊が潜んでいる。わたくしは見たことがないが……。
何よりわたくしには始終リュシオンが張りついている。
暗殺者が近寄る隙はないだろうが、何せ騒々しい。
そろそろ穏やかに暮らしたいところだ。
「う~ん。そろそろ暗殺者は来なくなるんじゃないかな?」
「どういうことですの?」
「そのうち分かるよ」
意味深に微笑むと、リュシオンは書類の決裁をし始めた。
はぐらかされてしまったが、それ以上追求するのはやめた。
何やら裏で画策しているのは分かったからだ。
◇◇◇
いつもどおり当たり前のように離宮にやってきた父が、こんなことを言い出した。
「セシリア、余とともに北部の孤児院へ慰問に行かぬか?」
「それは皇女としての公務ですか?」
「そう捉えてもらって構わぬ」
孤児院への慰問はグリンデル王国にいた時も定期的に行っていた。公務であれば、断る理由はない。
「それでは参ります」
「うむ。一週間後に出立する予定だ。準備をしておくように」
「はい、父上」
父は満足そうに頷くと、リュシオンに視線を向ける。
「シルヴァード公爵は仕事が忙しいであろう? 今回は留守をしていても構わぬぞ」
「僕も行きますよ」
「無理をせずとも良いぞ」
「行きますよ」
父とリュシオンの間に火花が散っている。
顔は笑っているが、目が笑っていない。
「セシルは一緒に来てほしいよね?」
「仕事が忙しければ……」
無理に行かなくてもと言おうとしたら、笑顔で凄まれた。
「うん?」
「……一緒に行きましょう」
「うん。一緒に行こう。僕はセシルが一番大切だから、仕事はどうでも……二の次だよ」
どうでもいいって言いかけた!? いや! 二の次も似たようなもんだけど!
結局、父とリュシオンとわたくしの三人で行くことに決まった。
◇◇◇
瞬く間に北部の孤児院へ慰問に行く日となった。
「セシリアとの旅は久しぶりだな」
妙に上機嫌の父がワハハと笑っている。ちなみにわたくしの隣を陣取っているので、向かい側に座っているリュシオンが不機嫌だ。
「父上と旅をしたことなどありましたか?」
「海の離宮に行ったぞ。覚えておらぬか?」
「わたくしが何歳の時ですか?」
「二歳の頃だな」
覚えてるわけないだろう!
向かい側のリュシオンがにやりと笑う。
「セシル、子供の頃、湖畔の別荘で過ごしたことを覚えている?」
「ええ。夏になると、避暑がてら遊びに行ったわね」
グリンデル王国の北部にユフタス湖という有名な湖があるのだが、そこにシルヴァード公爵家の別荘がある。先代のシルヴァード公爵とお母様が生きていた頃、家族四人で遊びに行ったことがあった。
湖でリュシオンと船に乗ったり、畔の木陰でピクニックをしたりして遊んだことの話で盛り上がる。
リュシオンは父を見て鼻でフフンと笑う。父はぐぬぬと唸った。
何を張り合っているんだ?
◇◇◇
二日後、北部の孤児院に辿り着いた。
その間も父とリュシオンは思い出話で張り合っていたので、疲れた。付き合うわたくしの身にもなって欲しい。
「皇帝陛下ならびにシルヴァード公爵夫妻がご来訪でございます!」
馬車から降りると、孤児院の職員たちの出迎えを受けた。
「ここが孤児院ですの?」
広大な敷地に立つ宮殿風の佇まいというか、宮殿そのものだ。皇宮よりは小じんまりとしているが……。
「うむ。離宮をそのまま使っておるからな」
離宮を孤児院に? 慈善事業かしら?
「皇帝陛下、この度はご訪問いただき感謝いたします」
「ヴィオレットはおらぬのか? 姿が見えぬが……」
「院長はその……」
ヴィオレット? どこかで聞いた名前だ。どこでだっけ?
「良い。直接院長室に行く」
「それでは、ご案内いたします」
職員の先導でこの孤児院の院長室に向かう途中、頭の中で先ほど聞いた院長の名前を反芻する。
確かに聞いたことがあるのだが、思い出せない。
「セシル、どうしたの? うんうん唸っているけど」
思い出せずに悩んでいたせいで、唸っていたらしい。
「院長の名前だけど、どこかで聞いたことがあるのに思い出せないの」
「元第二皇妃だ」
前を歩いていた父がボソっと呟く。リュシオンとわたくしの会話に聞き耳を立てていたらしい。
「元第二皇妃? ヴィオレット?」
幼い頃の記憶がぼやぼやと蘇ってくる。
「あっ! 思い出したわ! 意地悪孔雀だ!」
「「孔雀?」」
父とリュシオンの声が重なった。




