23.
矢は明らかにわたくしを狙った軌道だ。
「えっ?」
反射的に手を伸ばす。
パシィ!
何かを掴んだ感触があり、見てみれば矢を掴んでいた。
「セシル、矢を掴んでいるけど?」
「掴んでいますわね」
自分でもびっくりした。
どうやったのか謎だが危機は回避できたようだ。
「どこから飛んできたのかしら?」
「矢の軌道からすると、あの木の上あたりだね」
リュシオンが指差した方向に視線を向けると、黒いフードを被った人物が慌てて逃げようとしている。
「追ったほうがいいのかしら?」
「いや。その必要はないんじゃないかな?」
直後、「うぎゃあああああ!!」というものすごい悲鳴が響く。
「ふふっ。罠にかかったね」
秀麗なリュシオンの顔が歪み、悪人の顔つきに変わる。
罠って何だ!?
「リュシオン! 貴方何をしましたの!?」
「刺客が飛び降りた辺りに狐用の罠を仕掛けておいたんだ」
「まさか……気づいていたとか?」
リュシオンならそれくらい計算していそうだ。
「偶然だよ。狩りに来て手ぶらで帰るわけにはいかないだろう? だからあちこちに罠をしかけておいたんだよ」
「いつの間に……」
「うん? 昨夜かな?」
昨夜!? 夜はいつもどおりリュシオンはわたくしを抱き枕にして寝ていたはずだけれど。
あっ! リュシオン直属の諜報部隊か!?
隊長はわたくしが拾った盗賊だ。あれから姿を見ていないから、影で暗躍しているのだろう。
「なぜ罠なのですか? 貴方なら実力で狩れますでしょう?」
「セシルは狩りをする気がなかっただろう? 僕はセシルのそばを離れたくない」
この男はわたくしと一緒にいるために裏で工作していたのか?
本当に愛が重い人だわ。嫌じゃないと思うのが悔しい。
◇◇◇
どうやら刺客は一人だけはなかったようだ。
同じように黒いフードを被った男があと二人いたらしい。
その二人は父とカザリーンお義姉様がボコボコにしていた。死なない程度にボコボコにされ、人相が分からなくなっている。
「余の愛娘を狙うとはいい度胸だ。死ぬ覚悟はできているのだろうな?」
死ぬ覚悟というか、すでに半殺しにされていますけど?
「陰に隠れてこそこそとセシリア様を狙っていましたので、とりあえずボコっておきました」
いい笑顔をしていますけれど、無実だったらどうする気だったのですか? カザリーンお義姉様。
「今刺客たちは口が聞ける状態ではないな。連行して牢に繋いでおけ」
唯一アレクシスお兄様だけがまともだ。
「少し回復したら拷問してでも黒幕を吐かせろ。世界一可愛い妹の命を狙うとは、万死に値する」
前言撤回。やはりアレクシスお兄様も父の血を継いでいる。
「拷問方法は僕に任せていただきたい」
くくくと含み笑いをするリュシオンから黒いオーラが見えるのは気のせいか?
リュシオンは一体何をする気なの!?
◇◇◇
自分たちの行く末を想像して気絶した刺客たちは、皇宮の牢へ連行されていった。
「さて、狩りの続きをするか!」
「まだやりますの!?」
意気揚々と狩りへ戻ろうとする父へ思わず突っ込む。
「当たり前だ。余はまだ狩り足りぬ」
「わたくしもまだ獅子を二頭しか狩っておりません。あと刺客を一匹」
カザリーンお義姉様、刺客は獲物ではありませんが?
「僕もまだセシルと狩りデートをしたいな」
狩りをデートの口実にするな!
心の中で突っ込みまくっていると、突然上空で咆哮が轟く。
見上げれば、巨大な黒い影が飛翔している。
「あれはまさか!?」
やがて旋回をしていたその黒い影の正体が明らかになる。
黒い大きな竜。黒竜だった。
「黒竜か!?」
皆が戦慄している中、目を爛々と輝かせている人物が若干二名ほどいる。
父とカザリーンお義姉様だ。
「念願の竜ですわ! さあセシリア様! 共闘しましょう!」
嬉々としているカザリーンお義姉様は、黒竜に堂々と向かっていく。
「無理です!」
うさぎですら狩れないのに、竜なんかもっと無理だ!
「セシル、呪われたアイテムとか持っていないの?」
なぜ持っていると思うのか? また投げて爆発させろと?
「そんな物都合良く持っているわけありませんわ!」
「ございますよ」
茂みからテレサがひょっこりと姿を現す。
「テレサ! 貴女見学席で待機していたのではないの?」
「バスケットを回収にまいりました」
リュシオンとお茶をするために持たせてくれたバスケットか。わざわざ?
テレサは父たちと戦っている黒竜をチラリと横目で見ると、やれやれと肩を竦める。
「奥様は面倒事を呼び込むのがお得意ですね」
「わたくしが呼び込んだんじゃないわよ!」
「こんなこともあろうかとこれをお持ちいたしました」
お仕着せのポケットから緑色の何かを取り出す。
「あっ! それは!?」
わたくしが建国祭でこっそり購入した翡翠のブレスレットだ。
「まさかそのブレスレットって……」
嫌な予感がする。
「はい。鑑定していただきましたところ、呪われたブレスレットということが判明いたしました」
やっぱりか!?
「セシル、どういうことか説明してくれるかな?」
ポンとリュシオンがわたくしの肩を軽く叩く。微笑んでいるのに、背後に黒いもやがかかっているように見えるのは気のせいか?
「それはその……」
どうせごまかしても、白状させられるのは目に見えている。
わたくしは観念してブレスレットを購入した経緯を簡単に説明した。
「なるほど。東の国から来た商人から購入したのか」
「翡翠のブレスレットは珍しかったので……つい……」
東の国でしか採掘されない翡翠は貴族向けの宝飾店で出回っているが、驚くほど高価だ。
ところが露店で売っていたこのブレスレットは安かった。加工される前の原石を細工したものだからと、商人は説明してくれたのだ。
テレサがこっそり鑑定に出しているとは知らなかったが……。
「翡翠が欲しければ、僕がいくらでも買ってあげるのに……」
「アクセサリー選びはインスピレーションですわ」
「呪われていたけど?」
それを言われると身もふたもない。
なぜ、わたくしが選ぶものは呪われているのかしら!?
ため息を吐くと、リュシオンはわたくしの頭を撫でる。
「まあ、セシルが無事ならいいよ。テレサ。そのブレスレットを僕に…….」
「はい。旦那様」
テレサに手渡された翡翠のブレスレットを受け取ると、リュシオンは自分の矢にそれを巻き付ける。
「それをどうしますの?」
「こうするんだよ」
弓に矢を番え、黒竜に目がけてそれを放つ。
矢は黒竜の目に刺さり、そして、爆発した。




