20.
建国祭の中日――
エミリー嬢主催のお茶会に招待されたわたくしは王宮中庭に向かっている。
天気は快晴で風も穏やかだ。まさに絶好のお茶会日和だが、わたくしの心は曇っていた。
なぜうっかり「お茶会から始めましょう」などと言ってしまったのか。
今更ではあるが後悔している。
◇◇◇
お茶会の会場は中庭のガゼボなのだが、他の招待客の姿が見えない。
「セシリア様!」
ガゼボにいたのはエミリー嬢のみだった。
「ご招待いただきありがとうございます」
「お待ちしていました! さあ早く座ってください」
エミリー嬢に促されるまま席に着くが、椅子が二脚しかない。
「他のご令嬢方は招待していませんの?」
「セシリア様だけですけど」
エミリー嬢はきょとんとしている。
他の令嬢たちを招待していないということは、二人だけのお茶会ということか!?
「そ、そうですの。てっきり他の令嬢方も招待されていると思っていましたから」
「なぜ他の令嬢方を招待しないといけないんですか?」
「それは……今回の建国祭はエミリー様が王太子殿下の婚約者となられて初めてのイベントです。他の貴族令嬢の方々と交流の場を設けたのかと……」
「だってセシリア様とだけお茶会をしたかったんです!」
わたくしはがっくりと肩を落とす。
エミリー嬢は自分の欲に純粋すぎる。
これは少し諫言したほうがいいのだろうか?
「セシリア様って普段何をしているんですか?」
どういったものかと考えあぐねていたら、エミリー嬢に出鼻をくじかれてしまった。
「シルヴァード公爵家の女主人としての執務をしております。空いた時間は読書をしたり、刺繍をしたりしておりますわ」
「えー! 普通!」
普通って? 何を期待していたのか?
「皇女様って毎日舞踏会や夜会に参加しているのかと思っていました」
そんなわけないだろう!?
「……そんな暇ではありません」
「へえ。そうなんですね」
純粋な疑問なのだろう。悪意がないから困る。
「皇帝陛下って怖いんですか?」
わたくしは危うく紅茶を吹き出しそうになる。
「父上ですか?」
「はい」
エミリー嬢は身を乗り出してくる。
「話しかけられた時、心臓が止まるかと思いました」
実に正直な感想だ。
「確かに見た目は迫力がありますね」
「はい! いかにも「ザ・皇帝!」って感じです!」
ザ・皇帝って何だ? エミリー嬢語録か?
その後、しばらく雑談が続く。
エミリー嬢は空気は読めないが、悪い人ではない。
意外にも話しているとそこそこ楽しい。
「ところでセシリア様」
好奇心に満ちたキラキラとした瞳でエミリー嬢が尋ねてくる。
「夫婦ってどうなんですか?」
「どうとは?」
「新婚生活です!」
ぶふっ!
今度は紅茶を吹き出してしまった。
「ゲホッゲホッゴホッ!」
「大丈夫ですか?」
全然大丈夫ではない! なぜ急にその話題になる!?
「リュシオン様ってお優しいんですか?」
「まあ……」
わたくしにだけ優しい。
「寝る時には何を話すんですか?」
「他愛もないことです」
「手を繋いで寝たりします?」
抱き枕にされています。とは言わないけど。
「毎日愛してるって言われます?」
それはもう毎日言われている。とは言わないけど。
矢継ぎ早に質問をされる。何なの? 尋問されているのかしら?
「私憧れているんです!」
エミリー嬢は両手を組んでうっとりしている。
「少女小説のような素敵な結婚に!」
ああ。なるほど。そういうことね。
悪意のない少女としての純粋な憧れ。
適当に本当のことを言っておこう。
「普通ですよ」
「普通ですか?」
「ええ。一緒に食事をして、他愛もないお話をして」
「それだけですか!?」
あからさまにがっかりしている。
「他に何を期待していたのですか?」
「もっとこう……甘い感じというか……」
誰の影響だ? 少女小説か?
リュシオンの場合、甘いとかいうか重いといったほうが正しい。
「へえ」
聞き覚えのある低い声に固まる。
振り返るとガゼボのそばにある木の影からリュシオンが現れた。
「偶然通りかかったんだけど」
嘘だな。絶対監視していた。しかも最初から。
楽しそうに口の端が上がっている。
リュシオンは私の隣に立って、顔を覗きこむように身を屈める。
「セシル、僕たち普通なんだ?」
「……普通では?」
すうと黒い笑みに変わる。
「手を繋いで寝ない?」
「……」
「愛してるって毎日言わない?」
「……」
ふっと眉尻を下げる。
「寂しいな」
「その言い方やめてください!」
エミリー嬢がカッと目を見開く。
「え! 本当に言うんですか?」
「言うよ。愛してるってね」
答えるな!
「毎日ですか?」
「もちろん、毎日だよ」
やーめーてー!
「すごいです!」
目に星が宿っているんじゃないかと思うほど、エミリー嬢の瞳が輝いている。
本当にやーめーてー!
「面白そうな話をしているな」
またもや聞き覚えのある声。エミリー嬢曰く。心臓が止まりそうになる「ザ・皇帝」の声だ。
父上の隣にはアレクシスお兄様までいる。
なぜここにいる!?
急いで用意された椅子に父は堂々と座る。
「夫婦生活の話か?」
「違います!」
「余もエリーシアには毎日言っておったぞ」
エリーシアはわたくしの母の名前だ。
「父上!?」
娘の前でする話ではない! ってか毎日言ってたんかい!
アレクシスお兄様が顔を覆っている。
兄はこれまでにも苦労してきたのだろう。お気の毒です、お兄様。
◇◇◇
結局、お茶会は父の恋愛話にリュシオンの惚気話、エミリー嬢の質問攻めに兄の心痛と。
まさに地獄のようなお茶会だった。
お開きとなった頃、エミリー嬢は頬を赤くしながらこう言った。
「私、もっとセシリア様と仲良くなりたいです!」
あ~あ。これは手遅れだ。
婚約破棄の原因となった少女に完全に懐かれてしまった。




