19.
建国祭当日――
グリンデル王国の王宮大広間では、建国祭に訪れた賓客相手のささやかな祝宴が開かれていた。
賓客として招待した各国の大使たちが交流を深めようと、貴族たちと歓談をしている姿がそこかしこに見える。
グリンデル王国は小国ながら、交流が盛んだ。
いろいろな繋がりを持とうと情報収集をしているのだろう。
◇◇◇
「もう帰りたいですわ」
わたくしは会場の隅で果実酒を飲みながら、呟く。
「まだ始まったばかりだよ」
同じく果実酒を飲みながら、リュシオンが苦笑する。
「一応参加したのですから十分です」
「君は社交が得意だろう」
「得意と好きは別です」
特に今日は面倒なことこのうえない。
祝宴が始まって早々、各国の大使や貴族たちが次々と挨拶に来る。
しかも父があちらこちらで「余の娘は美しく賢いのだ!」とか自慢しまくっているので、たちが悪い。
恥ずかしいからやめてほしい。
そんなわけで人波がひいたところで会場の隅に避難している。
「貴方は親しい方たちとお話してきてもよろしいのよ、リュシオン」
「あらかた挨拶は終わっている。それに君と一緒にいたいからね」
「そうですか」
別に一人で壁の花と化していてもいいのだが、一人よりは二人のほうが退屈はしない。
しばらくリュシオンと他愛もない会話をしていると、会場の向こう側が騒がしくなる。
「あら? どうしたのかしら?」
ざわめきが起きているほうへ視線を向けると、エミリー嬢の姿が見える。
数人の男性たちに囲まれていた。民族衣装からヒストリカ連合王国の大使たちだと推測できる。
皆、友好的な笑顔で話しかけている。
しかし――
「え、ええと……」
エミリー嬢は戸惑っている。その証拠に顔が引きつっていた。
なおも大使たちはエミリー嬢に話しかけるが、彼女は理解できていないようだった。
「あれはまずいですわね」
「ああ。ヒストリカ語だね」
ヒストリカ語は公用語とは違い、少しばかり難解だ。学園のカリキュラムでも組み込まれていない。
だが、王太子妃教育を受けていれば、簡単な会話ならできるはずなのだ。
エミリー嬢は完全に混乱している。
「ア、アハハ……」
笑ってごまかしているが、いつまでも通用しないだろう。
大使たちは困惑し始めている。
『聞こえなかったのだろうか?』
『王太子妃になるご令嬢のはずなのだが……』
『もう少しゆっくり話したほうがいいだろうか?』
助けを求めるようにエミリー嬢はレオニード王太子殿下に視線を向ける。
だが、王太子殿下は首を振る。なぜなら王太子殿下はヒストリカ語が苦手だからだ。
ああ。これはダメね。
「行ってきますわ」
「助けるの? 放っておけばいいのに」
戸惑う彼らをニヤニヤしながら、リュシオンは見ている。面白そうだ。
「このままでは国の恥になりますもの」
「セシルは優しいね」
「そういうことにしておいてくださいな」
あの二人が恥をかくだけなら別に構わないが、後でしり拭いをする国王夫妻が気の毒だ。
後継者があれでは苦労が絶えないだろう。
わたくしはエミリー嬢の隣に歩み寄る。
『ご歓談中、失礼いたします』
困惑していた大使たちの顔が明るくなる。
『おお! これはシルヴァード公爵令嬢。いや失礼いたしました。セシリア皇女殿下ではありませんか』
『久しぶりでございますな』
わたくしはヒストリカ連合王国の大使たちと面識がある。王太子殿下の婚約者だった頃に会ったことがあるのだ。
『まさかマイエルフェルト帝国の皇女であらせられたとは驚きです。あらためてご尊顔を拝見しますと、皇帝陛下に似ておられますな』
後半の言葉は聞かなかったことにしよう。
『皆様、本日はようこそお越しくださいました』
流暢なヒストリカ語で挨拶をする。
しばらく歓談した後、エミリー嬢を自然に会話に引き込む。
『皆様ご存知のとおり、こちらがレオニード王太子殿下の婚約者であるエミリー嬢です』
大使たちはエミリー嬢に微笑みかける。
『とても可愛らしい方ですな』
『レオニード王太子殿下がお選びになるのも分かります』
会話の内容はわたくしが訳して、双方に伝える。
今まで混乱していたエミリー嬢の顔がぱあと輝く。
「ありがとうございます! とお伝えください」
「ええ」
よく見ればエミリー嬢の瞳がうるうるとしている。涙が出そうなほど困っていたのか。
◇◇◇
大使たちが去った後、エミリー嬢は勢いよく頭を下げた。
「セシリア様! 助けていただきありがとうございました!」
「いいえ」
頭を上げたエミリー嬢の瞳がキラキラしている。
「私、全然分からなくて困っていたんです」
「そうでしたか」
後でエミリー嬢の教育方針を厳しくするよう、国王陛下に進言したほうがいいだろうか?
「セシリア様ってすごいんですね!」
ずいと顔を近づけてくる。近い! すごく近い!
「外国語を話せるし!」
「まあ多少は」
「優しいし!」
「それはどうでしょうか?」
「しかも皇女様!」
「それは否定しません」
さらにエミリー嬢は目をキラキラさせる。
「私やっぱりセシリア様とお友達になりたいです!」
「……ええと」
後ろから吹き出す声が聞こえた。リュシオンだ。
あれは絶対面白がっている感じだ。
振り返ると案の定肩を震わせている。
後で覚えていなさい!
「だめですか?」
エミリー嬢がしゅんとしている。まるで捨てられた子犬のようだ。幻の垂れたケモ耳が見える。
どうしよう? と迷ったが、諦めてため息を吐く。
「……まずはお茶会から始めましょうか?」
「本当ですか!?」
エミリー嬢が「やったー!」と飛び跳ねる。
純粋な喜び。王太子妃としてははしたない行動だが、少々羨ましくも感じる。
◇◇◇
その後エミリー嬢は、困惑気味のレオニード王太子とともに他の大使たちへ挨拶に行った。
「友達ができたね、セシル」
「まだ友達ではありません」
「でも一緒にお茶会をするんだろう?」
「そうですけれど……」
否定できなかった。
後にわたくしはお茶会の約束をしたことを後悔することになる。




