18.
建国祭が始まる三日前からすでに王都は賑わっていた。
窓を開ければ、遠くから楽団の演奏や楽しげな人々の歓声が聞こえてくる。
中央通りには様々な屋台が並んでいると、使用人たちが話してくれた。
王都全体がお祭りムード一色である。
「賑やかですわね」
「行ってみる?」
バルコニーに立って王都の景色を見渡しながら呟くと、後ろから声がする。
振り返ると妙に機嫌の良さそうな笑みを浮かべたリュシオンが立っていた。
「どこへですか?」
「街へ」
「それはお忍びで出かけるということですか?」
「そういうこと。僕とデートしよう、セシル」
は? デート?
◇◇◇
気がつけば庶民風のワンピースに着替えさせられ、王都の中央通りで馬車から降ろされた。
「何がどうしてこうなった?」
「君が街に出かけたそうだったから」
隣には平民風の服をまとったリュシオンがいる。だが、似合っていない。どんな格好をしても育ちの良さは隠せないのだ。
そして、すれ違う人々の視線を集めていた。女性は十人のうち十人が、リュシオンを見て頬を染めている。
何となく面白くない。
「セシルどうしたの? 眉間に皺が寄っているよ」
「どうもしませんわ」
何かが焼けるいい匂いに釣られて歩いていくと、あちらこちらで食べ物を売っている屋台がずらりと並んでいる。
「わあ!」
「何か食べる?」
「いいのですか?」
わたくしは屋台の食べ物を生まれてこのかた口にしたことがない。買い食いというものに憧れていたのだ。
「もちろん。何がいい?」
「そうですわね」
キョロキョロと見回していると、あるものに目が止まる。
「あれがいいですわ」
リュシオンに買ってもらったのは苺飴なるものだ。串に三個刺さった苺に飴がコーティングされている菓子だった。
恐る恐る口にしてみると、飴がカリッと砕け苺の果汁がジュワっと口っぱいに広がる。
「甘くて美味しいですわ」
「そう。良かったね」
ケーキやタルトに乗っている豪華に見える苺とは違い、素材そのままの素朴な感じだがなかなか美味しい。
しばらく歩いていると、広場で人だかりができていた。
「何かしら?」
「行ってみようか」
広場の中央には舞台が作られてあった。
「演劇でもやるのかしら?」
「そのようだね。演目は……」
看板を見てわたくしはギョッとする。
『悲劇の皇女と腹黒公爵』というタイトルで手書きの看板が掲げられていた。
「これって……まさか?」
「面白そうだね。見ていこうか?」
しばし迷ったが、こういった演劇を見る機会はなかなかない。
それに別の国の皇女と腹黒公爵のお話かもしれない。悲劇と謳われているし、きっと泣ける物語だろう。
……などという推測は見事に裏切られた。
『セシリー皇女! 君との婚約は破棄する!』
『何ですって!?』
『私は真実の愛に目覚めたのだ! ここにいるミリーを愛している!』
『そんなことは許さなくてよ! きぃぃぃぃぃ……』
劇中のセシリー皇女がハンカチをギリギリと噛み締め地団駄を踏むと、観客が笑う。
おいいいいい! 誇張しすぎでしょう!!
名前は微妙に変えているけれど、明らかにこれわたくしたちを題材にしているわよね!?
本人たちここにいるんですけど!!
『その時、腹黒公爵が現れた』
『ふははははは! 妹は渡さないぞ!』
観客がまた笑う。それはもう大爆笑だ。
「ぶっ!」
リュシオンが堪らないといった感じで吹き出した。
「似ているじゃないか」
「あれのどこがですの!?」
確かに王太子に渡したくない云々は言っていたような気もするが……。
「う~ん。そこそこ似てるよ」
「そこそこ!?」
否定しないんだ。
さらに劇は続いた。
『愛しい我が娘セシリーよ! 領地をやろう!』
『いりません!』
『ならば帝国の半分をやろう!』
『もっといりません!』
大爆笑の中、わたくしは顔を覆った。
領地はくれると言っていたが、帝国の半分とは言ってないわよ!!
「これ帝国でも演じられているのかしら?」
「どうかな? でもそのうち伝わるんじゃない?」
そうなったらこの国は終わりだ。
『そして悲劇の皇女は腹黒公爵と皇帝に溺愛され、幸せに暮らしましたとさ!』
そう劇が締め括られると、幕が下りた。
盛大な拍手が沸き起こったが、わたくしは今すぐ帰りたかった。
「面白い劇だったな」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえたので、まさかと思って振り返る。
「父上!?」
父が拍手をしながら、朗らかにからからと笑っている。
平民風の服を着て変装しているが、皇帝オーラが隠せていない。
「どうしてここにいるのですか!?」
「お忍びだ!!」
堂々と言っていたら、それはお忍びではない。
「護衛は連れているのですか?」
「いるぞ」
周りをよく見回せば、ガタイのいい平民がそこかしこにいる。
おそらく近衛騎士団の騎士たちだ。
「私は止めたぞ」
父の後ろからアレクシスお兄様が疲れた顔をしながら、出てきた。
「お気の毒です」
心の底からアレクシスお兄様に同情した。
◇◇◇
その後、なぜか四人で屋台を巡ることになった。
父は楽しそうに屋台で買い食いをしている。一応、近衛騎士が毒味をしているようだ。
それにしても、大帝国の皇帝が買い食いする様って、なかなかシュールな光景だ。
「お兄様も建国祭に参加されるのですね」
「まあ、父上が暴走した時の歯止め役としてね」
確かにあの父の暴走を止められるとしたら、お兄様くらいだろう。
「しかし、皇帝も皇太子も不在となると、政務は滞ったりはしませんか?」
「心配はいらないよ。カザリーンが外遊から帰ってきたからね。政務は彼女が仕切ってくれる」
「まあ。カザリーン様が……」
カザリーン様というのは皇太子妃。つまりアレクシスお兄様の妻だ。
マイエルフェルト帝国の筆頭公爵家の令嬢であるカザリーン様とアレクシスお兄様は幼なじみで、早くから婚約が決まっていた。
わたくしも幼い頃、遊んでもらった記憶がある。
美しくて優しくてそして賢い。貴族令嬢の鑑のような方だった。
「君に会えなくて残念がっていたよ。建国祭が終わったらすぐに帰っておいで」
「ええ。わたくしもカザリーン様にお会いしたいわ」
ついこの前まで家族はリュシオンだけだったが、少しの間に家族が増えた。
何となく幸せな気分になる。
そんなことを考えていたら、リュシオンがそっと手を握ってきた。
「お忍びは楽しかった?」
「いろいろハプニングがありましたけれどね」
優しくリュシオンは微笑む。
「また、お忍びデートしようね」
「考えておきますわ」
これから建国祭が始まる。きっと忙しくなるに違いない。
そう考えると、今日はいい息抜きになった気がする。




