17.
歓迎式典が終わってから数週間後。
わたくしとリュシオンは一度グリンデル王国に戻ることになった。
本来であればそのまま帝国へ移住しても良かったのだが、それなりに身辺整理も行わないといけない。
シルヴァード公爵領は、そのままマイエルフェルト帝国の領土になることは決定している。
必要なことだけ終わらせたら、再びマイエルフェルト帝国に帰るつもりだった。
そのはずだったのだが――
「どうか頼む!」
グリンデル国王陛下が頭を下げていた。
しかも玉座から降りて今にも土下座しそうだ。
「陛下!?」
わたくしはびっくりして叫ぶ。
グリンデル王国の国王陛下は、空っぽなレオニード王太子とは違い、常識人で人望も厚い方だ。穏やかで優しく、国民からも慕われている。
そんな方が目の前で頭を下げている。
結婚式でも土下座して謝罪を受けた思い出? があるので、正直居心地が悪い。
「建国祭までこの国に滞在してほしいのだ!」
「ええと……」
横目でチラリと隣のリュシオンを見れば、涼しい顔をしていた。
「理由をお伺いしても?」
リュシオンが問うと、国王陛下は苦々しい顔になる。
「……愚息だ」
ああ。なるほどと察した。
レオニード王太子殿下のせいかと。
国王陛下はポツポツと語り出す。
まずはわたくしとの婚約破棄から始まり、その後の土下座事件。さらにシルヴァード公爵家の離脱。
人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、箝口令を敷いたところで無駄である。国中が大騒ぎになった。
当然である。
王太子が婚約破棄した相手は隣国の皇女だった。
しかもその結果、国内最大の勢力を失ったのだ。
「現在、愚息の評判は地に落ちている」
国王陛下は遠い目をしている。
「今年の建国祭では王太子とその婚約者が主役のはずだったのだが……」
そういえば、婚約破棄前にそんなことを聞いたことがあった。
「今の状況ではアレたちに主役は務まらぬだろう」
どうもエミリー嬢の王太子妃教育は上手くいっていないようだ。
以前の婚約披露パーティーのような失態を犯す可能性は大というか、特大だ。
「そこでシルヴァード公爵夫妻にぜひとも参加してほしいのだ」
つまり安心材料として、あるいは火消し役としてわたくしたちに参加してほしいというわけか。
「それはまた強引な……」
「分かっておる! だが其方たちに縋るしかないのだ」
悲壮感に満ちた国王陛下を見ていると、気の毒になってきた。
「僕は構いませんよ」
あっさりとリュシオンが承諾する。
「えっ!?」
意外だ。もっと渋るかと思っていたのに。「なぜ僕たちがそんな面倒事を引き受けないといけないんですか」とか言って……。
「少し滞在が延びるくらいですし」
わざとらしくリュシオンは肩を竦める。
「それに……」
口の端が上がり、黒い笑みへと変わる。
「建国祭は面白そうだ」
「リュシオン、貴方。ろくでもないことを考えていますわね」
「失礼だな」
否定しないということはつまり、当たっている。
◇◇◇
王宮を辞した後、馬車の中でわたくしはため息を吐く。
結局、建国祭までこの国に滞在することになった。
「面倒事が起こる予感しかしません」
「僕もそう思うよ」
「本当に?」
「楽しみな意味で」
「やっぱり!」
王太子かエミリー嬢が何事かやらかすことを期待しているのだろう。
「まさかと思いますけど、何か裏で画策していませんわよね?」
「別に?」
「怪しいですわ」
リュシオンは楽しそうに笑う。
「そういえば……」
「何ですか?」
「建国祭の主役は王太子とエミリー嬢だよね?」
「ええ、一応」
「でもたぶん無理だろうな」
「なぜそう思いますの?」
くすりとリュシオンが微笑む。
「建国祭には各国から賓客を招くだろう?」
「そうですわね。あっ!」
そうだった。毎年、建国祭には諸外国から賓客を招待するのだ。大抵の国は国王の代理として大使を招待するのだが……。
「マイエルフェルト帝国からは義父殿自らが来るんじゃないかな?」
あり得る! 大使宛に招待状を出したとしても今年は絶対父が来る! 招待されてなくても絶対来る! 妙な確信があった。
「昨年までセシルは行方不明だったからね」
そう。リュシオンが父に知らせたからこそ、わたくしがシルヴァード公爵家にいると分かったのだ。
「父上が来たら、主役が主役じゃなくなりますわ」
頭を抱えるわたくしの横でリュシオンは、「そうだね」と心底おかしそうに笑っていた。
◇◇◇
王都の屋敷に帰ると、一通の手紙が届いていた。
差出人はマイエルフェルト帝国皇帝だ。
『愛しい娘セシリアへ
グリンデル王国の建国祭には余が自ら参加する。
シルヴァード公爵邸に滞在する予定なので、
部屋を用意しておくように。
父より』
無言で手紙を閉じた。
「父が来ます」
「予想どおりだね」
わたくしは天を仰ぐ。
これで建国祭は荒れるなと。




