16.
三日間の歓迎式典が終わった頃には、すっかり夜が更けていた。
離宮に戻る馬車の中で、わたくしはぐったりと座席にもたれていた。気を抜くとこのまま倒れこんで寝てしまいそうだ。
「疲れました……」
「お疲れ様」
向かいに座っているリュシオンは相変わらず涼しい顔をしている。
この男は疲れるということを知らないのだろうか?
三日間いろいろなことがあった。
パレードに舞踏会、花火に晩餐会。毎晩何かしらのイベントがあって、目まぐるしかった。
貴族たちとの交流はもちろんのこと、時々父が暴走したり、とにかく休む暇がなかったのだ。
「十日くらい眠りたいですわ」
「残念だけど無理かな」
「なぜですか?」
「離宮に着けば分かるよ」
何やら意味深だ。リュシオンがこういう時は大抵ろくでもない。
◇◇◇
離宮に到着した途端、嫌な予感が的中したことを知る。
「おかえりなさいませ!」
離宮の使用人たちがずらりと並んでいた。中央にはテレサがいる。なぜか満面の笑みだった。
「奥様、お部屋の準備は万全でございます」
「万全?」
「はい」
思わず、わたくしは首を傾げる。
「今日こそ本当に初夜を迎えるのですから」
この侍女、堂々と言っちゃったよ!?
いろいろ忙しすぎて、実はまだリュシオンと本当の初夜を迎えていない。リュシオンも決して無理強いをしなかった。
「テレサ!?」
「頑張ってくださいませ」
「何を!?」
「奥様なら大丈夫です」
ぐっと親指を立てるテレサに倣うように、他の侍女たちも温かい眼差しをしている。
やーめーてー!!
◇◇◇
さんざん磨かれた後、半ば押し込まれるように主寝室へ送られた。
月明かりが差す大きな窓の側にリュシオンが立っている。月の光に照らされてる銀髪のせいか、とてもきれいだ。そして、顔がいい!
「セシル」
「な、何ですか?」
初夜のやり直しということで、ガチガチに緊張していたわたくしは身構える。
「無理はしなくていい」
とても優しい声だった。おかげで体の力が少し抜けたのを感じる。
「僕は待てるから」
この男は強引だ。
王太子を利用して婚約破棄をさせ、勝手に戸籍を戻させて自分と結婚させた。
だが、一番大事なところではこうして待とうとする。
思えば昔からそうだった。
自分の望みは押し通そうとするくせに、わたくしが嫌がることはしない。
「ずるい人ですわね」
「よく言われるよ」
「言われて当然です」
リュシオンが笑う。その笑顔を見ていると、胸の奥が少し温かくなった。
◇◇◇
小鳥のさえずりで目が覚めた。
柔らかな朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。
「……朝?」
「おはよう、セシル」
目の前にリュシオンの顔がある。近い! ものすごく近い!
「近いですわ」
「セシルの寝顔が可愛くてずっと見ていたんだ」
「いつから?」
「夜明け前から」
夜明け前!? 何時間見ていたの!!
わたくし口を開けて眠っていないわよね? 涎を垂らしたりとかは?
「よほど疲れていたんだね。よく眠っていたよ」
ふふふとリュシオンは満足そうに笑う。
恥ずかしくなってシーツで顔を隠そうとしたが、阻まれる。
「隠さないで」
じっと見つめられるので、顔が熱くなる。
そして、リュシオンの顔がさらに近づいてきて……。
ぎゅっと目を閉じたところで、扉が激しくノックされる。
「旦那様、奥様! おやすみのところ申し訳ございません! 皇帝陛下がいらっしゃいました!」
テレサの慌てた声が扉の向こうから聞こえる。
前にもこんなやり取りを聞いたことがあるわね。
「セシリア!」
もうすでに部屋の前まで来ているらしい父の声がする。
「朝食を一緒に食べよう!」
娘と朝食を食べるために部屋まで呼びにくる皇帝がどこにいる!? いや、ここにいるけれど。
「むっ。返事がないな」
当たり前である。まだ起きたばかりだ。
「まだ寝ているのか?」
先ほどまで寝ていましたから。
「入るぞ!」
「入らないでくださいませ!」
わたくしは慌てて飛び起きる。
「せっかちな義父殿だね」
まだベッドで寛いでいるリュシオンが苦笑している。
「なぜだ」
扉の前で父が不満そうな声を上げる。
「なぜではありません」
「父と娘ではないか?」
「だからこそです!」
朝から何を言わせるのだ。この父は!
「父上」
今度は別の声が聞こえる。アレクシスお兄様の声だ。
「何だ?」
「夫婦の寝室ですよ」
「分かっておる」
「だから邪魔をしてはいけません」
しばし沈黙する。
「……そうか」
納得したらしい。ありがとうお兄様! 貴方は救世主ですわ。
だが、次の瞬間――
「では朝食は三十分後だ!」
そう言い残すと足音が遠ざかっていく。
わたくしは額を押さえた。
「帰りたいですわ」
「ここは君の離宮だけどね」
いつの間にか起き上がったリュシオンがわたくしの肩を抱く。
わたくしは深い深いため息を吐いた。
どうも父の暴走からも逃げられないらしい。
どうして、わたくしの周りは重い人たちばかりなの!?




