13.
重厚な扉がゆっくりと開かれる。
ギギギ……という音ともに次第に謁見の間の全貌が現れる。
玉座まで続く赤い絨毯。左右には帝国の重鎮たちが並んでいる。王太子妃教育の一環で覚えさせられた顔ぶれが揃っていた。
最奥の一段高い玉座に座るのは、マイエルフェルト帝国皇帝エルドリックだ。
「皇帝陛下の御前である! 跪して拝謁申し上げよ」
声が響くとともに、居並ぶ全員が跪いた。
わたくしも慌てて膝を折る。
父の前で跪くのは妙な気分だ。結婚式で再会した時は普通に会っていたから。
「一同、面を上げよ」
恐ろしいほどよく通る低く威厳のある声だ。
顔を上げると父と目が合う。
顔が怖い。
でもわたくしを見る瞳は優しい。
「ご無沙汰しております、皇帝陛下。セシリアただいま帰還いたしました」
父上と呼んでもいいのかもしれない。
だが、ここは公の場だ。
敬称で挨拶するべきだろう。
しかし、父は少しだけ不満そうな顔をしている。
「父上でよい」
「いいえ、皇帝陛下」
「父上」
「陛下」
「父上、もしくはパパでもよい」
何で張り合うの? パパって何だ?
周りの重臣たちも困惑しているから、やめて欲しい。
苦笑しながら、兄の皇太子が口を挟む。
「恐れながら陛下」
「何だ?」
「公の場です」
「そうであったな」
ものすごく不満そうではあるが、納得したらしい。ありがとうお兄様。
しかし、次の瞬間。
父が玉座から立ち上がり、降りてきた。
「陛下!?」
宰相が困惑している。
当然だ。謁見の際、皇帝が玉座から降りることはない。
父はずんずんとこちらに歩いてくる。
嫌な予感しかしない。
「セシリア」
「はい」
わたくしの目の前まで来ると、ぽんと頭に手を乗せ撫でた。
謁見の間が完全に沈黙した。
「大きくなったな」
「陛下」
「美しくなった」
「陛下」
「もっと早く会いたかった」
「陛下」
わたくしの制止は完全に無視された。
重臣たちがざわざわしている。
そりゃあそうだ。
皇帝が十年ぶりに再会した皇女の頭を撫で回しているのだから。
しかも満面の笑みで、わずかに目をうるうるさせている。
普段、威厳ある皇帝であろう父が公の場でこんな行為に及ぶことはないはずだ。
「陛下」
兄が頭を抱えている。
「戻ってください」
「嫌だ」
皇帝が駄々をこねている。
帝国の未来が心配になる場面だった。
◇◇◇
ようやく父が玉座に戻ると、正式な謁見が始まった。
というか、半ば無理やり戻らされたのだが。
「セシリア皇女」
「はい」
「其方の帰還を帝国は歓迎する」
「恐悦至極にございます」
淑女らしくカーテシーをすると、父は満足そうに頷いた。
そして、視線がリュシオンへ向いた。
「シルヴァード公爵」
「はい」
「娘を泣かせておらぬであろうな?」
一瞬、空気が凍りつく。
しかし、リュシオンが怯むわけもなく、ふわりと微笑む。
「もちろんでございます」
「そうか」
父は微笑んだが、瞬間射貫くような視線になる。
「泣かせたら殺す」
「陛下」
兄が諌める。
「冗談だ」
誰も冗談だとは思っていないだろう。
宰相が静かにため息を吐いている。たぶん、こういった場面は度々あるのだろう。
お気の毒に……。
◇◇◇
ようやく謁見が終わると思った時だった。
父が咳払いをする。
「さて、セシリア」
「はい」
「離宮の件だが……」
兄と宰相が「あ~あ」といった感じで頭を抱えている。
「見学だけではつまらぬ」
「はい?」
「歓迎式典を開催する。しかも帝国全土をあげての三日間の祭りだ」
やっぱり歓迎式典は開くのね! っていうか! 帝国全土でお祭り!? しかも三日間? いやいや。規模がおかしいでしょう!? 盛大ってそういう意味なの!!
「すでに準備は整っておる」
そういえば、重臣たちが疲れた顔をしている。皇帝の無茶ぶりに振り回されたと推測できた。
「花火もたくさん用意しておるぞ」
花火職人の皆さん、お疲れ様です。
「皇女帰還の記念日として今日から三日間は祝日とする」
重臣たちが真っ青な顔で頭を抱えている。三日間も休んだら政務が滞るからだろう。
「却下です」
「なぜだ!?」
わたくしはコホンと一つ咳払いをする。
「恥ずかしいからです」
「可愛いな」
「聞いてくださいませ!」
兄が吹き出した。リュシオンは肩を震わせている。
宰相は天を仰いでいた。
父だけが本気で落ち込んでいる。
「三ヶ月前から準備したのに……」
「そんな前から!?」
全部計画済だったのね!?
何ということだ。わたくしは確信した。
この帝国で一番厄介なのは、間違いなく皇帝だと。




