12.
マイエルフェルト帝国の皇宮はバカみたいに巨大だ。
「こんなに大きかったかしら?」
「君がここにいた時はまだ小さかったからね」
確かにここを去った時は六歳だったから、記憶が曖昧なのかもしれない。
「田舎者になった気分です」
「シルヴァード公爵領は十分都会だよ」
「そういう問題ではありません」
確かにシルヴァード公爵領は栄えているが、大帝国の中心とでは規模が違いすぎる。
それだけで圧倒されるのだ。
皇宮前に整列していた近衛騎士が一斉に敬礼をする。
ガシャンという金属音が響くので、わたくしは肩を震わせた。
「セシル、大丈夫?」
「心臓に悪いですわ」
騎士団長らしき男性が一歩前に進み出て一礼する。
「セシリア皇女殿下。皇帝陛下がお待ちかねです」
お待ちですではなくてお待ちかねですというあたり、父のワクワク感が伝わってくる。少し前に会ったばかりなのに……。
それにしても皇女か。
その呼び方はまだ慣れないな。
何せセシリア・シルヴァードとして生きた時間のほうが長いのだから。
◇◇◇
皇宮の中はさらに凄かった。
徹底的に磨きあげた大理石の床にシミひとつない赤い絨毯。見事な装飾が施された柱に巨大なシャンデリア。
どこを見ても豪華絢爛だ。
「珍しく緊張しているね?」
「当然でしょう」
何と言っても十年ぶりの皇宮だ。しかも皇女として正式に帰還したのだから、緊張しないほうがおかしい。
その時、反対方向から誰かがやってくるのが目に入る。
護衛を何人か従えた長身の男性だ。プラチナブロンドにアメジストの瞳の整った顔立ち。年齢はリュシオンと同じくらいだろうか?
「セシリア?」
男性から声をかけられた。聞き覚えのある懐かしい声。
「アレクシスお兄様?」
別れた時まだ十代だった少年は青年へと変わっていたので、すぐには気づかなかった。
皇太子アレクシス。腹違いの兄だ。
兄は足早に近づくと、わたくしを軽々と抱きあげた。昔、高い高いをしてくれた時のように。
「きゃっ!」
「本当にセシリアだ」
「お、お兄様!」
「大きくなったな」
「それはお互い様ですわ」
ぐるぐる回される。目が回るんだけど。
「皇太子殿下」
リュシオンがにこやかに口を開く。しかし、笑顔なのに空気が冷たい。
「妻が目を回していますので、それくらいに」
「……妻?」
ピタリと兄は止まる。そして、ゆっくりとわたくしを下ろしながら、もう一度。
「妻?」
「はい」
爽やかにリュシオンは微笑む。
「彼女は僕の妻です」
今までにこやかだった兄の顔から笑顔が消えて、しばらく沈黙が続く。
「セシリア」
「は、はい」
「結婚したのか?」
「はい」
兄はリュシオンに顔を向ける。
「ちゃんと本人の同意はあったのだろうな?」
「そこを聞きます?」
「重要なことだからな」
さすがは皇太子というべきか。何となくだが、事情を察しているのだろう。
「もちろんです」と言いながらも、リュシオンは視線を逸らした。
「……そうか」
兄は微笑むが、目が笑っていない。
「シルヴァード公爵。後で話さないか?」
「遠慮いたします」
「良いではないか。我らは義理の兄弟となるのだからな」
「……それでは後ほど」
互いに笑顔が深まる。相変わらず目が笑っていなくて怖いが……。
兄も父とは違う方向で怖い人なのかもしれない。
◇◇◇
謁見の間までは兄が自ら先導してくれた。
おそらく最初から立ち会うつもりだったのだろう。
「覚えているか?」
兄が懐かしそうに話しかけてきた。
「何をですか?」
「池」
「落ちたことですか?」
父と同じ昔話をするんだな。さすが親子。
「落ちたんじゃない。突き落とされたんだ」
「らしいですね」
「私はあの時本気で焦った」
「泳げましたし」
覚えていないけれど……。
「三歳児が上手に泳いでいたんだ。君は天才かと思った!」
「焦るところそこっ!?」
兄からは父や義兄だった頃のリュシオンと同じ匂いがする。つまり同類だ。
だが、優しい兄だった。
亡き皇后が生んだ唯一の皇子。皇太子ではあるが、第二皇子だ。
他の兄弟たちには意地悪をされたり、接点がなかったりしたが、この兄とは仲が良かった。
後宮の片隅で母とひっそり暮らしてたわたくしによく会いに来てくれたのだ。
絵本を読んでくれたり、庭園に散歩に連れて行ってくれたり、お菓子をたくさん持ってきてくれた。
当時のことを思い出して、胸が温かくなる。
懐かしい思い出に浸っていたら、巨大な扉の前で兄が立ち止まる。
「さあ、セシリア。父上が待ちかねている」
謁見の間。
そして、たぶんとんでもない歓迎が待っている。
なぜか、そんな確信があった。




