10.
エミリー嬢の爆弾発言によって、会場の空気は完全におかしくなっていた。
本来なら婚約披露パーティーの主役は王太子殿下とエミリー嬢である。
だが、現実はどうだろう。
貴族たちの関心はわたくしとリュシオンにあるようだ。
常にわたくしたちの周りには、主役そっちのけで貴族たちがこぞって集まっている。
そして、主役の一人であるエミリー嬢もなぜかぐいっと距離を詰めてきた。
「セシリア様!」
ひととおり挨拶を終えたであろうエミリー嬢は、婚約者である王太子殿下を放って、わたくしのほうへ駆け寄ってくる。
お~い! あなたは主役じゃないんかい!?
「今度、一緒にお買い物に行きませんか?」
「行きません」
「どうしてですか?」
「なぜ、断られないと思ったのですか?」
呆れていると、エミリー嬢はしゅんと項垂れる。
頭の上に垂れた耳が見えるようだ。まるで子犬ね。
小動物を虐めているようで、少しだけ罪悪感が湧く。
「だって、セシリア様は美人ですし」
「ありがとうございます」
「頭もいいですし」
「それはどうも」
「ドレスの趣味がいいですし。あ。今日のドレスも似合っていてとても素敵です」
「ありがとうございます」
ドレスはリュシオンが作らせたものだが。
「だから、仲良くなりたいなって」
まっすぐな瞳だ。悪意のない純粋な眼差し。
だから困る。この手の人種は苦手なのだ。
「エミリー」
レオニード王太子殿下がつかつかと歩み寄ってくる。
疲れた顔をしていた。同じ年なのにここ数日で十歳くらい老けたのではないだろうか。
「レオ!」
エミリー嬢がぱあと顔を輝かせる。
その様子を見ていると、少なくとも彼女は王太子殿下のことが好きなのだろう。
そこだけは伝わってきた。
「婚約披露パーティーなのだから、少しは主役らしくしてくれ」
「はい!」
返事だけは立派だった。
ふと、レオニード王太子殿下の視線がこちらへ向く。
しばらく気まずい雰囲気が漂う。
まあ、わたくしの結婚式に土下座しちゃったものね。それは気まずいか。
「セシリア」
先に王太子殿下が口を開くが、ピシリと固まった後、顔を青くする。
「……い、いや。シルヴァード公爵夫人」
慌てて呼び方を変えた理由は何となく分かる。隣にいるリュシオンが圧力をかけたのだろう。「僕の妻を呼び捨てにするな」という無言の圧力を。
「元気そうだな」
「王太子殿下も息災のご様子、何よりです」
あまり息災ではなさそうだけれど、社交辞令として一応ご挨拶はしておこう。
「ああ」
なぜか王太子殿下は複雑そうな顔をしている。
「……その」
「はい?」
「結婚おめでとう」
「ありがとうございます。王太子殿下もご婚約おめでとうございます」
「ああ。ありがとう」
会話終了。驚くほど短いうえにどこかぎこちない。
「……あのな」
王太子殿下が何か言おうとした矢先に会場入口が騒つく。目を向けると、父マイエルフェルト帝国皇帝が満面の笑みでわたくしに向かって手を振っている。
「セシリア!」
父は迷わずわたくしのもとにやってくる。普通はまず国王陛下に挨拶するものではないのか?
「来たぞ」
「父上、まずは国王陛下に挨拶なさっては?」
「いや、招待されておらぬからな」
ワハハと豪快に笑う。
「まさかの無断参加!?」
チラリと玉座にいる国王陛下を見やると、青ざめている。
「何、構わぬであろう? なあグリンデル国王」
「……はあ。ゆっくりされていかれよ。マイエルフェルト皇帝」
格上の帝国皇帝にこんなことを言われたら、了承するしかないだろう。
「だそうだ」
今まで周りにいた貴族たちが蜘蛛の子を散らすように去っていった。
「おお、そうだ。セシリアに贈り物を持ってきたのだ」
父が懐から書状のようなものを出す。
まさか!?
「離宮だけでは足りないと思ってな」
嫌な予感しかしない。
「帝国の南部直轄地をセシリアに授ける!」
いらない! これ以上大きなものはもういらない!
「ぶはっ!」
リュシオンが吹き出して、心底おかしそうに笑う。
「笑い事ではありませんわ!」
「くくっ! いいじゃないか。もらっておけば? ははっ! 義父殿の好意なのだから」
くううう! 他人事だと思って!
「何だ? これだけでは不満か? では皇家所有の鉱山などどうだ?」
「いりません!」
そろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。
「そうか。鉱山はセシリアの好みではないか。では何が良いかな?」
ああ、もう! 限界だわ!
「人の話を聞けぇぇぇぇぇ!!」
これほど主役が誰か分からない婚約披露パーティーはないだろう。と後々語り継がれたとか何とか。




