事故物件の事故側の送り犬、虚無になりつつモデルをする
天界には様々な天界人がいるが、まりいは少し特殊である。地上の事に首を突っ込むならまだしも、地上の闇に潜む怪異である送り犬に恋心を抱いたようなのだ。周囲が止めろと言うが本人には聞く気は一切なく、むしろ送り犬をコーディネートして天界にふさわしい送り犬に仕立てあげようとまでしている。その結果まりいは今は亡霊集団となった送り犬の一人、月臣に天界のモデルをするよう焚き付けたのだった。
しかし、意図せず外野のもの達が天界に入り込んだことで、ファッションショーは意外な方向へと進む事になる。
会場の舞台裏、月臣は無になりながら天界から脱出する方法を考えていた。空気が澄んでいるせいで月臣の体が透けていってさながら幽霊のようである。しかしながら、ここには月臣の命を繋ぎ止めるジャンクフードはない。体に良いとされるものは怪異の端くれである月臣にとってはことごとく毒でしかない。
「……コンビニチキンを食べたのいつだ? もう何も、思い出せない」
無になりながら、ラメ入りの服を着せられ影も薄くなってしまっていた。
「月臣さん、出番です! 勝手な事をしないようにお願いしますよ!」
あまり信頼されてない事を当たり前に感じつつ、月臣はよろめきながらステージに出ていった。今や肌が透けて服が歩いて行っているようにしか見えない。
ステージに出るとたくさんの観衆の視線が月臣に刺さった。ほとんどが天界人ばかりだが、月臣と一緒に天界に紛れ込んだ人達もそこにいた。一番うるさいのは日野勝で、両端から天界人二人に取り押さえられていなかったら月臣に食いついていたことだろう。
「写真に撮ることが出来ないなら、なんとしてでも覚えてやる!」
朦朧とした頭にそんな言葉が入ってくる。しかし、月臣の前からヒィッと焦ったような声が聞こえ、ハッとして目の前を見たら天界人の項が見えた。どうやら無意識の内に天界人の後ろをつけていたらしい。至近距離でつけていたため、もう少しで天界人に触れて月臣が浄化されかけるところだった。
「月臣さん、そんなに天界人とお友達になりたいなんて、意外と光輝くのが好きなんだね!」
白山薫ののほほんとした声が聞こえ、イラッとした月臣は薄れた体が一瞬元に戻った。
「……潰す。これが終わったら絶対潰す」
月臣のささやくような呪詛が聞こえていないのかいないのか。薫はにこやかに微笑みながら月臣に手を振ってきた。その言葉のせいで目の前を歩く天界人の歩く速度が速くなったのは言うまでもない。
そして月臣はステージの最前線に来てしまった。早く逃げ出したい。それだけしか考えられなかった月臣は周囲で何か起こっている事に気がつかなかった。見習い天界人が真正面から月臣に向けてライトアップしたのだ。ショッキングピンクの光を月臣に浴びせかけたその時、月臣の影がラメを散りばめたピンク色になった。しかも、月臣の真の姿である送り犬の形の影が見事にド派手なピンク色に浮き上がっていた。
自身もピンク色に染められた月臣はショックのあまり、精神状態が無になった。ピンク色に染まった送り犬の形の影もショックのあまり固まったままだ。
「……わぁ、ピンク色だ……。ちょっと、派手すぎるな」
「そうだね……。あまり月臣さんには似合わないかも」
翠川兄妹はピンク色に染まった死神顔の月臣に唖然としていた。周囲もざわつき始めている。
「……月臣、ご愁傷さま」
「ちょっと! 笑顔はどうしたのよ! 気をしっかり持ちなさいよ!」
賢士の背後にいた和沙と最前列で月臣を見ていたまりいも月臣の異様な光景に顔がひきつった。
「表情や内面が無になる事により周囲の雑音をシャットアウトしている。それにより全く身動きできなくなっていて非合理極まりないが、心理を守る方法としては妥当な所だ」
周囲がざわつくなか黒い帽子を目深にかぶった佐野一也だけは月臣の状況を淡々と評価していた。
「月臣さん! ピンクの光の中で悟る表情が慈愛に満ちていて素晴らしいです!」
そんな異様な空気の中、薫だけはのほほんとこのショーを楽しんでいた。月臣が無になり茫然自失の動く屍状態になり、薫以外の知り合いは顔をひきつらせ、天界人達は恐怖で顔を歪ませている。それなのに、薫は絶望の縁に立たされた月臣の無の表情を悟りを開いたのだと信じたのだ。
「……だれか、俺を殺してくれ。こんなの、俺じゃない」
ユラユラとさながら病人のようにステージの奥に歩いて行こうとした直前だった。見習い天界人がこれだけでは足りないと判断したのか、ミラーボールのような光を月臣に浴びせ始めた。それと同時に送り犬の形をした影も七色に光輝き始めた。その瞬間、月臣の中で何かが切れた。
「グ、ア゛ア゛ア゛ア゛……」
微かなうめき声。それに真っ先に気付いたのは送り犬の呪いを受けた和沙だった。
「まずいっ。何とか月臣を止めないと!」
しかし、規律がうるさい和沙や遅れて気がついた正義感溢れる賢士が止めに入るまもなく、月臣は野性味溢れる? ミラーボール仕様の送り犬の姿に戻った。
「誰か、あいつを止めろ!」
逃げ惑う天界人が送り犬の姿に戻った月臣から逃げ惑う中で賢士と和沙は月臣に立ち向かった。その後天界の兵士達もこれに加勢した。
「下手に刺激するな。奴は今理性を失っている!」
ミラーボールのライトを当てた見習い天界人も自身が犯した過ちに表情が青ざめている。
「こ、こんなはずじゃ……」
月臣は散々虚仮にされた苛立ちから周囲に送り上げの歩法の重圧をかけた。
「転べ……、転んでしまえ……。食ってやる……」
しかし極楽鳥のようなミラーボールカラーが何故かまだ残っているため送り犬の威厳は半減している。それでも、皆膝が笑っていて、一触即発の事態に陥っていた。
皆が息をのむ中、まりいがどこかからコンビニチキンを取り出した。
「これでも食べてなさい!」
そして送り犬に向かってチキンを放り投げ、見事チキンは古代の始祖鳥よりも色鮮やかに残る送り犬の口の中にダイレクトに入った。
こうして、月臣の初めてのモデルは大失敗に終わったのだった。




