表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

陰キャ送り犬、モデルをやりきるには底知れぬ泥を隠しきれてない

「あーあ。失敗しちゃったなぁ。楽しいショーになるはずだったのに……。まさか、あそこで元の姿に戻るなんて、どれだけ繊細なんだよ。これだから不浄な者は……」


 ファッションショーが中断し、見習い天界人が送り犬の服を担当したデザイナーにこっぴどく叱られた後の事だった。品のない光を当てるなんて何事だ、とお叱りを受けた見習い天界人は、自身が失敗したことを送り犬の月臣のせいにしていた。その負のオーラが知らず知らずのうちに見習い天界人から漏れ出ていた。


「おい、出口はどこだ。帰り方を教えろ」


 無愛想な言葉をかけられて振り向くと、そこには月臣が立っていた。まりいが食べさせたホットスナックのお陰で自制心を取り戻した月臣は、浄化作用が強い白い服を脱ぎ捨ていつものボロ黒いパーカーを着ていた。


「天界には出口という概念はない。お前みたいに重い念を持った奴は世俗的な事を考えただけでたちどころに地上に叩きつけられるからそれで帰れ。……どこに落ちるかは不明だけどね」


 送り犬に話しかけられ機嫌を損ねた天界人はムッとしながら答えた。彼は気付いてないが負の感情が彼の足元に渦巻いている。


「ふーん。それはどうも。けど、先に地上に落ちるのはお前だ」


「……は?」


「さっきから俺への当て付けの悪意の臭いが酷すぎる。……だから、お前は自ら転んだ。俺のヘドが出る前に、堕ちろ」


 月臣が顔を歪ませて言った後、本当に見習い天界人の足元にヒビが入った。そして彼は地獄、ではなく人間界に落ちていった。





「月臣は彼に人間の社会を見せてあげたいから天界に穴を開けたんだね! 君は本当に優しいなぁー」


「落下不可避、正面衝突、人間からやり直し!」


 間の抜けたような声と金属的な甲高い声が響き、ゾッとした月臣が顔を上げるとそこにはインコのラッツィを肩に乗せた白山薫がにこやかに微笑んでいた。


「……何のようだ。中身のない与太話を聞く気はない。失せろ。そしてその脳内お花畑に着火してやる」


 月臣は冷徹に言い放ったつもりだった。しかし、薫は笑顔を崩さずにさらに畳み掛けた。


「中身がないお花畑だなんて、これから君と僕とで積もる話を積んで行こうって言いたいんだね! 君は本当に照れ屋さんなんだねー」


 ピキッ、と血管が切れる音がした。白山薫は悪意がないにも関わらず、てんで月臣の話を聞こうともしない。月臣は最大級の災厄的な天敵に会ってしまったと直感した。相変わらず薫はニコニコしている。心なしかラッツィが震えている。


「誰がお前みたいな、聞く耳や見る目がない上に判断力が永久休暇を取得したような奴と話したがるものか」


 白山薫には食べるべき悪意がないため送り犬の形のいまだにミラーボール仕様の影は気落ちしていた。これ以上話をしても埒が明かない。月臣は薫を無視して通りすぎようとした時だった。


「これ、さっき渡し忘れたんだ! 皆にもあげたから月臣も食べてね!」


 そういうや否や薫はタッパーを取り出した。ツンとした匂いが蓋をしていても漏れだしている。


「駄目だ! それを食べるな! 味覚が破壊され、ゴホッ。ゴホッ」


「お兄ちゃん、無理しないでっ。叫ぶと余計に喉にく、ゴホッ、ゴホッ」


 光輝く正義が月臣を浄化し消滅させかねない翠川賢士が口を赤く染めながら叫んでいる。隣の察しが良すぎて稲荷を食べることを回避できなかった里奈も口が赤い。


「これじゃ、口の中が痛くて配信できないよっ、ゴホッ」


 撮影できなくて頭が真っ白の日野勝も口の回りが赤く、配信が天界ではできない事を忘れていた。


「この辛さ、送り犬の舌には規律違は、ゴホッ」


「ちょっと! 薫って人! あんたが食べさせた激辛稲荷のせいで、ゴホッ、伯父様が私の服に辛口コメントしか言わなく、ゴホッ、なったじゃない! 責任取りなさ、ゴホッ」


 影と同化したにも関わらず影に激辛稲荷を放り込まれた紫乃和沙と鉄壁防御の光の壁を作り出したまりいも薫の激辛稲荷の犠牲になり、さらには天界人まで巻き添えを食ったようだ。


「同じ味覚を共有する事で友情を育む事は普通なら理に(かな)っているが、これは単なる個人の好みの押し付けにしか過ぎず、蛾の蛹の羽化より劣る未熟な考えだ」


 淡々と薫の行動を評価している佐野一也は顔色を何一つ変えていないが口の回りが赤くなっていた。



 辺りが騒がしくなってきたせいで、周囲の清浄な空気が淀み始めた。得に月臣の回りに集まってきた人たちの辺りの淀みがすさまじく、先ほど天界人の落ちた穴がさらにひび割れ始めた。


「く、穴が広がってきやがるっ」


「じゃあ、ここから帰れるねー。皆も仲良くダイビングしようねっ」


 そう言うと薫は自ら穴に落ちていった。穴が広がり現世と繋がった事で重みがない天界人以外は月臣を含めて皆穴に引きずり込まれた。


「ちょっと! 天界を元に戻しなさいよ! 狐っ娘!」




 相変わらずうるさい人達に好かれてしまった月臣は、空から落下したにも関わらず影の力で無傷に地上に降り立った後、他の人達は薫の不思議な力でこれまた無傷で地上に落ちた。厄介な人に絡まれる前に月臣は影に隠れアパートに急いだ。


「お帰りないませ! 月臣様の帰りが遅いものだから天国のアイドルになって持ち上げられているものだと想像してましたが、やはり月臣様はボロアパートにいてこそ際立つのでございますな!」


「さっきの光には参っちゃうよね。もしかして、小鬼がいうように本当に天国のアイドルになったのだとしたら、違和感ありまくりでウケるんですけどー」


 小鬼の表面的な持ち上げや人魂の散財(ぞんざい)な冷やかしにうるさい、と言い返そうとした時だ。ドアの外が騒がしい。もしかして、と思う暇などなかった。よりによってバズと正義とのほほんが、三人寄ってたかって月臣の部屋に押し掛けたのだ。


「今度こそ月臣さんの送り犬の雄叫びの動画を撮って登録者1万人越えを目指すんだ!」


「それより月臣には毎日健康的な生活として僕の剣道の稽古に週一で参加してもらおうっ」


「月臣さん! 激辛稲荷の残りをお裾分けしに来ました! 食べてくれるまで玄関の前にいますよ!」


 頭痛がした。静寂が崩れ去るのを月臣は否応なしに感じ取った。これからはなりふりでも構ってられない。一生でも良い、影に紛れて過ごしてしまおう、と月臣は考えた。






 それにしても、やはり月臣は普通の人には避けられるが、物好きには好かれる質のようだ。同じ怪異としてもこれは観察のしがいがある。(さとり)妖怪として、この真野翔太が月臣がどうなっていくか見届けていくことにしよう。





 月臣の行きつく先は精神が空っぽの虚無か、心を壊した家畜か、それとも破滅の野生か……。見物だね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ