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歩く事故物件製造機の送り犬、ついにモデルをやるはめになる

 紫乃聖人(しのせいと)からタイピンをくすねたこそ泥の月臣は完璧に隠れたはずだった。しかし、月臣包囲網は着実に狭められていったも同然だった。月臣は痩身なので、かなり狭い塀と塀の間に挟まっていたのが仇となり、天界の使者が人間では出来ないあり得ない変な見ようによってはモデル体勢の月臣を塀から天界へと連れ出そうとしていた。


「月臣さん、あきらめて天界に行ってモデルをやりなさい。さもなければあなたを浄化します」


 満面の笑みで天界の使者が月臣に言った。暗に脅しているのが、月臣には超嗅覚を使わなくとも感じ取れた。


「くそっ。ここまでか……」


 その様子を見ていた日野勝が青ざめた。月臣が連れていかれたら、動画のネタがなくなってしまう。しかし、諦めの悪い勝はとっさに叫んだ。


「ちょっと待って! 俺も連れていってくれ! 天界のファッションショーを動画におさめたいんだ!」


 勝の絶叫が響き渡る。その側を白山薫がふわりと浮いて勝の頭上を飛び越していった。


「僕が天界を取材しに行くから、勝くんは待っててね!」


「ええ! どうやって浮いてるんすか! ……はっ、これを動画に撮ったら……」


 勝のネタを這いつくばってでも追い求める配信者魂は、白山薫と天界の使者から放たれる眩しい閃光により映像が真っ白になったことであえなく阻止された。こうして盗人の月臣は警察ではなく天界に連行された。





 目映いばかりに光輝く天界に月臣は早くも限界に来ていた。澄んだ空気が浄化作用を持ち体が透け始めている。コンビニ飯の地鶏を買って来ていたらどんなに良かったか。しかし、天界に来ていたのは月臣だけではなかった。



「ちょっと! どうしてあんた達がここにいるのよ?! 私は月臣だけを連れていきたかったのよ!」


 まりいが怒りを爆発させた先には天界の空気にそぐわない面子(メンツ)がそこにいた。何とかして撮れ高を撮影しようとした底辺配信者の日野勝、取材をして月臣と仲良くなりたい天然雑誌記者の白山薫、見た目は全うな正義感に燃える剣道家の翠川賢士とその妹の誠実そうな里奈、勝を追ってきた規律がむさ苦しい居候の紫乃和沙や、まりいに執着する怪しい団体の幹部の紫乃聖人、そして見るからに異様なオーラを放っている見知らぬ男性が辺りを訝しげに見回していた。


「……ふむ。ここの神聖な空気に突如に混じった非合理なもの達がもたらす振動はオオムラサキの鱗粉より非効率だが、実に興味深い」


 黒帽子を目深にかぶった天界の閃光に巻き込まれたらしい佐野一也という男性は天界に集まった面々を覚めた目で考察していた。

 




 こうしてついに天界主宰のファッションショーが開催されようとしていた。月臣は天界の空気に体力をゴリゴリに削り取られ、目は既に虚無しか映していなかった。デザイナーに拘束され目映いラメを散りばめた白い服を着せられ、精神は宇宙の彼方へ飛んで行った。


「……俺は石だ。ただの石ころだ。何の価値もない……」


「その悟ったような目、良いですねー。さらに柔和な笑みをしていただけるとモデルとして際立ちますよー」


 何が面白くて笑うんだ、見知らぬ誰かに笑顔を振り撒いて善人面するなどヘドが出る、と言わんばかりの殺気が月臣から一瞬漏れ出たが、(きら)びやかな服のせいで、殺気は雲散霧消していった。服は綺麗なのに顔は影の暗殺者のようなので違和感丸出しである。





 その頃、天界に潜り込んだ面子は思い思いの行動を取っていた。大会が始まる前、勝は何としてでも写真を納めようとしていたが、取る写真はいずれも真っ白で何も写らなかった。


「どうなってるんだ? 何か仕掛けが……」


「あんたの即物的なスマホに高貴な天界の物が写るわけ無いじゃない! そんなに残したいなら、記憶しておくことね!」


「そんなー!」


 まりいに手厳しく言われた勝は登録者1万人越えの夢を打ち切られてしまっていた。


「こんなことしているくらいなら、速く家に戻って堅実に転職活動しなさい。そしてそのスマホに写して良い写真は翠川賢士様だけです」


 勝のスマホを素早く取り上げながら、和沙はどうやって天界から抜け出すか考えあぐねているらしく眉間にシワを寄せていた。しかし、どことなく足取りが別の方向を向いている。


 その横で白山薫がタッパーを取り出しながら蓋を開けようとしている。キムチが入っているかのようにタッパーの中身が赤い。


「僕のお祖母ちゃん特性の激辛稲荷を天界の皆にも食べてもらおう! そうすれば皆で辛さを共有できるね!」


 白山薫は激辛稲荷が入ったタッパーを開けようとして翠川賢士が慌てて止めに入った。


「そんなことをしたら駄目だ! 辛さで舌がやられてファッションショーどころじゃなくなる! ……あれ、なんか背後に誰かいる?」


 あらぬ方向に正義を振りかざした翠川賢士は背後に気配を感じ身震いしていた。その背後では姿を隠した紫乃和沙が翠川賢士の背後を陣取ってうなじを堪能していた。


「お兄ちゃん、あまり怒らないで。あまり怒ったら天界の空気を澱ませるわ。それに白山さんも今は送り犬の負のオーラがこの天界の空気で中和されているから、あまり他の皆を刺激しない方が良いわよ、そうよね? 和沙さん?」


 賢士の背後に里奈が呼び掛けると、真っ赤な顔の和沙が現れた。


「わ、私は賢士様をお守りすべく背後にいただけで、決してうなじの匂いを嗅いでいたわけではありません!」


「……え、和沙さん、そんなことしてたんだ……」


 ショックを隠せない賢士は和沙に背後を取られないよう今後は背中を壁に密着させようと誓った。

 そこから離れた場所で、紫乃聖人はまりいをさらう機会を虎視眈々と伺っていた。


「あの送り犬がタイピンを盗んだことは水に流すとして、いかにまりいさんを我が物にするか……」


「ピピー!  不法侵入! 誘拐未遂! 犯罪者、逮捕! 執行猶予無し!」


 どこからか迷い込んだインコのラッツィが紫乃聖人の回りを飛んで大声で叫び、その声につられ天界の兵士が紫乃聖人を取り囲んだ。


「私は天界の美学を愛でるためにここにいるのだ! 決して怪しいものでは……」


「不浄な心を持つ(やから)め! 引っ捕らえてくれよう!」


 こうして不浄な美学の紫乃聖人は天界の牢獄に捕縛された。


「それでは6034回、天界の有名なデザイナー主宰のファッションショーを開催します!」


 こうして月臣は不承不承モデルとして参加するはめになった。

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