第八話 塔と登塔家
「で? 返事は?」
冷静に考えれば、“僕”の記憶込みとはいえ、あまりこの世界について詳しいとは言えない。
転生者関連も含めれば、美味しい話と言えないこともない。
だが、問題は――
「ちょっと待て。“俺”が塔に登っても良いことないんだけど?」
百歩譲って、ママさんクラブの会員になるのはいい。
芋蔓式に見つかる可能性が増える……が、それを許容しても余りあるメリットがある。
単純に仲間がいるのはありがたいし、先人の知恵を借りたり、匿ってもらえたりすることもあるかもしれない。
だが、登れば登るほど難易度が上がると言われる塔に登るのは、リスクが高すぎる。
「まぁまぁ。それなら、どうして君は登塔家を続けているのかな?」
「……それは」
他に道がないからだ。
“僕”達のような登塔家と呼ばれる職業は、人類の生存圏を広げるための名誉あるお仕事……というのが建前だ。
集めた魔石は内街に買い取られ、代わりに内街での居住権と、貨幣の代わりとなる焼き粘土でできた引換券が貰える。
そして、内街が買い取った魔石は、川などが当然のように存在しないため、専用の装置で水を生み出す触媒などに使われている。
その重要な物資である魔石を集めつつ、有り体に言えば、スラム街の死んでも問題ない奴を集めて、間引き込みで捨て駒に使い、あわよくば塔の開拓にも利用する。
そういうお話だ。
公然の事実として存在するが、誰も不満を口にはしない。
半ば暗黙の了解である。
それでも登塔家がなくならないのは、外街の人間が比較的安全な内街に入ることのできる、唯一と言っていい方法だからだ。
外街出身者は、野盗になるか、登塔家になるか、奴隷のように働かされる生産者になるか、物言わぬ死体になるか。
選択肢など、その程度しかない。
もしかしたら外国だとこんな感じだったのかもしれないが、いずれにしろ、もう確かめる機会はない。
生憎だが、人を殺す気も、奴隷になる気もない。
アイリーン達やモーブのことも気がかりだ。
そんなことを自分で考えて、はっきり言って落ち込む。
「あるよ」
確信に満ちた声に思わず顔を覗き込むと、黄金色の瞳の輝きに一瞬吸い込まれそうになる。
そして、目の前のマシロは言葉を続けた。
「願いが叶うって噂は本当だよ?」
まさか、とは思う。
だが、笑い飛ばすには妙に自信ありげだ。
「……根拠は?」
「願いを叶えた人を、私は知ってる」
マシロは軽く笑いながら言った。
「その人はどうなったんだ?」
「願いを叶えて、元の世界に帰ったよ」
何も根拠にはなっていない。
……が、少なくとも騙す理由は思いつかない。
願いが叶うという話が嘘なら、何故マシロが最上階へ誘うのか、という話になってくる。
殺すだけなら、とっくに仕掛けてきてもおかしくない。
そもそも殺す気なら、何も言わずに通報すれば良いだけだ。
他に理由があるとしても、今は検討しようがない。
しかし、断った際に殺しにかかってくる可能性もある。
「本当か?」
希望的観測の域は出ない。
根拠も薄弱。
「本当だよ」
「だったら……“俺”は……嫌だね」
そう告げた。
「えっ!? この流れは賛成する感動的なシーンじゃないかい?」
ぷくりと頬を膨らませながら、今までで一番自然な表情を浮かべている。
「根拠があんただけだし、それに“俺”は死にたくないんだよ」
何を言っているのか分からない、とでも言いたげに、
「馬鹿な特攻したのに?」
「……確かに?」
言われてみれば、とは思う。
だが、言葉にするのが難しい感覚だ。
魔獣と定義されても、心は人間でありたい。
半ば意地のようなものなのだろう。
前世から引きずった倫理観。
しかし――
「その感覚を捨てたら、“俺”が死ぬ気がする」
“僕”の記憶がある以上、死ぬ前の純粋な“俺”という人間では、もうないのかもしれない。
だからこそ、残っている部分は大切にしたい。
「確かに? 君を説得するには言葉だけじゃダメそうだね。根拠を教えてあげよう。いや、見せてあげよう……うん、それがいい」
いや、根拠の問題じゃないっす。
伝わってないっす。
そう言う前に、傍迷惑にも自己完結したマシロが立ち上がり、“俺”の手をそっと握る。
「私の記憶を少し見せてあげるよ。はい! 返事」
「はい……これでいっ――」
何のことだかさっぱりだったが、返事をした瞬間、脳に電流が走るような感覚に襲われる。
まるでその場にいないのに、その場にいたかのような臨場感のある映像が脳裏に映し出される。
全体が宝石のように様々な色を反射し、光り輝く洞窟。
そこに、いかにも西洋の貴族のイケメンといった風貌の、金髪に緑色の目をした男が立っている。
男は光り輝く洞窟の中で告げた。
「俺の願いは、元の世界に戻ることだ!」
洞窟の壁が一層強く光り輝く。
周囲が揺れ、一瞬、男の姿が見えなくなる。
そして揺れが収まった頃には、男の姿だけが消えていた。
マシロが手を離すと、脳内の映像も消える。
「なんだ今の!?」
スッと距離を取ると、マシロはいかにも心外だとでも言いたげな様子で、
「承認がないと使えない能力なのだけれど、便利だと思わないかい?」
「……結構、何でもありだな」
「これで驚いていたら、まだまだだよ」
記憶の『共有』。
チート能力に相応しい風格と言える。
「ここまでしたのだから、賛同してくれるよね?」
ここまで、と言われても微妙だが。
今度こそは、とにこやかに笑いかけてくる姿が、悪魔の笑みにしか見えない。
「というか、一回願いを叶えたんだったら、塔の攻略なんてすぐだろ」
「それはそうかもなんだけどね。元の世界に帰った彼の功績が大きくてね。その彼が帰っちゃった上に、もう一度塔を攻略する必要が出てきてしまったんだ」
「……じゃあ、一つだけ聞きたい」
一度、言葉に詰まる。
「もし……仮にもし、願えば何でも叶うんだったら、“俺”も元の世界に戻って……アルを蘇らせることができるか?」
マシロは、意外そうな、それでいて楽しそうな表情を浮かべる。
「ちゃんとできたらね」
答えとしては少し妙だった。
だが、元の世界に帰ることができるのなら、当然帰りたい。
今は思い出せないが、家族にも会いたい。
……会いたいはずだ。
それでも、“俺”の答えは一つだった。
「なら、二人の説得に手を貸せよ……」
精々、そう言うのが限度だった。
「まぁ、断ってたら報告してたんだけどね?」
天使のような笑顔で、悪魔のような言葉を口にする。
もとより、拒否権はなかった。
**************
「ほう、お前が好色だったとはな」
モーブの部屋をノックすると、開口一番そう言われる。
「勘弁してくれよ……」
ごめん、アル……。
死してなお不名誉が付け加えられる“僕”に、同情が湧く。
「実は遠縁の兄なのダヨー」
遠縁の兄ってなんだよ。
親戚じゃないのか。
そう突っ込みたい気持ちを抑える。
「へぇ、そうなのか」
明らかに信じた様子はない。
そりゃそうだ。
意味不明だし。
「ま、俺は人員が増える分には良いけどな。三人は少ない方だしな」
理由なんてどうでもいい、といった様子で扉の奥へ消えていった。
だが、忘れていたと言わんばかりに再び扉を開き、
「アイリーンには自分から言えよ。俺はおっかなくて勘弁だからな」
今度こそ、開かない扉を閉めたのだった。
「完璧のようだね」
そこはかとなく自慢げだが、
「遠縁の兄ってなんだ?」
「あそこまで適当に言えば、何かしら事情があると察するだろうからね。下手にそれらしいことを言っても仕方ないさ」
「もっと他にあった気がするけど……結果が良ければ、まぁ良い……か?」
コイツの手管に、“俺”もやられ始めているのかもしれない。
「もしもし、アイリーン?」
ドアをノックすると、少し物音がして、すぐに開いた。
“俺”の姿を見て少し緩んだ雰囲気を見せたが、マシロの姿を見ると、すぐに警戒した様子になる。
「……何の用?」
睨んでいると判断されても仕方がない形相で、マシロを見ている。
「彼女をその……このパーティーに加えたいと思うんだ」
「都市防衛隊じゃないの?」
今まで適当に流していたが、そういえばそうだった。
「色々な調査って名目で潜るから問題ないよ。君らは現地協力者ってところかな?」
「ん……何で私達のパーティーに?」
アイリーンからしてみれば、当然の疑問だ。
「新種の魔獣を倒したそうじゃあないか! 実力を買ってのことだよ」
惚けた顔で平然と嘘を吐く。
“俺”目当てって話だったのに。
事情を知っている“俺”からするとツッコミどころが多いが、微妙に説得力があるのが余計にタチが悪い。
「そういえば、蠅魔獣はもう現れないのか?」
こそっと耳打ちして聞く。
塔にいるといっても、唐突に空中からポップするわけではない。
ちゃんと生き物のように親から産まれてくる。
成長は著しく早いらしいが。
「あぁ、うん。大丈夫だよ」
杞憂だったらしい。
……が、妙に確信を持った様子に不信感が募る。
間違いなく何かを隠している。
だが、その隠蔽を隠すつもりはないようだ。
思えば不自然な話だ。
そもそも都市防衛隊だというのであれば、新種の魔獣の調査を一人に任せるのは明らかにおかしい。
聞きたいこと、気になることは無限にある。
だが、わざわざ機嫌を損ねてまで、隠していることを問いただすほどの理由はまだない。
「アルは賛成なの?」
急に話の矛先が飛んでくる。
じっと赤い眼が、何かを測るように向けられる。
“俺”は若干焦りながら、都合の良い答えに辿り着く。
「……元々、三人は少ないかと思っててね!」
誰かが言っていたことを、さも自分の考えのように言う。
“俺”が元の世界で磨いてきた技術。
応用力――あるいは、アドリブ力。
「……なら、まぁ。今度からよろしく」
そう言ってドアを閉め、部屋の奥へ消えていった。
その姿を見送ると、マシロはくるりとこちらを向き、
「それではよろしくね? アル君?」
不気味に光る二色の目をこちらに向け、握手と言わんばかりに手を差し出してくる。
「……」
さっき返事をして妙なものを見せられたため、無言でその手を握り返す。
今度は妙なものは見なかった。
……と、少しほっと安堵していると、
「で、早速なんだけど塔行こうよ」
そんなコンビニみたいなノリで行く場所じゃないと思うが、“俺”は一縷の望みを賭ける。
「……塔っていう名前のコンビニがあるのか?」
「……何言ってるんだい?」
白い目で見られることになるのだった。




