第七話 マシロという少女
「は……?」
一瞬、言葉に理解が追いつかず、思考が停止するような感覚に襲われる。
数秒硬直した後、言葉を反芻してようやく理解すると、部屋の片隅に置いてある剣の方をチラリと見やる。
だが、魔獣はともかく、人に向ける覚悟があるかと言われるとかなり尻込みする。
「とりあえず、部屋に入れてくれたりはしないのかい?」
マンションや寮に近い造りの建物のため、廊下には普通に人が通るし、部屋の壁もそこそこ薄い。
それに配慮してのこと……ということは、とりあえずすぐに殺しにかかってくることはなさそうか。
そもそも殺すにしろ、話を聞くにしろ、廊下で会話するのは“俺”にとっても困る。
殺すという選択肢が頭をよぎった“俺”自身の倫理観の破綻に吐き気がするが、堪える。
「……どうぞ。お茶はないですけど」
この不審者を招き入れるしかなかったのだった。
少女は自身の部屋かのようにズカズカと歩き、ベッドに腰をかけると、変わらず尊大な態度で話し出す。
「まぁ、座りたまえよ。ほら」
まぁ、“俺”の部屋だとも言いづらいのだが……大人しく従う。
「何故バレたのか、と疑問に思ってることだろうね」
それは“俺”も一番気になっていたところだ。
「蠅っぽい魔獣、いただろう? あれとの戦いをずっと見てたからだね」
本当に凄く簡単な理由だった。
つまり、“俺”が蠅魔獣と戦っているところを見られていたのだろう。
再生しているところを見られたのか、魔石を見られたのかは分からない。
いずれにしろ、登塔家が普通にいる一層で、人外の再生を隠しもしなかったのは迂闊だった。
「いやぁ、びっくりしたよ。新種の魔獣を探している時に爆音が聞こえて、そっちに向かったら身体が半分くらい炭化しても動く人影がいたんだからね」
傍から見ればそんな惨状だったらしい。
あの時は必死で、テンションもおかしかった。
「で? 君はいつからそうなってるの?」
次はそっちが話す番だ、と会話を投げてくる。
そうなっている、とは乗っ取った時のことだろう。
「二日くらい前から」
黙っていても仕方がないと、事実を告げる。
「随分と最近だね。じゃあ、君と話してた時に隠れていた二人は? その身体の人との?」
会話内容から察してはいたが、森に隠れていた二人のことは普通にバレていたらしい。
「……そうです。“俺”のじゃなくて、この身体の……アルの友人、です」
「へー」
胸糞な展開です、とでも言うような、かなり勇気のいる告白だったのだが、返ってきたのは随分と薄い反応だった。
「そっちが素の一人称なんだね。敬語も不要だよ。じゃあ、君の名前は?」
「そんなことはどうでも良いだろ。要件を言ってくれ」
急に敬語をやめて不味かったかと思ったが、気にした様子はまるでない。
だが流石に、犯罪者の家に警察が来て、ほのぼのと茶を出すわけにもいくまい。
本来、転生者を殺すのも仕事である都市防衛隊が、一体何の用なのか。
「せっかちだね……少しは会話を楽しもうよ。まぁ良いか。ではアル君と呼ぼうかな。私の名前は――前に言ったね、マシロだよ」
一度言葉を区切る。
名前は前に聞いたが、真っ白だからマシロなのだろうか。
聞きたくなったが今はいい。
「……転生者のまとめ役兼、都市防衛隊ってところかな?」
警察の中に内通者がいるような状況らしい。
都市防衛隊の人員を乗っ取ることがあれば、そういうこともあるのだろう……と勝手に納得していると、
「勘違いしないで欲しいのだけれど、私は産まれた時から私のままだよ」
少し心外だと言うように、口を尖らせる。
「どういうことだ?」
問いただそうとするが、それに先んじるようにマシロが言葉を続ける。
「君は、赤ん坊に魂が宿るのっていつだと思う?」
「……産まれた瞬間か?」
魂があるとしたら、産まれた瞬間か受精した瞬間だろう。
「その可能性もあるけれど、私が思うに受精した瞬間だね。ファンシーな話になるけれど、産まれる前まで魂がないのであれば、水子の幽霊なんて出るはずないとは思わないかい?」
ソースが微妙なせいで納得しづらいが、一応、何が言いたいのか理解はできた。
「つまり、受精した瞬間に魂ができるのであれば、その時に死んでしまったら、そのまま異世界で赤ん坊として転生することもあるってことか?」
“俺”の場合は、意識だけ転移したようなものだ。
産まれ直している分、と言って良いのか。
『転生』という言葉の意味としては、こっちの方が正しいのだろう。
つまり、自分はそうだということらしい。
0歳が0歳に転生するようなものだから、周りも不審には思わない。
何故そんな奴が、こっちの出身者と大して変わらない立場の奴が協力するのか……という話でもあるが。
「世界の状況は知ってるよね? この都市……ソルしかないって話」
「あぁ……」
“俺”が逃げられない一番の原因。
一言で言えば、“俺”から見れば、この世界が終わりかけていることだ。
少なくとも確認されている限り、この世界には東京程度の広さの都市が一つしかない。
強い魔獣がいるから、などではない。
都市が一つしかない理由は、魔力災害というものにある。
魔力は、水と空気を合わせたような性質を持つ。
大気には無属性の魔力が満ちており、少しずつ上へと昇っていく。
そして先ほど言ったように、無属性魔力は固めることができる。
上空まで昇った無属性魔力が行き場を失い、流星のように落ちてくる。
冗談のような話だが、街の外では数日おきに隕石が降る。
そう考えても差し支えはないそうだ。
この都市以外は全て終わり、世界はもうほとんど死にかけている。
それが、残念ながらこの世界の現状だった。
では何故、“僕”は今まで生きてこられたのか。
それは、“俺”が今いるこの場所――“僕”の死んだ場所でもある、通称『塔』のおかげである。
塔の周辺には、何故か魔力災害が落ちてこない。
塔が上空の魔力を吸っているおかげだ、と言われているが、真偽は定かではない。
「知ってるならいいのさ。逃げ場はないからね〜ってこと」
「……で? 結局何の用なんだ?」
結局、ここまで長々と語ったが、自己紹介をしただけだ。
好奇心を満たす効果はあったが、重要なのはそこではない。
「急かすね。要件は勧誘と忠告……それに指導かな?」
随分と多い要件だ。
「……勧誘ってのは?」
「そのままの意味だよ。転生者同士、助け合いましょうってことだよ」
ママさんクラブのようなものか。
週一でバレーボールとかやるのだろうか。
「忠告の方は?」
「心して聞いて欲しいんだけど、良いかな」
良い、と頷くと続ける。
「たまにいるんだ。転生者特有の能力を振り回して、『俺が最強ッ! 無敵ッ! ハーレム!』って人がね。まぁ、誰にも言わずひっそりやる分には自由なんだけどね。文化とか広めて知識チート! ってのも楽しそうなのだけれど、色々問題あるしね」
「ちなみに、ダメな理由は……?」
特に深くは考えていなかったが、若干トイレとかには現代文明の息吹を感じる。
「……卵と酢っぽいナニカと植物油を使って、マヨネーズっぽいのを作ろうとした人が昔いたんだけどね。混ぜてる途中で爆発したらしいよ」
嘘か真か、悪戯っぽい笑みを浮かべているが、割と洒落にならない。
釘を刺す意味もあるのだろうが、その釘は大人しく刺されておこうと心に留める。
元々そんなことをするつもりはない。
知識がないからできないし。
「とは言っても、下水関連とかはいくらか手が入ってるよ。昔はそこら辺の道路に捨ててたらしいからね」
偉大なる先人(?)に感謝を表しつつ、チートで暴れたい人は居そうだなとは思う。
“俺”は違うとは信じたいが、無意識に異世界人を見下しているかもしれないのだ。
できるだけ自戒していきたい。
「ちなみに、そういうタイプだった場合どうなる……?」
「そうだったら……ね。私の立場上、死んでもらうしかないね」
表情には何の変化も見せず、サラッとえげつないことを言う。
若干ビビりながら疑問を口にしてみる。
「……だったらこっちから。本にも書いてあったんだが、転生者特有の能力って何なんだ?」
未だ自分に発現する兆候はないため、まだ見たことがない。
「……君、能力を使わずに“アレ”に突っ込んだの? それは予想外かも」
急に顔を上げると、かなり呆れた様子を見せる。
……が、すぐに切り替えて、
「私の能力から先に説明しようかな。例えば、私の能力は『共有』だよ」
「共有? 何かをシェアする能力なのか。財布の中身を割り勘?」
「素は結構茶化すんだね。でも全然違うよ」
マシロはそう言って、笑いながら訂正する。
「全く使い勝手の悪い能力なのだけれどね。思考や魔術を『共有』できるのさ」
つまりどういうことか、いまいちピンとこない。
納得できていなさそうな“俺”の様子を見かねたのか、補足するように情報を出してくる。
「例えて言うと、ズブの素人でも技術はプロゲーマーレベルになれるけど、パソコンとかの環境は真似できないから、その部分だけはどうしようもない……かな」
分かるような、分からないような説明だ。
感覚的な部分――つまり技術と思考は共有によって底上げされるが、身体的な部分は共有ではどうしようもない、と少し噛み砕いて理解する。
「私が君らで言うところの元の世界の記憶を持っているのは、そのおかげだね。転生者達に元の世界の光景を見せてもらったのさ。まぁ、転生者である以上は能力を使えるはずだよ。気長に待つと良い」
そこで一度区切って、“俺”の反応を窺ってくる。
能力、と言われてもピンと来るものはない。
蠅魔獣の時も何もなかった……と思う。
「これは答えたくないなら別に構わないのだけれど、自分が死んだ時のことは覚えている?」
質問の意図が分からない。
あんなこと、忘れられるわけがない。
「……覚えてるよ」
あの喪失感。
文字通り魂が抜けるような感覚は、忘れられるものではない。
思い出して、苦々しい表情になる。
「そうか。辛いね」
言葉は同情的だが、表情はどこか薄い。
……というか、どこか演技じみて感じる。
「では、死んだ時以外のことは? 前の人生の日常の話だよ」
「そんなの……」
全部覚えている、と告げようとするが、僅かな違和感に気づく。
家族や友達のことを思い出そうとするが、どこかぼんやりと記憶が薄い。
居たことや、喋った記憶だけはある。
だが、どんな顔で、どんな内容だったか。
ちょうど“僕”の塔に登る理由のように、霞がかっている。
「……思い出せない」
そういえば、異世界に来てしまったとはいえ、存在だけは覚えているというのに、家族のことをほとんど思い出していない。
それは、そのせいだったのだろうか……。
薄情な人間だと思いたくないので、そのせいだと思いたいが。
「まぁ、そうだろうね」
マシロは予め想像していたかのような返事をする。
「よくあることなのか?」
「あることだよ。だって君は死んだんだから……ライフイベントの中でも一番最後。一番大きい出来事だからね。死に方によってはトラウマになることもあるよ」
その説明には、確かに、と納得できる。
仮に自身が挽肉になって死んだのだとしたら、確実に正気を失う自信がある。
刺し殺されたことは覚えているので、自分では思っている以上にショックだったのかもしれない。
「これに関しては、治るかどうかは不明だね。私達の中にもその手の専門家はいないしねー。それで、ここからは提案なのだけれど」
これこそが本題だ、というように身を乗り出して語る。
「一緒に塔を登らないかい?」
「何で“俺”?」
失礼な話だが、“僕”の能力も登塔家としてさして高くはない。
ましてや、“俺”として身につけた特殊な技術など全くない。
「強いて言うなれば、蠅魔獣に掴み掛かったからかな? あの特攻……いや、アレは感動したよ」
少し笑いながら、
「バカだとは思うけど」
余計な一言を付け加える。
「転生者は大なり小なり、死について怖がるんだよ。死恐怖症ってやつなのかな」
マシロはそのまま続ける。
「死は理解できないから怖いだけじゃない。理解しても怖いんだよ。人の心は、死に耐えられるようにはできてない。転生者の中にも、こっちに来た瞬間に発狂した人もいる」
矢継ぎ早に続ける言葉に少し圧倒されながら、
「つまるところ……?」
「転生者は極論、魔石さえ無事なら身体は治る。とはいえ、あぁも自爆攻撃できる馬鹿は少ないってことさ。それが私“達”の琴線に触れたからだね」
そう、右目を輝かせながら言うのだった。




