第四十二話 戦闘を終えて
仮拠点の部屋では鼻を突き刺す死臭と血の匂いに満ちていた。
その中を迷いなく、散歩道かのように進んでいくマシロとそれに追従するヴィルについていく。
血。肉。皮。髪。
崩れた壁の向こうに見える森には、人を構成していた部位がそこかしこにぶちまけられている
死体は皮が捲られて人体模型の様な肉部分を剥き出しにしている。
ある死体は、髪の部分が裏返り血と肉で見えなくなっている。
「一体なんだ…」
人を殺した犯人への怒りよりここまで異様な死体だと恐怖が勝ったのか発してから自身の声が震えていることに気がつく。
マシロが少し前に言っていたもう一体。
人体模型の様な兎の魔獣の仕業なのだろうか。
べちゃ。
血溜まりを踏むたびに嫌な音が鼓膜を揺らして鉄臭さが増す。
「くそっ」
金色スライムを倒さねばならなかった。
分身を産み出す能力。変身能力。禁止能力。
どれを取っても脅威でしかなく、こちらに来ないのは仕方ないとさっき納得したはずだ。
最悪な場合、その肉兎魔獣と金色スライムを同時に相手する羽目になっていたと。
だが実際今になって、死体が並んでいるのを見てそれは間違いだったのではないかと思い始めている。
見知った仮拠点の床に散らばった登塔家の目の一つが“俺”を恨んでいる様にも見えた。
「もしかして後悔しているのかい?」
先頭を歩くマシロがこちらを一瞥もせずに内心を見透かす。
「あぁ」
“俺”自身は何もできていない。
金色スライムを倒した時はただ囮として逃げ回っていただけだ。
トドメを刺したのは、マシロとヴィル。
“俺”の水触手を含めた攻撃は効かず、有効打もなかった。
いつかにも感じた歯痒さが再起する。
「傲慢だね。」
「…そうだな」
何もできなかった癖に、ここにいれば何かができたと心のどこかで思っていた思い上がりを指摘された気がして自己嫌悪がジリジリと内心を焦がす。
「?別に悪い事じゃないさ。傲慢でも謙虚でも君は金色スライムを倒すのに貢献したよ。仮にここに居て、君が誰よりも強かったとしてもここの人達は生きていたかも知れないけれど他の人は死んだかも知れないよ?その時も同じ後悔をするのかい?」
そんな後悔は不毛だ、と言わんばかりに突き放される。分かっている。
こんな後悔に大した意味はない。
起きてしまった事。やってしまったことはもう取り返しがつかない。
だから“俺”は今“僕”のフリをして立っているのだ。
だが完全に理屈で納得などできない。或いは、と思ってしまう。
血の匂いを吸わない様に深く口で息を吸い込んで、空気を吐き出す。
「ごめん大丈夫だ」
多少もマシにならないが、切り替える。
肉兎の魔獣がいつ出てくるのかは不明なのだ。
石造の頑丈そうな壁を突き破って今にも出てくるかも知れない。
なんならガチョウ魔獣、ペンギン魔獣の残党が出てきても何もおかしくない。
“俺”は役には立たないが、足を積極的に引っ張るつもりはない。
「…みんなはどうなってる?」
「兎魔獣が逃げたから休んでいるよ」
「逃げたのか」
歯痒さは残るが、“俺”の魔力はほぼ空で恐らくあれほどの衝撃があった魔術を使ったマシロも同様だろう。
「どこに行った?」
今の今まで黙っていたヴィルが沈黙を破った。
「さぁ。二層の階段の方角だから上の階層かな?」
「上…」
咄嗟に天井を見るが、たまに血のついた石が広がっているだけだ。
二層から来たのだろうか。
ペンギン魔獣や、ガチョウ魔獣を操っていた金色スライムが引き連れて来たのだとすると、納得できる話ではあるが。
「二層から来たのか?」
「いや。三層かな」
割と迷いなく答えるマシロに疑心が少し湧き出るが、胡散臭いのは今更だ。
ヴィルの方をチラリと見るが、目が合い首を小さく横に振られ、追求は諦めろと言外に言われた気がした。
そのまま会話はなく、仮拠点から出るとアレだけ高かった外壁がガラリと崩れており、内側に瓦礫が積み重なっている。
壁の上に人影が見え彼方もこちらに気がついたらしく手を振っている。
スキンヘッドの槍を持った男レイだ。
その近くに何人かの人影が見えた。
「いやーこっちは大丈夫?」
心配しているのかしていないのか微妙な声をあげているマシロに全員の視線が刺さる。
「ちょっと待ってください。貴方は本物ですか…?」
「ライザの好きな人でも言おうか?」
「…いえ、結構です」
さらっとわざと地雷踏みに行ったな。
それをまるで気にする様子なく、ライザと話し出している。
「大丈夫?」
少し離れた場所にいるエルとフィリに声をかけに行く。
「大丈夫っす!ロアっちもレイっちが回収してくれてて、あっちで休んでるっす」
フィリがエルに水魔術の治療を受けている。
少し血が出ているくらいであまり大きな傷には見えないので、そこまで心配する必要はないか。
「今の衝撃は何だったのでしょうか?」
エルが不安気にこちらに聞いてくる。
まぁあんな地震と見紛う衝撃があれば不安になるか。
「マシロ…がやったらしいけど。詳しい事は、ごめん分からない。」
魔力災害…?とは聞いたが。
原理も不明だし、気になるが話を中断してまで聞きたいわけではない。
「そうですか…」
役に立ったのか立っていないのか、微妙な報告にエルの不安そうな表情は深まっただけだ。
「そういえばあの液体魔獣は倒したっすか?」
「うん…倒した…らしい。あの衝撃で」
その場にいた訳ではない。
魔石は見たが、アレが金色スライムのだとは分からない。
だが多分大丈夫と言う曖昧な確信がある。
「そうっすかー。それは良かったっす!こっちは逃しちゃったっす!ごめんっす!」
手を顔の前で合わせてこちらに謝ってくるフィリに少し焦りながら言う。
「いやいや、そもそも予定外だったんだし仕方ないだろ」
“俺”が大活躍だったら兎も角正直マシロがこっちにいればこっちの肉兎魔獣を倒せていたはずだ。
“俺”に謝られるのは変な話だ。
フィリは少し目を丸くした。
「良いっすね!砕けた口調で行くっすよ!」
一瞬何の話かと思ったが、今一瞬“僕”のフリが剥がれて“俺”の口調で話してしまっていた。
しまった、と思う気持ちとどこか楽に感じてしまっている自分がいる。
そんな自分を押し付けて“僕”のフリを固めようと努力する。
ヴィルやマシロの前だと“俺”として喋っていたからか、気が緩んでいたようだ。
どう誤魔化そうかと思っていた所、モーブがこちらによって来ていた気がついた。
エルやフィリとは別行動をしていたらしい。
「モーブ!大丈夫だった?」
「あぁそっちは…大丈夫そうだな。所でアイリーンはどうした?」
あ、と言うのをグッと堪える。
忘れていた訳…ではある。
「多分そろそろ来るよ!」
さも知っていて待っていますと言った雰囲気を醸し出す。
声は上擦っていなかったと信じたい。
「アル!無事!?」
森の奥から急いで、と言った表現が相応しい勢いでアイリーンが飛び出てくる。
「無事だよ。そっちはどう?あれの分身を引き受けてくれてたみたいだけど…」
森で見たアイリーンによる蹂躙を思い出す。
金色スライムの分身もペンギン魔獣も、ガチョウ魔獣ですら彼女1人が引き受けてくれたから、“俺”が生き延びていた。
確実に魔獣フルセットで金色スライムの本体と対峙していたら10秒とかからず死ぬ。
「大丈夫。あの魔獣はこっちまで来なかった。だからあの鳥魔獣の魔石を壊してただけ」
だから無事だった、とアイリーンの堂々とついた嘘を“俺”は聞き流す。
“僕”ならいざ知らず“俺”にその不明な部分に踏み込む道理はない。
本人がそれで言うならそれで良いのだ。
それで良いのか。
心のどこかで声にならない好奇心ともいえない声が呟くが、“僕”の思い出せない部分と同様に藪蛇だと感じる。
「お互い生きてて良かった」
だからそう曖昧に、情けなく、少し心から安堵して笑うしかなかった。




