第四十三話 『記憶』
ここはどこだ。
いや違う。分かっている。
いつもの夢だ。
交差点で、夕暮れで、相変わらず人の気配はまるでない。
床に視線を落とすとまた本だ。
今度は何冊も、数えきれない程落ちている。
前は二冊だったはずだ。
霞がかった思考で落ちている本の一冊を拾い上げ、軽く頁を捲る。
前はまるで読めなかったが、今は何となく内容が分かる。
「痛い」「苦しい」「許すな」
ありとあらゆる恨み辛みと苦痛による叫びがこれでもかとびっしりと埋め尽くされている。
1人は勇敢に戦った。
赤班所属で風と火魔術と剣でペンギン魔獣を倒し…彼は鳥魔獣と呼んでいたが。
後ろから背部にペンギン魔獣のオケラの様な翼で刺され、長々と出血した末ゆっくりと出血死した。
水魔術を使える人は誰も近くにいなかったし、余裕がなかった。
1人は逃げた。
緑班で水魔術を持ちながら誰1人として救う事なく迫り来る肉兎魔獣による恐怖に負け、泣き叫びながら逃げ出し、全身の皮膚を能力で捲られて痛みにより発狂して、ショック死した。
たった1人で。
1人は運が悪かった。
黄班で壁を補修している時、突進してくる肉兎魔獣に弾き飛ばされた瓦礫に当たって苦痛もなく死んだ。
ある意味苦痛なく死ねたのは幸運だったかもしれない。
金色スライムに騙されて殺された者、
肉兎魔獣に攻撃を仕掛けて、死ぬまで皮を剥かれて弄ばれた者。
パラパラと捲る度、苦痛と悲劇だけが頁に綴られている。
もう床に落ちた本には何が書かれているのかと、改めて拾うが、それの内容は読めない。
少し前に見た時のように黒塗りで隠されている。
「…!!」
”誰か“の声が遠くに聞こえて意識が引っ張られ現実の方へ向かっていく。
「え…」
“俺”の顔からは涙が溢れていた気がした。
「ほら起きろ」
顔にべしゃりと泥のような冷たい物が投げつけられて最悪な目覚めを迎える。
「モー…ブ?」
若干寝惚けている頭で思考を回すが、アイリーンが来た後、少し休む為に目を瞑ったまま寝てしまったらしい。
「あぁそうだ。どうしたんだ?酷い顔色だな。土気色って言うのか?」
揶揄うように少しニヤついて言って来ているモーブに不満を覚えるが、文句は言えない。
こうは言うが寝ている間肉兎魔獣を警戒してくれていたのだろう。
だが足元の泥を人の顔に投げつけるのはどうかと思う。
回復した魔力で水魔術を使い顔の泥を洗う。
「他のみんなは?」
「撤退の準備と生き残った連中の回収だ。ったくこれだけ人数がいて結局調査の成果はナシか」
そう言えばそうだった。
調査の仕事はまるで果たせていない。
と言うよりご立派な仮拠点も肉兎魔獣と金色スライムの連れてきた魔獣達により半壊しており、修繕自体は土魔術で可能だろうが、随分と享年が短い。
「モブっち〜!アルっちは起きたっすか?」
「フィリ、その声で起きてしまいますよ。」
「あっ!そうっすね!」
「その声が…いや何でもないよ。フィリさんはいつも元気だね」
まだ少し寝惚けた頭が覚醒するような大きな声が聞こえてくる。
「フィリとエルと…ロアも!」
ロアに関しては最後に見た時に回復に向かっていたとは言え腹に穴が空いていた状態だった。
無事そうで何よりだ。
「アルさん。先程は伝え忘れましたが、ロアを助けていただき、ありがとうございました」
丁寧に軽く頭を下げて感謝を伝えてくるエルに若干気後れしながら
「礼を言われるほどじゃないよ。そんな事よりロアは身体の調子は大丈夫?もう少し休んだほうが…」
医者ではないが現代換算だと間違いなく、数ヶ月は入院しそうな傷だったが、何事もなく歩くロアにファンタジーさ、魔術の凄さを感じざるを得ない。
「お陰様で問題ないよ」
それを証明するかのように背負った大剣をブンブンと振り回す。
傷は開かないのかとか、凶器を振るなとか。
若干怖いが、無事なのは伝わって来た。
これで全員に無事が確認できたのは良かったが、ここから先の方針はどうするのか。
「……マシロは?」
ライザさんでも良かった気がするが、一番事情に詳しそうな白い少女の名を上げる。
「ここにいるよ」
その言葉と共に知らぬ間に近くに歩いて来たらしいマシロがいる。
「…それでどうするんだ?」
「君が寝る前にも言ったけど帰るさ。報酬はしっかり出るし、そこは安心してくれてもいいよ」
「そっちじゃない。あの肉うさ…あの魔獣をどうするんだ?」
肉兎魔獣と言おうとして止めるこの世界には兎はいない。
マシロと2人っきりならともかくそうでないなら気をつけるべきだ
「将来的に討伐部隊は結成されるだろうけどね。
そうなったら呼ぶよ」
ガリっと言う音がやけに近くに聞こえて気がつくと同時に奥歯が痛み出す。
自分で奥歯を歯が欠ける程噛んだのだと気がついたのは治りきった後だ。
無意識のうちにやってしまっていたらしい。
だがそんな事をする理由も癖もなかったはずだ。
確かに、肉兎魔獣には腹が据えかねている。
たくさんの人を殺し、“俺”はその死体の一端だけでも見て来た。
あんな殺し方は、殺したことは…“俺”が言うのもアレだが人として許せないとは思うし、討伐しなければならないとは思う。
“俺”が役に立つのかは甚だ疑問ではあるが。
異世界に来てから少し変だ。
前にも思ったが、原因不明で出所不明な感情が多すぎる。
それがこの身体の…アルの物、と言うなら納得できる部分はある。
「やっぱり外街に行くべきかな…」
仮にこの怒りなどがアルの…“僕”の物なら“僕”を取り戻す契機になるかもしれない。
自分でも正直どうしたいのかは理解できない。
死にたくはない。
だが“僕”のフリを死ぬまで永劫続ける気はどうしても起きない。
そもそも転生者がまともに歳をとるのかは不明だ。
マシロ辺りに聞けば分かるかもしれないが。
一つ分かるのは、“僕”についての記憶…靄がかかったように思い出せない記憶のかけらは外街にあると言うことだけ。
少なくとも肉兎魔獣が片付いたら行ってみたい。
次から4話挟んで三層へ行きます。




