第四十話 死の予感
「待った。そろそろだよ」
マシロが言葉と共に即座に立ち止まる。
それに合わせて立ち止まるが、数刻の猶予もなく地面から金色の液体が噴水の吹き出る。
「ちっ!」
こちらに降りかかる前にヴィルが舌打ちしながら風魔術で散らしてこちらにかかるようなことはなかった。
木々にぶつかった金色の液体が、折り曲がり木々の表皮を抉り取るのをみてしまった。
自分の身体で、と思うと寒気が止まらないが、命を狙われているし今更でもある。
獲物を逃したと気がついたのか噴き出た液体が瞬きの間に出てきた地点に戻っていったかと思うと、狐面の金色のマネキンが穴から這い出てくる。
恐らく本体だ。
「…で、マシロ後何分だっけか」
「んー5分くらいかな」
5分。
カップラーメンと考えれば簡単そうに思えるが、いや絶対に無理だ。
「安心しろ。俺も手を貸してやる。」
前もどこかで聞いた気がするセリフだ。
開始の合図もなく、金色スライムがこちらに駆け出し腕を変形させながら右斜めに振り下ろす。
それと同時に地面からペンギン魔獣が大量に飛び出してくる。
金色スライムの攻撃は前までより速度も早くリーチも“俺”より長い。
だがなけなしの魔力で強化した身体を必死に捻らせて自身の魔石への直撃は避ける。
避けきれずに自身の右腕の肉が少し削れて出血するが、すぐ塞がっていく。
致命傷は避けきれたのを確認して水触手でペンギン魔獣を撃ち落としつつ思い切り前へ足を進める。
そしてまだ少し削れたままの右腕で握り締めていた剣を横薙ぎに振るう。
予想通りというか、横凪に振るった剣は金色スライムに当たりはしたが、液体のような身体の前ではあまり意味がない。
“俺”の再生より圧倒的に早く、振り終わった頃には塞がっている。
金色スライムの胴体が流動したかと思うと、そこから体色と同じ棘の様な物が生えてくる。
「液体だもんなっ」
人の形をしているのでイメージしきれなかったが元は液体。
四肢に拘る必要などない。
水触手を新たに一本生やして地面を殴りつけて自分の身体を後方へ追いやる。
「魔力が…」
今の攻防だけでただでさえ少なかった魔力が更にすり減り、倦怠感が徐々に身体に満ちていく。
間違いなく魔力が完全になくなると立つ事もままならなくなってしまう。
でも泣き言を言う時間はない。
「魔力が切れると“俺”達の再生能力ってどうなる!?」
「止まるよ」
攻撃を必死に避けながら二人に質問を投げかけるが、帰ってきたのは当たり前の解答。
無から有は作れないらしい。
つまり傷を負うと魔力が減る。
このまま避け続けても魔力が減る。
減る事づくしだ。
ヴィルが風魔術で金色スライムを斬るが、すぐ再生しているが、伸ばした腕を斬ると、切り落とされた部分は動かせないらしく、数十秒後には塵になって消えていく。
核となる魔石がないとダメなようだ。
それでも金色スライムは変形を繰り返し、身体の形を変え攻撃してきては必ず元の人の形に戻る。
ヒトになりたがる化け物の様で気持ちが悪い。
しかしそのおかげで動きに無駄が多く、変形して、そして戻る工程がある。
気持ち悪いが、“俺”にとって有利な習性なのは間違いない。
地下から別の金色スライムの攻撃が飛び出てくる。
ペンギン魔獣が掘った穴を通ったのだと気がついたが、状況には何も貢献しない。
金色スライムを蹴り飛ばして距離を取ろうとするが、足ごと絡め取られる。
「っ…!」
足に鋭痛を感じて水触手で弾き飛ばす。
絡め取られた部位はナイフが刺さったような穴が空いている。
「ふむ…面倒かも」
「何が!?」
既に面倒な事態になっている。
これ以上があるのか。
剣を振り下ろそうとして止まる。
「た、助けて…」
さっき“俺”を刺した金色スライムから、生きた男の顔が見えている。
その表情は苦痛と驚愕に満ちており、恐怖で歪んでいる。
「本物か!?」
マシロに咄嗟に聞く。
偽物だと言って欲しい。
「本物だね」
そんな願いも呆気なく捨てられる。
謎が解けた。
ペンギン魔獣で地下を掘って、人を運んでいるのだ。
地下から続々と分体が生えてきている。
マシロの足元の地面が盛り上がると同時に一つの穴を土魔術で塞ぐ。
だがその直後、数メートル離れた地面から別の分体が這い出してくる。
あれにも人が入っているかもしれないし、入っていないかもしれない。
「そこまでするのか…!」
気持ち悪い。
人の姿を真似ているくせに、やっていることは誰よりも人に近づこうとしていない。
その差異が、気持ち悪い。
剣をしまって素手で応戦する。
腕を使って攻撃を受け流すが、相手は変幻自在の身体を持っている。
すぐ別の個体が“俺”の腹に槍のように伸ばした部位を左脇腹突き刺してくる。
刺さった槍は動きの邪魔だ。
脇腹の身体強化をやめ、刺さった槍を手で抉り出して外す。
その瞬間槍の先端が爆発するように開いた。
ヴィルが援護に火球を撃ってきてくれているが、敵がこちらに集中しすぎて、本体に届いていない。
攻撃を身を捩って回避しても、腕から棘が伸びてきてこちらを確実に削ってくる。
いや、時間を稼げばいい。
逃げ続けるだけでいいのだ。
マシロが金色スライムの本体を殺せばいいはずだ。
身を翻して逃げようとするが、後ろから湿っぽい音が聞こえて振り返ってしまった。
分体の中にいた人の口から血が出ている。
本体が笑っているような気がした。
逃げたら、殺すと。
もう逃げられない。
沸騰しそうになる心を抑える。
今、冷静さを失えば…それこそこいつの思うツボだ。
「そうそう落ち着いて」
マシロが腕を向けて電撃を発射している。
電気が人ごと分体の身体を駆け抜け、男が血を吐くが、まだ生きてはいる。
素早くマシロが水魔術で治癒している。
治癒しながら…浮いていく。
確かにあれなら分体の攻撃も届かないが…。
重力だろうか。
空中で魔石を砕いて捨てている。
「ほらヴィル」
マシロがヴィルに男を投げる。
ヴィルが分体を始末しながら男に触れると、姿が消える。
「死にはしない程度に塞いだから大丈夫さ」
「…そうか!マシロあと何分だ!?」
「3分」
長い。
終わりが見えるだけマシだが、長距離マラソンの様にゴールが体感的に見えてこない。
人を斬り殺せないせいで、防戦一方になっている。
でも闇雲に斬っても金色スライムを殺せるわけじゃない。
ゴールより先にこっちが終わりそうだ。
だがそんな事はさせないと必死に身体を動かす。
金色スライムの上半身と下半身を分けようと振るわれた刃物の様に鋭く変形させた腕を、近くにあった木の幹を蹴り飛ばし、空中で身を捻ってスレスレで避ける。
それを織り込み済みと空中で飛んでいる“俺”に向かって放たれたペンギン魔獣をヴィルが風魔術で狙いを逸らしてくれお陰で事なきを得る。
安堵で休みたくなるが、体に喝を入れて地面を蹴り飛ばして次の攻撃に備えようとするが足が前に出ない。
金色スライムの能力だ、しまった。と思ったが、すぐ身体に突風が当たって、背中から吹き飛ばされる。
ヴィルだ。助けてくれると言うのに嘘はなかったらしい。
しかし移動した瞬間に、後ろの空気が切り裂かれる。
見なくても分かるが、金色スライムがもう片方の腕を変形させて振るったのだ。
周囲の太い木々を空気と同じように楽々と切り裂いて巻き込む。
まるで木など存在しないように斬ることもできる自由自在に変形できる肉体と行動を禁止する能力の合わせ技に冷や汗しかない。
だが少なかったが確実にあった魔力が、身体強化が、突然解ける。
血管が詰まったかのような感覚と手にした剣の重みが急に増したような錯覚を覚える。
金色スライムの禁止能力にしろ、身体の限界にしろ、身体強化があってもギリギリだったのにこれ以上はやばい。
何徹もした後にも感じる身体を必死に動かして攻撃を避けようとはする。
だがなんの魔力の補助もない身体では、金色スライムの攻撃を目で捉えることすらできないだろう。
死ぬ。
異世界に来てから何度も肌で感じた概念が脳を支配していく。
それにつれて呼吸は浅くなっていき、身体の血管が冷えていて床に抜け出していく。
そして何より、背中に冷えた金属の感触が蘇る。
包丁だ。それに顔に感じる自室のフローリングの感触だ。
それにつれて嫌な気配、存在を感じてくる。
あの時、死んだ時に感じた嫌な予感から、今も感じるその得体の知れないものから逃げるように身体を右に動かす。
すると直後に金色スライムの身体の一部が木の幹から飛び出してきて、“俺”の胸の近くを通り過ぎて他の木々にめり込む。
避けた、と気がついたのは敵の攻撃が終わった後だ。
再び嫌な予感を感じて、剣を手放し全力で伏せた後、即座に木を蹴り空中へ逃げる。
ほぼ無意識の行動だったが、正解だと教えてくれるように、避ける前の場所は木々が切り倒されている。




