第三十九話 鳴動後
Side ライザ
「死体が多いっすね」
森へエル、フィリと共に入って数分もしないうちに、皮膚が剥がれた死体を大量に見つけた。
周囲は焼け焦げており、激闘の跡が窺える。
皮膚は投げ捨てられており、血と泥が染み込んでいる。
濃密を通り越して、物質化していそうな血の匂いに眩暈すら覚える。
惨い。そんな言葉すら生温い惨劇。
私が液体魔獣への対処で後手に回ったせいで、肉の魔獣への対応が遅れた。
この結果は、それが原因だ。
それだけは偽れない。
「あの肉の魔獣が通ったようです」
「そのようですね…」
血溜まりの中の誰かの剣を拝借する。
私の剣は折れてしまった。
「…ごめんなさい。仇はとります」
倒れた人に一言謝ってから、剣についた血を水魔術で洗って、布で拭う。
そして軽く振って感触を確かめる。
問題無し。
重心も比較的近い。
「ライザさん。一度戻りませんか?」
「…いえ、それは…」
「逃げた登塔家の方達も、無策で逃げたわけではないと思うんです。あの魔獣が外へ来たなら、合流にしろ、迎え撃つにしろ拠点に戻っているかもしれません」
一理ある。
登塔家の人達に取れる手段は3つ。
1、森に潜伏して戦闘、隠密。
戦闘は得策じゃないと思うが、隠密はあり得る。
2、そのまま塔を脱出する。
運が良ければ1番安全。ただし階段がどこにあるのか。
3、拠点に戻って同じことを考えている人と合流して1、2を選ぶ。
液体魔獣がいる以上、1番危険だけど、2番目に利が大きく堅実。
負傷者が多く、脚が遅い団体ほど、近くで潜伏した後に拠点に戻る…は十分考えられる。
私達は逃げる気も、隠れる気もない。
このまま無策で探しにいくには森の中は危険…。
「それなら…戻りましょう。ただし…人がいるかどうかは分かりません」
「そーっすね。あんまり多くても困るっす…あの液体魔獣をどうにかしないといけないのはきついっす…」
「それは合流してから考えましょう」
ゆっくりと拠点に向かって歩き出す。
時折揺れる地面が、血溜まりに波紋を作っている。
その地響きから遠ざかって行くにつれて、森の隙間から拠点が見えてくる。
崩れた拠点の外壁の隙間から、人の顔が覗いた。
生きている。
それだけで、僅かに肩の力が抜けるが、すぐ気を締め直す。
液体魔獣かもしれない。
「待て!ってお前ら…」
「レイっち!に見えるっすけど。どう証明したもんかっすね」
赤班の槍を持った髪の毛のない男が、こちらをジロジロと見てきている。
お互いに人間だと証明する術がない。
「あーそれなら、ちょっと待ってろ。おーい!レミ!アレ持ってこい」
「?」
数分もすると、黄班の女が魔石を埋め込んだ石製の棒状の装置を持ってくる。
魔石を使った装置は初めて見たが、この状況を打開できる装置なのだろうか。
「これは魔獣検知器よ。ちょっと待ってなさい…うーん。人間ね」
「凄いですね…そんなものがあるなんて」
司令の自分すら知らなかったのだが…。
マシロが関係していると考えれば、さもありなん、ではあるが、それなら最低限情報共有をして欲しいところだ。
「いや、俺らも驚いたんだが…レミってやつが白いやつから貸して貰ったって。実際何匹も炙り出したしな」
「そう…なんですか。その装置は転生者判別にも使えるなら使いたいですが…他にあるのですか?」
判別が難しい害獣狩りに使えるのなら、是非使いたい。
「あーこれは今回の魔獣限定みたいね。なんでだがは私に聞かれても困るわ」
後ろ髪を引かれる装置だけど、今の状況だと大変ありがたい。
「そうだ、フィリ、エル。ロアが生きてるぞ。まだ戦えるほどじゃないが」
「良かったっす!」
エルとフィリがロアを探しに走り出す。
玄関を見ると、生存者が10名ほど集まって各々武器を研いだりしている。
私達の姿を見て警戒はしているが、武器を向けるほどの疑念はないようだ。
生きてくれていて良かった。
拠点の一室に辿り着くと起き上がったロア。
傍には赤班の腕章をつけた知らない男が立っている。
生きている人間をもう一人確認できたことに、僅かに安堵する。
「無事でしたか」
「それじゃ、安静にな」
赤班の男は気を遣ってか、私達に会釈をしてから外へ出て行く。
「助けてくれてありがとうございました」
「それじゃ、安静にな。……俺はもう登塔家なんざ懲りた。お前も命は大事にしろよ」
ロアが男の後ろ姿に感謝を告げると、手を振って応えている。
「大丈夫みたいっすね」
「うん…なんとか。アル君は?」
「アルさんなら、マシロさん達と一緒に森で戦っているはずです」
お邪魔かと思い、部屋を出て外へ向かい、拠点の外壁を蹴って、胸壁の上に登る。
何もしないよりかはいい。
ほとんど戦っていないおかげで魔力もそこまで使っていない。
「考え事?」
「えっと貴方は…」
声が聞こえた方向に咄嗟に剣を構えるが、先ほど見た黄班の女だ。
魔獣検知器も持っている。
「一応1人で行動はやめて欲しいわ」
「…そ、そうですね。すみません」
液体魔獣の性質を考えれば、人間と判定された相手であっても、もう一度会う時にそうとは限らない。
軽率な自分の行動を恥じる。
「魔獣検知器の使い方を教えてくださいませんか…?何かあった時のために」
「…詳しくは知らないわ。貴方じゃ使えないみたい?」
「そう…なんですか?」
「えぇ。そうみたい」
黄班の女が土魔術で作った、ただの石の棒のように見えるが、振って見せてくれる。
「私はレミよ。よろしく」
「ライザです」
「早速だけどライザ、仕事みたい」
森の奥から木が倒された音がする。
木々の隙間からは赤い筋肉が躍動しているのが見えた。
間違いない。
「全員敵襲っ!あの魔獣が来ますっ!!」
できうる限りの大声で叫び、胸壁から降りて、その音の主人を迎える。
声が聞こえてくれていると嬉しいが…。
これ以上、拠点を破壊されるのは困る。
樹皮が抉られて礫のように飛んでくる。
目の前に迫るのは肉が剥き出しの腕。
致命的に速い。
それでもゆっくりに感じる時間の中で思考する。
この魔獣は硬い。
通常の斬り方は通らない…なら。
束ねられた筋繊維の隙間を裂くように、縦へ刃を走らせる。
剣先が魔獣の右腕を掠めるが硬い。
剣が壊れないギリギリまで魔力を込めているのにも関わらず、ようやく刃が薄く肉を割いた程度。
「くっ…」
肉で剣が一瞬止められ、左腕に攻撃をギリギリで滑り込ませた剣で防ぐが、鍔迫り合いでは勝てず吹き飛ばされる。
ぐるぐると視界が回って巡っていくが、意識と剣だけは手放さないようにしっかりと握り締める。
思っていたより威力がない。
足元から生えた土柱に吹き飛ばされ、そのお陰で命拾いしたらしい。
あのままだと剣ごと殴り殺されていた。
「まともに受けちゃダメだよ」
…レミだ。
あの速度で土魔術を操作するには並大抵ではない。
「ありがとうございます。」
「感謝は後で良いよ。とりあえずほら」
…急に変わった話し方にはどことなく覚えがある。
いや、今考えることではない。
攻撃を剣で防いだにも関わらず、かなり痛む腕に水魔術で治癒を施しながら再び魔獣へ向かう。
硬い。
ただ硬い。
やはり今すぐ自分達で殺すのは不可能だ。
「くっ…」
魔獣がこちらの腕を見るだけで、皮膚が剥がれていく感触がある。
数秒ならば問題はないが、数十秒と重なるとまともに剣を握れなくなる。
「どけ!」
レイの声が聞こえ、魔獣めがけて二本の槍が目を狙って飛んでいく。
煩わしそうに、魔獣は手で弾いたがそのおかげで一瞬視線が逸れる。
その間に治癒を集中させて腕を動かせる程度に治す。
問題はあるが、問題にはしない。
「やばそうっすね!」
拠点からフィリの電撃が飛んできて、魔獣めがけて突き刺さる。
ダメージはそこまではないようだが、いくら強固な肉体を持っていようと、電撃は効くらしい。
筋肉がぴくぴくと動いて煙を放っている。
だが安心はまるでできない。
電撃は効くが、フィリ以外使える者がいない。
なので当然フィリを守る形になるが、前衛が私とレイ以外いない。
「ライザさん。水魔術で癒し続けます。貴方は攻撃に専念を!」
エルも加わり私、フィリ、エル、レイ、レミの5人が揃った。
…私の多少の傷は考慮せず、フィリを守る必要がある。
元々防御は得意だ。
守りながらでも…なんとかなるはず。
傷が再生し切った魔獣が鼻をすんと動かしたかと思うと、何かを感じ取ったかのように森の奥に視線を送る。
そして一目散に逃げるように、背を向けて走り出す。
「は…?」
咄嗟に疑問が飛び出てくる。
多分この場にいる全員がそう思ったはず。
だがすぐ疑問は融解する事となる。
感じたのは立っていられない程の振動。それと骨の髄まで揺れる衝撃波。
「おーこんな感じなんだね」
土魔術で支えを作って、逃げたと思われる魔獣が再び襲ってくることに備える。
そんな中呑気な場違いなレミの声が隣から聞こえて抗議する。
「こんな時に何を…」
「良いじゃない!魔獣が逃げてくれたのよ!?助かったーー!」
先程の場違いな、冷静な声とは打って変わって急に人格が変わったかのような様相を見せている。
一瞬転生者かと勘繰るが、すぐ振り払う。
なんでもなんでも疑うのは良くない癖だと自嘲する。
稀だが戦闘時と通常時で性格が変わるものはいる。
彼女もその類なのだろう。
何はともあれ、理由はわからぬままに私達は生き延びたのだった。




