第三十三話 疑惑
Side モーブ
「それで? 状況はどうなんだ?」
代表者のライザに問いただす。
次の方針を決めてくれないことには、俺達も動けない。
勝手にしていいのか、してはいけないのか。
せめてそれくらいは、はっきりしてほしい。
「マシロ達の調査を待つのが最善だと思いますが……今は登塔家の方達の治療を終えてから、改めて内街へ向かいます」
「つまり、勝手に出るなってか」
「それは……はい。負傷者も多く、万全の状態でなければ、またあの量の魔獣がいるかもしれない場所を突破できません。幸い、砦はもう一度くらいなら耐えられるでしょうし」
砦から下手に出ない方針か。
正しい……いや、正しいか。
アルとアイリーンの動向も気になる。
正直、登塔家の奴らが外に出てくれれば、安全にアイツらを探せると思ったんだが……。
灰色のぼさぼさ髪の男が、ライザの耳元で何かを囁く。
元々険しかったライザの表情が、さらに顰められた。
「……なるほど。ありがとうございます」
「どうした?」
「……すみません。現時点では、私から言えることはありません」
明確な回答の拒絶。
こちらを探るような、疑いの色が視線に混じったのを見逃さなかった。
「それで? 何を隠してるんだ?」
「いえ、ですから――」
「だったら大声で叫んでやる。内街の奴らが隠し事しまくってるってな。それも、俺らの生存に関わることを」
睨み合う。
譲る気はないらしいな。
いつでも魔術を使えるよう、指先へ魔力を集める。
それに合わせて、にやにや笑いを浮かべていた灰色の男が、これ見よがしに武器へ手をかけた。
まだ、お互い威嚇程度だ。
戦う気があるなら、やる。
周囲の喧騒が耳から遠のき、ライザと灰色の男だけを見る。
二対一で不利だが、周囲の登塔家のことを考えれば、ライザ達だって戦いは避けたいはずだ。
「人間同士で争うのはやめてください」
ライザが灰色の男の腕を叩き、武器から手を離させる。
「そうはあ、言うけどなあ。にいちゃん次第だぜえ」
もっと反発するかと思ったが、男はあっさり武器から手を離し、こちらへ視線を向けるだけになった。
それでも警戒は解いていない。
俺も解く気はない。
「すみません。内密な話になりますので……少しこちらに来ていただけますか? スピネル!」
「なんなんですか!?」
桃色の髪の子供が、かなり慌てた様子で近寄ってくる。
さっき散々説明を求めてきた奴だ。
やけに畏まって、表情まで硬い。
上だと思っている奴には弱気なタイプかよ。
「風魔術で静音をお願いします……ヴィルに教わっていましたよね?」
「はいです!」
桃色の子供が手を上げる。
数十秒もすると、周囲の話し声が本当の意味で薄くなった。
ただの無能な子供ではない。
わざわざこんな場所へ連れて来られる程度の実力はあるらしい。
「モーブさん、ですよね。実は、人に化けた魔獣が……それも複数体、外、あるいは人間の中に潜伏している可能性があるらしく……しかも魔石を媒介に増えるのだとか」
「なるほどな……」
それなら、さっきの情報統制にも納得できる。
公表すれば、誰が人間で誰が魔獣か、疑心暗鬼の探り合いになるのは簡単に想像できる。
転生者が大量にいるようなものだ。
「えっ……!? それって……怪しい登塔家を殺すってことです?」
「違いますっ! スピネル……貴方は頭は悪くないのに極端ですね……」
ライザは心底呆れたような顔をすると、桃色の少女の額を指で弾いた。
「痛ぁ!」
額を押さえながら、桃色の少女が膝をついて痛がる。
「良いとこでえ、わりぃとこだなあ」
「後で貴方の教育方針を追及しますからね」
灰色の男が露骨に視線を逸らして後ろを向く。
ライザはそんな男を睨みつけた後、こちらの視線に気づくと、気を取り直すように咳払いした。
「お見苦しいところをお見せしました。それよりも、潜んだ魔獣については目撃者の方がいるので、その方をお呼びして――」
「来たっす!」
「……フィリだっけか?」
「そうっす! モーっち!」
頭の毛を立てながら、先程灰色の男が来た場所とは反対側の通路から現れる。
服が戦った後とは思えないほど整っているが、整えてから来たのだろうか。
「エルっちと……レイっちと一緒にあの魔獣と戦ったっすけど、どうやら金属音が苦手みたいっす!」
「なるほど……」
ライザが頷いて微笑む。
これはかなり有益な情報だ。
武器なら腐るほどある。
紛れている奴を見つける方法があるなら、かなりやりやすい。
「ならあ、この場の奴らに聴かせるぜえ」
灰色の男が二本の短刀を取り出し、擦り合わせる。
俺達全員が互いに視線を絡ませる中、耳障りな金属音が周囲へ響いた。
だが、誰にも何も起こらない。
「大丈夫みたいっすね!」
フィリが笑いながら、俺の肩をバシバシと叩いてくる。
はっきり言ってうざい。
少しは距離感というものを学んでほしい。
「痛ぇ……」
妙に重い衝撃が腕まで響く。
風魔術使いだったはずだが、無属性魔術もそれなりに使えるのだろうか。
「他の登塔家の人達にも、もっと広めてあげないとっすね……」
「ああ……他の奴らの前でもやってくるぜえ」
灰色の男は広間の登塔家達へ話しかけ、砥石を借りると、武器を研ぐふりをして金属音を立て始めた。
武器を向けるよりはマシな方法だと思うが、それでも本当に効果があるのだろうか。
金属音が広間に響く。
多くの登塔家は、武器を研ぐよくある光景だと気にも留めない。
だが、隅に立っていた緑班の少女が突然叫び声を上げた。
身体が崩れ、金色の人型へ変わっていく。
それを認めたライザが短く叫び、金色の人型へ武器を向けた。
「総員警戒っ!」
俺も咄嗟に氷塊を放とうとして、躊躇う。
人が多すぎる。
誤射が怖い。
他の登塔家に当てれば、事故でしたでは済まないだろう。
「んなもん知るか!」
一瞬迷ったが、ここで逃せば何をされるか分からない。
後々のことを考えるなら、確実に殺しておきたい。
氷塊を真っ直ぐ撃ち出す。
金色の人型を押し潰した。
……だが、まだ生きている。
「死ねっ!」
「キモいんだよ!」
「……!」
氷塊の下で腕や脚をばたばたと動かしていたが、すぐに周囲の登塔家から攻撃を浴び、全身を潰されていく。
金属音はしっかり効いているらしい。
この調子なら、この魔獣は狩り尽くせるはずだ。
「金属音は効いているようです。他の登塔家の方々と、私達にも試しましょう」
ライザが手際よく、登塔家や都市防衛隊を集めるよう指示を出していく。
大きな戦闘があったとはいえ、ここにいるのは登塔家達だ。
擬態するとはいえ、判別方法さえ分かれば、一匹二匹の魔獣なんて敵じゃない。
「私は魔石を集めてくるっす! アレから生まれるっすから」
「ええ、そうでしたね……でしたら、そちらをモーブさんにお願いします。万が一ですが、魔獣が魔石を狙う可能性もあります。……これが終われば、貴方の仲間も私達の仲間も助けに外へ行きますから」
「ああ」
それならかなり助かる。
マシロとかいう奴は信用できないが、こっちは多少は信用しても良さそうだ。
少なくとも、今はだが。
「だが、無条件で渡す奴はいないと思うが……」
「……それもそうですね。では……これを」
ライザが少し迷った後、粘土板――金をどっさりと渡してくる。
布袋に詰められたそれは重い。
実際の重さもだが、精神的にも。
確かにこれだけあれば、魔石との交換には十分だろう。
だが、こんな大盤振る舞いをしていいのか。
疑うような視線を向けると、ライザは形の良い眉を顰め、溜め息混じりに言った。
「マシロに渡された物ですが、全て使っていただいて構いません。どうせ用途は言われていませんし」
用途不明のまま金を渡されるとは。
羨ましいというか……いや、内街の連中にとっては無用の長物だからか。
外街もだが、内街にも金はいらない。
登塔家が入る内街の一角だけが、金を使える。
奴らにとっては、ただ土魔術で作った板ってわけだ。
原価はゼロだな。
「あぁ……じゃあ行くぞ」
「はいっす!」
静かに周囲を見ていたフィリを連れ、登塔家達と魔石を粘土板で交換していく。
「貰ってくっすよー」
間の抜けた声と共に、フィリが腰袋へ魔石を入れていく。
四つ、五つと入っていくが、かなり容量の大きい物らしい。
「ああ、持ってってくれ!」
誰も嵩張る魔石など持ちたくないのか、粘土板の現物となら喜んで交換してくれる。
中には負傷した仲間の服を漁ってまで、魔石を持ってくる登塔家もいた。
「あああああ!」
その間にも広間では、金色の液体魔獣が炙り出されては、すぐに殺されている。
分体は魔術も、本体が見せた妙な能力も使う気配がない。
単体の戦力なら、かなり弱い部類だな。
一層の魔獣以下。
脅威ではない。
魔石をあらかた交換し終え、粘土板の入った布袋が空になるまで続ける。
ふと周囲を見る。
薄く冷たい霧が、いつの間にか少しずつ濃くなっている気がした。




