第三十二話 忍び込む魔獣
気まずいからもう1話っ!明日からは0時に1日1話投稿です
Side フィリ
「ぎゃぁっす!」
背中から引っ張られて床に倒され、そのまま腹の上にのしかかられる。
片腕を押さえ込まれ、上手く抵抗できない。
「表情なくて怖いっす! このっ、離れるっす!」
身体に魔力を込め、空いている方の手で掴まれている腕を殴りつける。
拳が相手の腕に直撃するが、抵抗なくぐにゃりと捻じ曲がり、勢いを殺された。
「きもっ……っす!」
腕は離れない。
でも、離れていないならできることはある。
擬態魔獣の方も、空いている腕を変形させ、剣のような形へ変えていく。
「それはやばいっす!人間じゃないなら良いっすよね!」
魔力を溜め、至近距離から電撃を放つ。
この距離なら正確に狙わなくても、掴まれている身体を通して直撃させられる。
ただ……。
「あっちぃぃぃぃぃっす!」
自分の電撃そのものは効かない。
だけど木とか布とか……物に当たると熱くなる。
金属みたいな体が一瞬で熱くなって、こちらの肌を焼いてくる。
思い切り流した電撃が体内の魔石を砕いたらしく、腹の上にいた魔獣はドロドロに崩れ、すぐに塵へ変わっていった。
「ふぅ……レイっち! 無事っすか!?」
落ち着いてもいられない。
レイっちは一人で相手をしているはずだ。
「こっちは無事だ!」
「良かったっす!」
無事らしいことに安堵して、ホッと一息つく。
何気なく下を見ると、扉の隙間から血が滲み出していた。
「……」
「どうした? フィリ?」
ツンと鼻につく血の匂いと共に、赤い液体が少しずつ廊下へ流れ出てくる。
「ロアっち、怪我したっすか?」
「あぁ……あいつに刺された」
最悪の事態を想定しながら、扉を押さえる。
仲間が死ぬかもしれないことには慣れている。
例えそれが、大切な兄貴分であっても。
「ロアっち。ウリっちが治してくれるっすから」
「……あぁ。ウリなら治してくれる」
溜め息を吐く。
間違いなく、扉の向こうのソレは偽物だ。
緑班にウリ〜なんとかさんがいないと成立しないし、そもそもロアっちじゃなくてレイっちだ。
扉が軽く押された。
だが、こちらから押さえているので簡単には開かない。
「フィリ?開けてくれ」
「偽物には開けないっす。レイっちはどうしたっすか?」
「アァ……?」
喉から空気が漏れるような、死にかけた人間みたいな声が聞こえる。
続いて、重い液体が蠢く気持ち悪い音が静かな廊下へ響いた。
血と同じように、金色の液体が扉の隙間から滲み出してくる。
かなり気持ち悪い。
悪寒が背筋を走った。
「やっぱキモいっす! アルっちの触手よりもキモいっす!」
力を込めて扉を蹴り飛ばす。
吹き飛ばすほどの勢いはないが、扉が歪み、まだ液状化しかけていた偽レイっちの胴体へぶつかった音がした。
「生きてたらごめんっす!」
その隙に金色の液体へ触れ、もう一度思い切り電撃を流す。
中のレイっちが生きているなら、感電するかもしれない。
死んでいたら……。
「それは申し訳ないっす」
扉の下から滲んでいた金色の液体が引っ込む。
それを確認してから、いつでも電撃を撃てるよう指先へ魔力を集めた。
近距離の戦いなら、電撃はかなり強い。
素手での戦闘中に相手へ電撃を流すくらいなら、そう難しくもない。
「レイっち!」
室内へ飛び込む。
血まみれのレイっちが、部屋の奥で倒れていた。
「……うーん」
部屋の中を細かく確認するが、金色は見当たらない。
唯一ある窓にだけ、金色の液体がこびりついている。
外へ逃げました、とでも言いたげだ。
「馬鹿にするなっすよ……ごめんっす!」
レイっちへ電撃を放つ。
血まみれの身体が電撃の影響でピクピクと動くが、金色の液体は出てこない。
「……あれ。これはやっちまったっすか?」
急いでレイっちへ近づき、服を脱がせる。
その途中、割れた魔石が上着から落ちたが、今は気にしていられない。
呼吸と心臓の鼓動を、触れて確認する。
「生きてるっす……」
気絶しているだけだ。
よく見ると、血はレイっちから出ているわけではない。
この部屋に元々あった登塔家の死体から流れている。
その死体には槍が刺さっていた。
扉の下まで血を流して私に異変を知らせるため、レイっちが刺したらしい。
何はともあれ、一瞬殺してしまったかと血の気が引いたが、無事だった。
「うかうかしてらんないっす! 急いでエルっちと、他のみんなに報告っす!」
あの魔獣の分身が、他にもいるかもしれない。
エルっちを呼ぶため、合流用の石笛を鳴らす。
これは登塔家になる時、ロアっちとエルっちに貰った物で、かなり遠くまで音が届く。
ピーッ、と澄んだ高い音が廊下へ響いた。
魔獣にも気づかれるので、こんな場面か、内街で私が迷子になった時くらいしか使えない。
数十秒もすると、エルっちが急いで走ってきた。
「どうしました……!? って、レイさん!?」
「エルっち。キモい水の触手を生やした私達の仲間の名前って、何か分かるっすか?」
質問の意味が分からなかったのか、一瞬眉を顰める。
だが、こちらの目を見て冗談ではないと気づいてくれた。
「アルさんです」
肩の荷が下りる。
直感は本物だと訴えていたが、あと一押し欲しかった。
「ふぅ……良かったっす! あの液体魔獣にやられたっす。分身が分身を作ってたっす! それがさっきレイっちに化けてたっす!」
「……それは……いえ、今はレイさんを治します。電撃で火傷してますから……」
「それは気にしないでくださいっす。それより、持ってるなら魔石を砕いてほしいっす。それを媒介に増えるっぽいっすから」
「今は持ってません……。広間に置いてきましたから……フィリは外の廊下を見張ってください」
「りょーかいっす」
部屋を出て、廊下を見張る。
左右両方を警戒しなければならないが、廊下は一本道で、並んだ扉も全て閉まっている。
偵察はしやすい。
もしかしたら、部屋以外が一本道なのはそれが理由なのかもしれない。
一本道の先に黒い人影が見える。
広間の方から、二人がこちらへ歩いてきていた。
腕章を見る限り、赤班と……黒班。
黒班の男は、くたびれた灰色の髪に暗い青色の目。
赤班の男は、精悍な顔立ちに黒髪、赤い目をしている。
身体の特徴だけ見ても、魔獣かどうかなんて分からない。
「おい! そこのお前……」
赤班の男が口を開く。
「なんっすか〜?」
警戒は解かず、悟られないように笑って応える。
すると黒班の男が、溜め息混じりに口を開いた。
「勝手に動かねぇで、欲しいけどなあ」
「そうっすね〜。だったら……広間の人に伝えてくれるっすか? 伝えなくても良いっすけど……そこの都市防衛隊の人に判断は任せるっす」
私の言い方に引っかかったのか、黒班と赤班の男達が顔を見合わせる。
「人に擬態する魔獣が、さっきいたっす。魔石を使って増えるっすから。本当に気をつけてほしいっす」
「なるほどなあ。そりゃあやばいなあ」
黒班の男は何度か頷く。
事態の深刻さを察したのか、そのまま小走りで広間の方へ向かっていった。
「あっ……ちょっと!」
遅れて赤班の男も、その背を追って立ち去っていく。
今はここでレイっちの回復を待つしかない。
外傷は火傷だけだが、気絶させられていた以上、意識が戻るまではまだ少しかかるかもしれない。
部屋の窓から入り込んだ森の霧が、廊下まで薄く流れてくる。
火照った身体を冷やすように、湿った冷気が肌へまとわりついていた。




