↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/44

第三十一話 異質な二つの存在

マシロの後を追って進むほど、地響きのような音が大きくなっていく。


ガチョウ魔獣の断続的な足音とは違う。

どちらかと言えば、重い物を何度も地面へ叩きつけているような音だ。


「……変わらないみたいで安心するね」


マシロは苦笑しながら、木々の隙間を走り抜けていく。


アイリーンが近いのか、周囲には砕かれた魔石が散乱している。

今のところ金色スライムの姿はない。分身もだ。


「そういえば、あと何分だ?」


主語が足りなかったが、魔力を絞り出して魔術を使うという話のことだ。


「んー、移動中は魔力使ってるからね。中断してるけど、あと七分くらいかな」


……それでも七分か。

いや、それくらいで済んでいるなら安心だ。


「いた」


マシロが声を上げた瞬間、こちらへ翻ってきたかと思うと、唐突に“俺”を木へ押しつける。


何だ、と言う暇もない。


目の前を、直径五メートルほどはありそうな巨木が通り過ぎた。


ヴィルは驚いた顔を浮かべながら、『転移』でその場から消えている。


飛んでいった巨木は周囲の木々を削りながら進み、少し離れた地面へ突き刺さった。


「……金色スライムの仕業か?」


先程までは、ここまでのヤバさはなかった。

本性を現した可能性もある。


そう考えた瞬間、今度は木々の向こうから金色の何かが飛び出してきた。


こちらへ一直線に飛んでくる。


だが、飛び方が妙だ。

自分で跳んだというより、何かに弾き飛ばされたような――。


そのまま近くの木へ激突し、金色の液体を飛び散らせて塵になった。


一瞬しか見えなかったが、分身の方らしい。


「……一体なんだ?」


「……多分大丈夫だよ。進もっか」


マシロに促され、さらに先を見る。


そこには、金色スライムの分身の群れ。

ガチョウ魔獣。

襲撃以降、姿を見せていなかったペンギン魔獣。


その中心に、アイリーンがいた。


「助けないと……!」


目の前の光景は絶望的だ。

それでも行くしかない。


七分なんて待っていられない。


乗っ取った身体の仲間ではあるが、それでも仲間だ。

“俺”には義務も責任もある。


身体へ魔力を通し、覚悟を決めて駆け出そうとした瞬間、マシロの腕が目の前へ伸びてきた。


「それは大丈夫だと思うけどね」


含みのある笑いを浮かべるマシロに苛立ちを覚えながら、もう一度アイリーンを見る。


アイリーンはペンギン魔獣を踏み台にして空中へ跳ね上がり、腕を伸ばしてきた分身のスライムを掴むと、そのまま地上のガチョウ魔獣へ叩きつけた。


……ん?


何かがおかしい。


逸る気持ちを一度抑え、改めて戦場を見る。


先程から響いていた地響きのような音。

あれは、アイリーンの仕業だったらしい。


金属製の鎧を身に纏っているはずなのに、まるで重さなどないように動き回っている。


彼女が腕を振るうたび、ガチョウ魔獣もペンギン魔獣も、消し飛ぶように魔石へ変わっていく。


剣を振るった瞬間は見えなかったが。


スライムの分身は、胸ごと身体全体を破壊され、液体すら残さず塵になる。


飛び散ったガチョウ魔獣やペンギン魔獣の魔石へ、別の分身が数滴の液体を垂らす。


魔石が金色のスライムを吐き出して、寄り集まって、すぐに新たな分身が形作られるが、それすらアイリーンに魔石ごと砕かれ、何も残らない。


それはもう、戦いではなかった。


ただの蹂躙だ。


大群に囲まれているというのに、アイリーンの表情には一切の焦りがない。

機械のように敵を処理し続けている。


むしろ、焦っているのはスライム側に見えた。


どう考えても避ける空間などない量の攻撃が、アイリーンには擦りもしない。


避けられ、見切られ、いなされる。


アイリーンへ攻撃した個体も、まだ何もしていない個体も関係なく、次々と彼女の手で屠られていく。


「……金色スライムって掴めるのか」


「無属性の応用だろうね」


マシロが即座に答える。


「自分の身体を強化する要領で、相手の身体も硬くする。流動する身体を一時的に掴めるようにして……投げるってところかな」


「…………誰を助けに来たんだっけ?」


「……さてな」


ヴィルの若干引いたような声が、妙に心に残った。


本当に、何をしに来たんだっけ。


「ここに本体はいないみたいだし、すぐ戻るよ」


マシロが踵を返し、仮拠点と思われる方角へ歩き出す。


一瞬遅れて我に返った。


「えっ……でも」


流石に一人は……とアイリーンの方を見る。


その瞬間、彼女が近くの巨木を蹴っただけでへし折り、そのまま魔獣の大群へ投げつけた。


哀れなガチョウ魔獣が何匹も下敷きになり、魔石へ変わっていく。


「……大丈夫そうだな」


彼女なら、蠅魔獣にも正面から殴り合って勝てたのではないだろうか。


だが、“俺”と一緒に戦っていた時は、ここまでではなかった。


“僕”の記憶を探る。


普通に強い。

だが、ここまでイカれてはいない。


そんな結論しか出てこない。


「それより、君の正体が彼女にバレたら、あの魔獣達みたいに殺されちゃうから気をつけてね?」


マシロの言葉に、身体が冷える。


もう一度アイリーンを見る。


その戦いぶりには、鬼神の如きという言葉が相応しかった。


「勝てる気しないな……」


まともに戦いになるかすら怪しい。


胸が苦しくなる話だ。


言えば、彼女に殺されるかもしれない。

言わなければ、ずっと“僕”だと嘘を吐き続けることになる。


“俺”が彼女より強ければ、手を出すなと脅すことも――決してする気はないが――できたかもしれない。


だが、これでは絶対に無理だ。


迷いと後ろめたさに沈む“俺”の心を責め立てるように、アイリーンから離れてもしばらく轟音は響き続けていた。


**************


Side レイ


「拠点に着いた……」


図体だけ大きくなった弟分のロアを、確かモーブという奴と一緒に支えながら運んでいる。


拠点は変わらず負傷者の対応に追われており、酷くごちゃついていた。


「外出たんなら様子を教えろです!」


黒班の腕章を付けた、明らかに周囲より若い桃色の髪の少女が話しかけてくる。


「チッ……答える必要はないだろ。さっさとこいつを緑班の連中に見せるぞ」


「そうだな」


「無視するでねぇです!」


抗議する桃色の少女を無視して、緑班の元へ向かう。


広間の一角には布が敷き詰められ、負傷者の治療が続いていた。


腕を失った者や指のない者もいるが、登塔家達も慣れたものだ。

落ちた指や腕を支えながら、水魔術で繋いでもらっている。


負傷者の対応に追われているせいか、ロアの優先度はそれほど高くない。


だがエルもいる。

ひとまずは安心か。


ロアを簡易的な寝台へ寝かせる。


「では、私はロアの治療をしていますから」


「じゃあ頼む……ん?」


さっき抗議してきた桃色の髪の少女が、遠くに見えた気がした。


そのまま左側の居住区へ消えていく。


さっきまで近くにいたはずだが……。


周囲を見渡す。


まだいる。


「だ〜か〜らっ! 外の様子を聞いてんです!」


畏まっていない敬語で、黒い頭巾を被ったモーブへ食ってかかっている。


他の登塔家も黒班の連中も、そのやり取りを眺めているが、止める気配はない。


「内街の奴に聞けよ……まだ帰って来てないけどな」


心底面倒そうに答えているが、少女の言うことにも一理ある。


周囲の人間が聞き耳を立てているのが分かる。

外の状況を知りたいのは、どの陣営も同じらしい。


「それがおかしいって言ってんです! ヴィル様とカス女が戻ってこないわけないです!」


「知るか! 胡散臭い女とヴィルって奴は、俺の仲間と一緒にキモい液体魔獣と戦ってるよ!」


「それを早く言えってんです!」


口論は続いている。


だが、それよりも先程見えた桃色の少女が気になる。


確か、左側の通路へ消えていった。


あっちには居住区と調理場しかなかったはずだ。


「フィリ。ちょっとついて来い」


「んあ? 了解っす!」


頭の毛を揺らしながら、事情も分からないまま素直についてくる。


周囲の喧騒から離れ、警戒しながら先へ進む。


槍は構えない。

だが、いつでも手を伸ばせるようにしておく。


似た髪色の登塔家なら、それでいい。


桃色は珍しいとはいえ、俺に化けていた魔獣を見たばかりだ。

過敏になっているだけかもしれない。


違うなら……非常に不味い。


廊下を進んでいると、すぐに異変へ気づいた。


扉が開け放たれたままの部屋がある。


外開きの扉は、非常時以外開けっ放しを禁止されていたはずだ。


恐る恐る中を覗き込む。


登塔家が一人、死んでいた。


剣を抜いたまま倒れ、魔石を入れていたであろう腰袋も身につけている。


さっきまで戦闘中だった。

死体があるだけなら、それほど不自然ではない。


だが、首には絞められた跡が残っている。


苦しかったのか、自分の首を指で引っ掻いた傷まであった。


そして何より問題なのは、その絞め跡だ。


どう見ても魔獣の腕ではない。


人間の手形だった。


「フィリ、気をつけ――」


「ぎゃぁっす!」


扉口から中を覗いていたフィリの身体が、突然後ろへ引かれた。


そのまま廊下へ引きずり出される。


同時に、目の前で扉が閉まった。


閉じ切る直前、一瞬だけ顔が見えた。


無表情の、黒班の桃色の少女。


……そう見えた気がした。


風が動く気配がして、即座に身構える。


扉を閉じたのは、俺にフィリの援護をさせないためか。


それとも、俺をこの部屋へ閉じ込めて何かするためか。


どちらでもいい。


扉ごと壊せば関係ない。


かなり頑丈に作られているが、全力なら破壊できるはずだ。


風の流れが変わる。


急いで飛び退いた。


直後、寝台の下から人間の腕が伸びてくる。


槍を短く持ち替え、ギリギリで払い落とす。


都市防衛隊の奴か。


一瞬そう思ったが、すぐに否定できた。


切断面が黄金に光っている。


明らかに人間ではない。


寝台の下から金色の液体が這い出し、頭、腕、脚と、人の形を作り始める。


斬り払った腕から、槍越しに硬い感触が伝わってきた。


一瞬だけ見えた断面。

その中にあった石は……。


「まさか、魔石か?」


本体も魔石を利用して増えていた。

もし分体まで同じことができるのだとしたら――。


そんな先のことを考える前に、まず眼前の魔獣を殺さなければならなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。