第二十九話 勝利への時間
第29話
耳元で鞭が撓るような音が鳴り、それに付随して空気が悲鳴を上げる。
「あっぶな! ……い」
目の前の金色スライムは腕の形を変え、こちらへ直線的に伸ばしてくる。
それを寸前で避け続ける。
“俺”をすり抜けた腕が周囲の木々に当たり、樹皮が弾け飛ぶ。
冷や汗が止まらない。
まともに胸の魔石へ当たれば、無事では済まない。
「良い的だな」
かまいたちのような風魔術が“俺”達の間をすり抜け、一番後ろにいたヴィルが伸びきった腕を切り飛ばす。
「ふん!」
すぐ近くにいたロアは真っ直ぐ力任せに斬りかかり、レイは僅かな隙を突くように槍を胸へ突き通す。
大剣も槍もなんの抵抗もなく金色スライムの身体へ沈み込み、胴体を簡単に両断する。
胸に穴が開き、上半身がずるりと地面へ落ちて、べちゃりと音を立てた。
「これは……」
だが、すぐにヴィルが切り飛ばした部位も、ロアとレイが攻撃した胴体も、表面の液体が流動して塞がっていく。
落ちた上半身と下半身まで、何事もなかったかのようにくっついた。
魔獣が全員持っている再生とは、また違う。
そもそもダメージが通っていない感じだ。
見た目通りなら、液体に近い性質なのだろう。
「落ち着いて魔石を探したまえ!」
マシロの声で方針が固まる。
そうだ。
魔獣である以上、魔石という弱点は変わらない。
身体のどこかにあるはずだ。
それを聞いて焦ったのか、目の前にいるフィリやロアすらすり抜け、金色スライムがこちらへ駆け出す。
アイリーンが縦に両断し、モーブが氷塊をぶつけるが、身体の体積が減っただけで一切止まらない。
むしろ金色の液体をばら撒きながら、こちらへ向かってきている。
こうも一途だと笑うしかない。
金色スライムが腕を横に振ろうとした瞬間、足元に突然穴が開いて片足だけが沈み込む。
体勢が崩れ、“俺”の頭上を変形した腕が通り過ぎた。
「そりゃ一人狙いは良くないよ」
マシロと『共有』しているという黄班の女が、マシロそのままの口調で言う。
気になるが、後だ。
金色スライムは足を抜こうとするが、マシロ達の工作なのか抜けず、身体を変形させて脱出しようとする。
だが、囲まれたこの状況では明らかに致命的な隙だ。
既にヴィルとモーブ、フィリが魔術を準備している。
即席にしては良いチームワークだ。
「あ、あれっす!?」
フィリの手元にぱちぱちと集まっていた電気が、突然霧散する。
何があった?
ヴィルとモーブを見るが、二人も魔術を発射できていない。
「アイリーン!」
「……!」
名前を呼ぶが早いか、咄嗟の反応に任せて目の前の金色スライムへ一緒に斬りかかる。
「!?」
両断してやろうと剣を構えた。
最低でも切り離せば、魔術を放つ時間稼ぎにはなる。
なのに、そこからどうやっても振りかぶれない。
アイリーンを見るが、彼女も同じように剣を構えた姿勢のまま止まっている。
何が起きたのかと考える間もなく、金色スライムはアイリーンを攻撃するでもなく、こちらへ突進してきた。
「危ない!」
鋭いエルの声が聞こえる。
金色スライムの後ろから飛んできた盾が、その頭を消し飛ばし、そのまま“俺”の後ろの木へ突き刺さった。
身体が液体になって飛び散ったが、黒い魔石が一瞬露出して、金色スライムが警戒したのか立ち止まる。
その隙にすぐ飛び退く。
露出した魔石が体内に即座に消えていっていた。
おそらく液体の身体の応用で、体内で的が絞られないように動かしているのだろう。
エルの投擲を見るに、攻撃そのものが全くできなくなったわけではなさそうだ。
「助かったよ!」
「まだ終わってないです!」
エルに叱咤される。
だが、どうすると言われると…。
どうやら奴の能力は、魔獣を操ることと変身だけではないらしい。
“俺”達の攻撃を受け止めるというより、出させないようにする能力。
まだ他にもあるとしたら、相当厄介だ。
「! 魔獣が来る」
アイリーンの一声で、さらに緊張感が高まる。
言われるまでもなく、地響きのような軍勢の足音が聞こえてきた。
勘違いであってほしいが、二層にいた地を走る鳥か。
答え合わせはすぐに来た。
ダチョウのような顔つきの鳥魔獣が、木々の間を抜けてくる。
決して少なくない数が木に激突し、血を吹き出して魔石を残し消えていく。
およそ普通の生き物ではあり得ない。
これでは、ただの集団自殺だ。
別にこの鳥魔獣に思い入れはないが、見ていて気分の良いものではない。
ぶつかって死に損なった個体も、後続に押し潰され、すぐ魔石へ変わっていく。
こちらまで辿り着いた数少ない鳥魔獣も、即座にアイリーンに斬り捨てられていた。
「何がしたいんだコイツ……」
酷く不気味だ。
仲間というわけではないにしろ、戦力を減らす理由はないはずだ。
金色スライムは警戒する“俺”達を尻目に、落ちた鳥魔獣の魔石へ近づき、自分の身体の一部を分け与える。
魔石に付着した液体が、いやに脈打つ。
次の瞬間、粘土細工のように捻り曲がりながら、少しずつ姿形を作り始めた。
まるで、その魔石を元に自身の身体を再現しようとしているみたいだ。
立ち上がったのは、狐面こそしていないが、人型のマネキン。
……魔石から自分の分身を作ったのか。
もしかして、“俺”を執拗に狙っていたのも、胸に魔石があるからなのか。
「アイリーン! あいつに分身を作られないよう、地面に落ちてる魔石を粉々に砕いてくれ!」
恐らく一番素早いアイリーンに任せ、“俺”は金色スライムへ剣を構える。
アイリーンは一瞬不安そうにこちらを見たが、是非も言わず木々を抜けて鳥魔獣の方へ走っていく。
その後を追って、分身も走り出した。
多分大丈夫だ。
信じるしかない。
「ヴィル、魔術はどうだい?」
マシロが近くにいたヴィルへ尋ねる。
ヴィルは小さく頷いた。
「どうやら、同時に止められる行動は一種類までのようだね」
止められるのは、魔術を放つことや剣を振るこそういう行為ということか。
同時に一種類なら、まだ希望はある。
魔石の場所は分からないが、存在するなら攻撃し続けていれば、いずれ壊せるはずだ。
「うおおおお!」
ロアが叫び声と共に大剣を思い切り振るおうとする。
だが、振りかぶった姿勢のまま動かなくなった。
「面倒い敵っすね!」
その瞬間、フィリが指先から電撃を放つ。
金色スライムはぐにゃんとU字に身体を変形させ、電撃を避けた。
その姿勢のまま無防備になったロアの腹へ腕を伸ばすが、すぐに飛び退く。
「マジっすか!」
飛び退いた先へ、先ほど避けたはずの電撃が戻ってきて地面へ当たり、消える。
避けられる前提で撃っていたらしい。
抜け目ないというのか、なんなのか。
しかし、今ので分かった。
止められるのはこちらの行動だけで、既に放たれたものには干渉できない。
干渉できるなら、電撃を止めてロアを刺せば良かったからだ。
そうでなくても避けるということは、少なからず電撃が有効なはず。
確実に追い詰めてはいる。
だが、状況は全くこちら有利ではない。
先程の魔獣の群れとの戦いから、まだほとんど時間が経っていない。
当然、魔力も十分には回復していない。
短期決戦が望ましい。
だが相手は、ダメージを無効化する液体の身体。
放っておけば増える性質。
魔獣を操る能力。
こちらの行動を阻害、あるいは止める能力。
……露骨に時間稼ぎ特化だ。
そして何より面倒なのが、決して放置できないこと。
数少ない魔力を絞り出し、水の触手を二本だけ作る。
金色スライムの狐面からは、余裕の色も焦りも全く読み取れない。
「アル、時間を稼げ。マシロと俺で、魔力を使い切ってでも一撃叩き込む」
ここはヴィルを信じるしかない。
どうせ、“俺”にできることは少ない。
「どれくらいかかる?」
一時間とか言われたら絶対無理だ。
「十分くらいだ」
「十分……十分ね」
いけるか、相当不安だ。
だが、アイリーン以外の面子はいる。
胸を張って言えないが、できるはずだ。
深呼吸して剣を構える。
結局、囮をやる羽目になるとは。
身体から緊張をできる限り取り払い、金色スライムへ接近する。
それに合わせるように、向こうもこちらへ向かってきた。
横薙ぎに振った左腕が変形するのを見て、全力で跳ねる。
そのまま空中で一回転。
浮遊感と疾走感を感じながら、無防備になった金色スライムの背中を剣で斬れ――なかったので、水の触手で殴りつけた。
身体の一部のように感じる水の触手が表面へぶつかる。
だが、こちらの水触手が負け、敵の表面へ僅かな傷をつけるだけで終わった。
効果はない。
そこまでは期待していない。
「モーブ!」
「分かってるよ!」
濡らした部分を、モーブが即座に凍らせる。
霜が浮いた辺りで中断されるが、金色スライムは明らかに嫌そうだ。
「時間稼ぎ……時間稼ぎ……」
剣を構え直す。
脳内で数えてみる。
まだ十秒も経っていない。
ここからが本番だ。




