第二十六話 化ける魔獣
生き残った人達はエントランスに集まって、とても生産的な会話をしている。
肝心のマシロは、火事の調査中だ。
青色の腕章を探すが、負傷者や伝令が入り混じっており、誰が誰だか分からない。
「ふざけんな! 食いもんがねぇってどういうことだ!?」
「で、ですから魔獣達が火を……」
「二層に火を使う魔獣なんていねぇだろ! テメェらの誰かが手元狂ったんだろうが!」
赤班の大柄な男が、補給担当の緑班の少年の胸ぐらを掴み、今にも殴りかかりそうになっている。
戦いの直後だからか、興奮しているのだろう。
エントランスには未だ目測で八十人くらいは生きているが、その大半が負傷しており、表情は絶望的だ。
魔獣の進攻で手一杯なのに、食料問題まで浮上してきた。
混乱するのも無理はない。
「俺達は命懸けで仕事してるってのに、テメェらは役割もこなせねぇのかよ!?」
流石にこれ以上は気が滅入りそうだ。
「……まぁまぁ、落ち着いて」
ここで暴力沙汰は不味い。
ただでさえみんな限界なのに、起爆剤まで投与されたら、いよいよパニックだ。
「あぁ? ……チッ、役割も分かんねぇ青班は黙ってろよ」
それは別に“俺”のせいでもないのだが。
白けたのか、怒るのもエネルギーの無駄だと新発見してくれたのかは分からないが、男は緑班の少年を手放して去っていく。
「……おい。こっち来い」
ヴィルが“俺”を見つけ、腕を引っ張る。
正直気は進まないが、ここにいるよりはマシそうだ。
ヴィルに連れられ、調査のため人払いされている廊下を進んでいると、声が聞こえてくる。
「どうやら、本当に火を付けられたようだね」
場所すら知らなかった食料庫に近づくと、まだ燻った焦げ臭さが鼻を刺し、熱気すら残っているような気がした。
焦げた穀物の臭いに、胃がひっくり返りそうになる。
煙臭さと、黒く焦げた何かの破片が、食料が完全に焼却されたことを嫌でも伝えてくる。
その中にマシロは立っていた。
……転生者って、食料を摂る必要はあるのだろうか。
「油も撒いて、火力もバッチリ! ついでにほら」
マシロが黒焦げの中から何かを拾い、見せてくる。
「うげ……」
……人間の指だ。
黒焦げになっているが。
異世界に来てから耐性がついてしまったのか、普通に直視できてしまっている。
「多分目撃者、なんだろうね。あるいは犯人か。まぁ状況的に犯人ではないだろうけどね」
火を付けたところを見られて、目撃者を殺した?
……それじゃあ、まるで見られたくなかったみたいだ。
「……もしかして、魔獣が犯人……じゃない?」
魔獣なら、ただ殺すのは分かる。
火を付けるのは正直分からないが、偶然という可能性ならまだ考えられる。
だが油を撒いて燃やし、目撃者まで始末した挙げ句、その死体まで焼いたとなれば、完全に人並みの知性を持つ存在の仕業だ。
そしてこの場には、人間しかいないはずだ。
「……さぁ? 犯人がナニカは、特定した後に判断しよっか」
「……分かるのか?」
「燃やすだけなら、私でも視界に入ってれば楽ではあるけれど、油を撒くのは流石に遠隔じゃ無理だよ」
……つまり物理的に油を撒ける人物以外は、ひとまず白と見ていいのか。
協力者云々まで考えれば無限に広がるが、ある程度は決め打ちしていかないと何も分からない。
「それでも容疑者多すぎないか? そもそも登塔家の中にいると決まったわけでもないしな」
ヴィルが口を挟むが、実際そうだ。
容疑者は生き残った八十人前後……だけではない。
単純に、知性のある魔獣という可能性もある。
なんなら“俺”達は黒焦げの死体を目撃者と決めつけているが、この人自身が犯人だった可能性すらある。
「んー、そうなんだよねぇ……」
流石のマシロも唸る。
指紋なんて便利なものもなく、監視カメラも異世界にはない。
人の証言は信用できず、物的証拠なんて夢のまた夢。
それに加えて、魔術とかいうなんでもありな力まである。
つまり、何も分からない。
「じゃあ、相手の目的から考えてみよっか」
マシロが思考を切り替えるように、目の前で手を叩く。
「目的? ……って、食料を燃やして餓死させようってことじゃないのか?」
わざわざ食料を燃やすなんて、それくらいしか思いつかない。
「それには致命的な欠陥があります。なんでしょうか?」
「……補給だな。ここは塔の中とはいえ一層だ。補給の緑班も全員が塔に入ってるわけじゃない。補給する時に、外の連中が異変に気づく」
ヴィルの言葉を聞いて、ハッとする。
勝手に陸の孤島扱いしていたが、そんなことはない。
食料自体は外から搬入されているのだ。
他の登塔家や、それこそまだ来ていない都市防衛隊がいれば、無数の魔獣に隔てられているとはいえ、突破自体は決して不可能ではないはずだ。
「そうなんだよ。これを元に考えてみると、幾つか予想が立てられる」
マシロが三本の指を立てる。
「一つ。敵は恐らく魔獣。あるいは事情を何も知らない人間。まぁ、私が最初に懇切丁寧に説明したから、多分登塔家ではないね。
ただ狙いが別にある場合は人間かもね。
ただそこは言い出したらキリがないし、除外して考えよう。
二つ。最低限、兵糧攻めを思いついて実行できる知恵がある。そして、ある程度魔獣を操る能力を持つこと。
三つ。目撃者を殺していることから、“見られたら困る”性質、あるいは姿であること。火の発見を遅らせるだけなら、反対側にでも魔獣を呼べば良いだけだからね。死体まで燃やす必要はないよ」
要点を纏めていくマシロに、悔しいが素直に感心する。
「……つまり?」
ヴィルの態度は変わらず、早く結論を言えと急かしているようだ。
マシロは小さく嘆息する。
「……はぁ。つまり、これは大魔獣の仕業。人に変身する能力、あるいはそれに近い力。それか、人を操作する能力があるってことだよ。私の予想だと、変身の方だね」
そこで、黒焦げになった死体へ視線を向ける。
「今は多分、この黒焦げの死体の誰かにでも変身してるんじゃないかな。人間の身体って燃えにくいんだよね。こんなカリカリになるまでだと、食料を燃やすより大変だ。わざわざ顔も体型も分からないほど燃やしたってことは、そういうことなんだろうね」
黒焦げの指をじっと見つめる。
生きていた時の姿。
身長や体型。
男か女か。
検視の専門家でもない“俺”に、そんなものを想像できるわけがない。
「……転生者みたいだな」
自己嫌悪と、これをやった犯人への怒りが口から漏れ出る。
殺して、成り代わる。
その一点だけなら、これをした大魔獣とやらも、ここにいる“俺”達も何も変わらない。
「……そうかもしれないが、少なくともこれの犯人とは決定的に違う部分があるぞ」
ヴィルが、ただ真っ直ぐこちらを見つめてくる。
「……違う部分って?」
「俺も、この身体の元の持ち主も、やりたいことは一緒だった。それが大魔獣との違いだ。お前は違うのか?」
…………分からない。
“俺”のアル……“僕”の記憶は完璧ではない。
だから、彼のやりたいことなんて分からない。
……“俺”には、“俺”のやりたいことだって分からない。
“俺”自身の記憶も完璧ではない。
家族や元の世界のことが、上手く思い出せない。
だが……。
「一緒……だと良いな」
塔の頂上には、願いが叶う何かがあるらしい。
“僕”はずっとそれを求めていた。
その願いが分かれば、何かが分かる……だろうか。
「アルについて知りたいなら、アイリーンに聞くか、外街に行ってみたらどうだい?」
マシロが唐突に口を挟んできた。
右目の水色がやけに強く感じられ、少し驚く。
アイリーンに聞くのは……論外。
となると。
「……外街に?」
前々から気にはなっていた。
確かに、失った記憶を取り戻すには懐かしい光景を見るのが良い……らしい。
案としては決して変ではない。
観光気分で行くような場所ではないが、行ってみるのも悪くないかもしれない。
「それも、ここを生きて帰れたらだけどね? まぁ、帰るだけなら今すぐヴィルに頼めば帰れるけれど……」
そう言ってマシロが怪しく笑い、ヴィルの方をチラリと見るが、
「断る。俺がそうするのは、本当にどうしようもない時だけだ」
にべもなく断られる。
そりゃそうだ。
ヴィルの『転移』をどう説明する。
使った瞬間、転生者扱いでデッドエンドだ。
この世界の人間からすれば、大魔獣も転生者も大して変わらない。
「犯人は見れば分かるんだけどねー……どう討伐するかが問題なんだよね……」
「うん……うん? うん!?」
またマシロが、とんでもないことを言った気がする。
一瞬、脳が混乱した。
さっきの水蒸気爆発より爆弾発言だ。
なんて言った?
見れば分かるって聞こえた気がする。
さっきの推理の到着点はどこへ?
「記憶もなし、人間のフリをしているってだけの魔獣なら、私なら見れば分かるよ。一度登塔家全員と会ってるから、その時との差異でね」
「もう好きにしてくれ……」
何を言っているのか、まるで分からない。
似たようなことを何度もやっているなら、確かにライザさんのあの反応にも納得だ。
ヴィルを見る。
驚いてはいる。
だが、疑っているような感じではない。
……“俺”も慣れていかなければいけないのか。




