第二十五話 敵の狙い
「なんでこんなことになってるんだよ……!」
飛んできた啄長魚魔獣を水の触手で掴み、潰す。
紫班にいる人間へ擬態する大魔獣とやらも重要だが、そんなことより前線が地獄だ。
胸壁にはアイリーンが一人で飛び乗ったが、ゆうに六メートルくらいはありそうな壁を助走なしで……いや、あっても無理だが。
垂直跳びで飛び乗るのは、相変わらずファンタジーって感じだ。
「黄班! 急いで! 扉を埋め立ててください!」
ライザさんだ。
壁は堅牢だが、扉部分は他よりも脆い。土魔術で重点的に固めているようだ。
「……貴方は、いえ、今は協力をお願いします。土魔術で壁を補強しますので、その護衛をお願いします!」
“俺”に向かってそう言ってくるので頷く。
今は久しぶり、なんて言っている時間も気もない。
「貴方は……その、ご自由に……」
今度はマシロに向かってそう言う。
「そうさせてもらうよ」
こちらに気づいたライザさんは、すぐ何人かの黄班の人員と話した後、集中するように目を瞑った。
黄班は砦の前に集まっており、それを守るように“俺”と赤班の何人かが集まる。
ヴィルやモーブ、フィリの広範囲攻撃組は胸壁に。エルとロアはその護衛。
現状、“俺”とマシロだけがここにいる。
……文句を言っても仕方がないが、なんでこんなことに。
「とりあえず前衛を頼もうかな」
マシロが惚けたような場違いな声で言うが、こっちは既に必死だ。
水の触手を縦横無尽に動かし、ついでに両手でも味方へ当てないよう必死に剣を振るう。
触手で掴む。剣で斬る。その繰り返し。
全力で、無限に思えるほど続けているが、その実、群れの一%も倒せていないだろう。
周囲の人間も頑張ってはいるが、考えるまでもない。
空を見れば分かる。
水の触手は一度生成すれば、後は水を操作する分の少ない魔力消費で済む。
とはいえ、続ければ魔力が枯渇するのは事実だ。このペースなら二時間は続けられないだろう。激戦になれば更に短くなる。
“俺”ですらこうなのだ。
広範囲に魔術をばら撒けば、それだけ消費魔力も増えていく。
前線も後衛も、魔力切れになるのは時間の問題だ。
「避けてね」
マシロの呟きが聞こえ、咄嗟に地面へ転がる。
猛烈に嫌な予感がする。
マシロの周囲を見ると、明らかに電気を纏っており、危険なのは見ただけで伝わってくる。
一体何をしでかそうというのか。
「水?」
マシロの掌の上に水が漂っている。
“俺”のような触手ではなく、どちらかといえば球体で、無重力に漂うように上下していた。
“俺”が認識できたのは、そこまでだった。
閃光。
空気の膨張。
肌を叩く衝撃波。
凄まじい音に顔を顰める。
頭上を、恐らく破損した壁の破片が通り過ぎた気がするが、気にしない方が良さそうだ。
事前に身構えていたとはいえ、今の爆発で吹き飛ばされなかったのは運が良かったのかもしれない。
「マジか……よ……」
顔を上げる。
獣が地面を食い散らかしたような、十メートルほどはありそうなクレーター。
その中心に、マシロが平然と立っている。
そして空から、次々と啄長魚魔獣が落ちてくる。
落ちてくる啄長魚魔獣は、それはそれで凶器だ。
だが、動いていた時ほどではない。
恐らくは爆発の衝撃波が原因だと思われるが、どういう原理……。
そういえば、爆弾で魚を取る漁が現代にはあると聞いたことがあった。
それを魔術でやってのけたのだ。
いや、意味分からない。
掌の上で水を高速で電気分解して、火魔術で火をつける。
爆発の衝撃波で啄長魚魔獣を落とす。
それをやったのは間違いない。
……今更だが、ファンタジーすぎてイカれてる。
空を仰ぐ。
あれほどいた啄長魚魔獣は、目に見えて数を減らしていた。
「ふぅ……まぁ、こんなもので良いかな?」
恐らくそれをやってのけた本人は、相変わらず惚けたような声を出す。
シンプルに最初からしろ。
とは口に出さなかった。
「いや、最初からしろよ」
いや、駄目だ。
やっぱり口から出た。
「大魔獣を警戒してのことだよ。ここまで攻められると、温存していても仕方がないしねぇ……それに溜め長くてさ」
「……流石、ですね」
爆発で作った穴を必死に埋めながら、ライザさんがこちらに顔を見せる。
どうやら彼女も無事なようだ。
黄班の人達もしっかりと土の壁を作って防いでいる。
流石はライザさん。
あの爆発の中で指揮を崩さない胆力は本物だ。
特に、壁を破壊したマシロを褒められる精神性には素直に感服する。
……だが、確かにあの威力と範囲なら、蠅魔獣を殺すこともできそうだ。
一人でこちらに来ていたのは、慢心でも適当でもなく、上手い采配だったのだろうか。
「……さて、大魔獣を探しに行かないとね。空にいるのかとも思ったけれど、外れのようだしね」
マシロの魔術でかなり霧も吹き飛ばされ、開けた空には啄長魚魔獣がまばらに存在するだけだ。
いかにも異質な魔獣は見当たらない。
地上の様子は壁があるため見えないが、突破されていないということは、そこにもいないのだろうか。
「……そもそも本当に出るのか?」
という疑問はあるが、今更疑っても仕方がない。
なんならマシロがアレをあと五回くらい撃てば、魔獣は全滅しそうだ。
思っていたより希望はある。
「アル! ……今のは?」
少し焦った様子で、壁の上からアイリーンが顔を出す。
爆発音を聞きつけたのか、モーブとヴィルも付いてきているようだ。
立っているマシロを見て、ヴィルは何かを察したのか呆れた表情を浮かべる。
「あー、こっちはマシロがどうかしたみたいだ。そっちはどうだった?」
「……鳥魔獣は引いていった」
どうやらあっちも勝ったらしい。
全滅させた、ではなく『引いていった』と答えた辺り、まだ統率が取られている状況なのだろうか。
「マシロ、どう思う?」
この中で一番詳しそうな人物に聞いてみるが、面倒くさそうな表情で首を振る。
「んー、目的は達した……ってとこかな? 中に戻った方が良さそうだね」
ひとまず、魔獣の進行を食い止めることはできた。
……“俺”、何もできてないが。
周囲の登塔家達は、マシロが殺した魔獣達の魔石を集め始めている。
その様子には強かさすら感じる。
集めた魔石は袋や籠に纏められ、そのまま拠点の中へ運び込まれていく。
拠点へ戻ると、ようやく大魔獣の目的を察した。
燃えている。
パチパチと。
ぼうぼうと。
魔獣達が引いていった理由が分かった。
奴らは、火をつけたのだ。
……“俺”達の生存に必須な、食料に。




