第二十四話 Side 一般の登塔家
side 一般登塔家
赤色の腕章を巻き直しながら、溜め息を吐く。
初めてこの拠点を見た時は堅牢そうだと思ったが、その認識は間違いじゃなかった。
その頑丈さに感謝しながら、必死に胸壁の上を走り回る。
眼前には、数こそが有利と言わんばかりの魔獣の軍勢。
こっちは百人前後。今じゃそれ以下だ。
相手の数は、数えるのも馬鹿馬鹿しい。
「おい下げろ! 負傷者だ! 急げ!」
腕に魚魔獣を突き刺された奴が、戦う奴らの隙間を縫って後方へ下げられる。
風魔術で適当に何匹か切り飛ばすことはできるが、軍勢が減った気はまるでしない。
「痛いぃぃぃ!」
「魔力がもうねぇよ!!」
隣の大声にチラリと視線を送るが、大の大人が叫んでいる。
頼りの仲間は、登塔家の寄せ集めの集団。
なんでこんなことになったのか。
内街の都市防衛隊、あのやけに白い子供のせいだ。
いや、それだけじゃない。
内街の奴らに良いように利用されている――そんな気がしてならない。
別に俺も、内街の奴ら全員が悪いなんて言わない。
ただ俺達が、冬に震えながら、凍え死んだ奴の服を火魔術で燃やして暖を取っていた時。
奴らは暖かい場所で、温かい食事を摂っていたのだ。
そんな奴らを好きになれと言う方が無理だ。
三年前、竜が飛来してこの都市を滅ぼしかけた時以降、内街の連中は心を入れ替えたように外街の治安維持に乗り出したが、みんな知っている。
また竜が来た時に戦わせるつもりなんだ、ってことだ。
俺は直接見てはいないが、竜のブレスで外街と内街を隔てる壁がドロドロに溶けていたらしい。
……思考が逸れた。
「急げ! 人員はまだか!?」
目の前の光景に集中する。
飛ぶ魚魔獣は、まだこちらの魔術で散らすことができている。
一匹一匹は大したことはない。だが、数が膨大すぎる。
襲撃から三十分ほど。
頑丈な壁と俺達の奮戦のおかげで耐えることはできているが、それも時間の問題だ。
その瞬間、胸壁が揺れた。
重い物がぶつかった揺れとは、また違う。
「嘘だ……ろ?」
胸壁の隙間から下を覗く。
二層の地を走る鳥魔獣が大量に壁へ激突し、後続に潰されている。
塵になって消える個体もいるが、大部分は生き残っているのか、ぴくぴくと動いていた。
「……! 水魔術を使える奴は急いで押し流せ! 登ってくるぞぉぉぉぉ!!」
こいつらの狙いに気づいて叫ぶ。
前にいる同胞を足で踏みつけ、ただ機械的に登ろうとしている。
あまりにも非合理的で、あまりにも正気じゃない。
土魔術で土台を作るなど、他の方法も奴らには取れるはずなのだ。
とはいえ、魔石を砕かれて死んだ奴らもいるせいで、思うように積み上がれていないのは僥倖だ。
「ごげ」
遠くを見ると、一人が外壁から生えてきたヌメっとした腕に掴まれた。
……また一人死んだ。
空中を飛んでいる、電気を纏った八本足の、魚とも言えないヌメヌメした奴に感電させられたのだ。
「死ねよ!!」
即座に風魔術を放つ。
周囲の人間も合わせ、ソイツへ大量の魔術が叩き込まれる。
ひき肉にすらならず、魔石だけを残して塵になっていく。
「クソが!」
さっき感電死した奴は、火魔術で広範囲攻撃をしていた。
更に状況が悪化したのは間違いない。
心なしか、空中を舞う魚魔獣の動きまで活発になっているように見える。
「何やってるんだ! 早く広範囲に魔術を使え!」
都市防衛隊の服を纏った男が、こちらへ向かって走ってくる。
俺達のお目付け役ってところの木偶の坊だ。
チッ、と心の中で舌打ちする。
使えるわけねぇだろ。
万が一の時、風魔術で逃げるための貯蓄だ。
しかもこいつは戦いが始まってから、胸壁を走り回るくらいしか何もしていない。
逃げていないだけマシとは考えられるが、役には立たない。
だが、そんなことは口にできない。
最悪、都市防衛隊と戦いになる。
今逃げれば、こいつらが生き残った場合、確実に俺は殺される。
事故で魔獣共に殺されることを祈るしかない。
「いっでぇ!」
かなり負傷者が出て、今胸壁に残っているのは二十人前後だ。
そのうち、まともに魔力が残っているのは俺ともう何人かくらい。
幸運にも生きて、負傷した連中も後方へ下げられたとはいえ、傷の回復にはまだ少し時間がかかるだろう。
「……クソが!」
一瞬躊躇う。
だが、選択肢はない。
貧乏くじを引かされたと考えて、残った魔力で竜巻を生成し、魚魔獣共めがけて放つ。
魚魔獣共を巻き込み、鳥魔獣も挽肉に変える。
その代わり、もうほとんど魔力は残っていない。
いくら効率が悪いとはいえ、馬鹿みたいに壁へぶち当たり、生き残った鳥魔獣を踏み台にして、ついに最初の一匹が胸壁まで登ってくる。
そのまま近くにいた登塔家へぶち当たった。
「ぐが!」
あまりにも情けない声を上げて吹き飛び、首が滅茶苦茶な方向へ曲がる。
恐らく、絶命した。
その後から次々と鳥魔獣が胸壁へ乗り込んでくる。
木偶の坊も、まだ動ける何人かも武器で応戦する。
だが倒しても倒しても登ってくる上、今まで魚魔獣の対処だけでもギリギリだったのだ。
鳥魔獣にまで対応する余力は、もう胸壁にいる俺達にはない。
目の前まで迫った鳥魔獣を、ぼんやりと見つめる。
「終わったな」
終わりだと認めると、案外あっさりしたものだ。
怖いという感情すら余計なものに感じて、身体に力が入らない。
「クソが」
内街も、塔も、魔獣もクソだ。
さっさと辞めれば良かった。
辞めても金もない。何もない。
そう考えてズルズルと続けていた代償だ。
一緒に登塔家になろうと思った家族は、一層でもうとっくに死んだ。
「邪魔」
目の前の鳥魔獣が、一瞬の内に真っ二つになり、臓物を晒す間もなく消えて魔石だけになった。
何が起きたのか全くもって理解できないまま、いつの間にかそこにいた人間の後ろ姿を見る。
そこにいたのは、美しい少女。
黄金のような綺麗な金髪。
幾つもの赤を混ぜたような瞳。
前時代的な、頭だけを出した金属鎧。
そこに青い腕章を着けている。
放心状態のこちらを一瞥し、興味がなくなったのか外壁を凄まじい速度で駆け抜ける。
通り過ぎた場所の鳥魔獣が、まるで最初からそこにいなかったかのように、魔石だけを残して消えていく。
身体に魔力を通して、どうにかその姿を捉える。
恐らくは、剣を振るっているだけだ。
ただ俺には、速すぎるだけで。
「なんだあれ?」
都市防衛隊の隠し玉だろうか。
そういえば役割は不明だったが、青班とかいうのがあったな。
……あれが敵じゃなくて良かった。
そんな当たり前のはずのことが、なぜか妙に怖い。
今の彼女なら、俺達全員を殺しても、きっと誰にも止められない。
……生きて帰れたら、登塔家なんて辞めよう。
あの速度が必要な危険な場所なんて、二度と来たくない。
孤児院でも作ろう。
冬は凍えず、暖かい場所を。
もっと早く、そうしていれば良かった。
生還できれば、だが。




