第二十三話 大規模戦闘
side ヴィル
「マシロ、アレどう思う?」
ここは仮拠点の一室。
俺は先程見た、アルのあの触手を思い浮かべながら聞いてみる。
「あいつの能力は一体なんだ? 想像がつくから優遇してるんだろ?」
転生者としての損傷した部位の再生の速さ。そして、あの水の触手。
能力関連だとしか思えない。
「まぁまぁヴィル、落ち着きたまえ。確かに結構驚いたけどね」
マシロが再び掌から水の触手を二本出して動かすが、すぐにばしゃりと形が崩れる。
ある意味、予想通りの挙動だ。
「はぁ……やっぱりか」
「面白いよね。一本出しても伸ばすとダメだし、二本目以降は崩れちゃう。私のイメージが腕だからね。残念ながら私の腕は二本しかないんだよ」
「じゃあなんだ? あいつの腕は八本あるって? 虫みたいだな」
最近関わりの増えたアルの顔を思い浮かべるが、嫌悪感はない。ただ、なんとも言えない。
少なくとも、どういう意味にしろマシロに狙われていることだけは確かだ。
能力の正体が俺の目的に使えそうなら守るべきだが、使えなさそうなら微妙だ。
悪い奴だとは思わないが、現状では判断に困る。
まぁ、マシロに目をつけられていることだけは心から同情できる。
「俺の能力を使って、塔を登るのは無しなんだな?」
前々からずっと思っていた。
塔を登るだけなら、俺の能力を使えば今よりもっと早く登れる。
「補助以外無し。アル君に登ってもらわないとね」
「まぁいい。分かってるな。約束は守れよ」
「はいはい」
**************
「つ、疲れた……」
魔力消費は昨日よりマシなはずだが、肉体の疲労感が凄い。
フルマラソンした後みたいだ。したことないが。
仮拠点まで無事に戻れた上、倒れなかったのが奇跡と言える。
「水の触手か……」
あの気持ち悪い感覚が蘇り、嫌な気分になる。
とはいえ、それだけ強烈な感覚だったせいで、少なくともすぐ忘れることはなさそうだ。
「寝るか……」
寝て忘れられるものではなさそうだが、寝なければ忘れられないのも事実。
不安を抱いたまま眠ったせいか、また変な夢を見た。
夕暮れが差し込む交差点。
もう何度目かに見た景色だ。
交差点のど真ん中に佇んでいるのも一緒。
この前に見た時より、ほんの少し荒廃しているような気がする。
だが今回は、いつもいた“誰か”の気配はまるでなく、“俺”一人だけだ。
前は落ちていた古ぼけた本もない。
本当に静かな世界のままだった。
そして、誰かに呼ばれて意識が覚醒する。
「アル! 起きろ! 急げ!」
フードを深く被った姿。
悪夢でなければモーブだ。
時刻は、外が霧の森なので分からないが、恐らく朝方だろう。
「んあ? どうかしたの?」
「二層の魔獣どもが攻めてきたんだよ!」
その言葉で完全に意識が覚醒した。
「アル、モーブ、急いで。広場にみんな集まってる」
アイリーンが呼びに来たのを見て周囲を見渡すが、どうやら寝ぼけていたのは“俺”だけらしい。
急いで剣を持ち、エントランスへ向かう途中で水魔術を使って顔をサッと洗う。
既に魔力は回復している。体調的な問題はない。
エントランスには所狭しと人が並んでおり、恐らく今回の作戦で呼ばれた人間は、ほぼ全員揃っているのだろう。
来た時と同じように、マシロが目立つ場所に立っている。
その表情に焦りはない。
「時間がないから手短に言うと、二層の魔獣がこの拠点まで襲撃に来ている。既に赤班の大半、壁の補修をしていた黄班の何人かは、魔獣にやられたと見ている」
どうやら、かなり状況は切迫しているようだ。
既に死人が出ている。
赤班といえば、戦闘力の高い討伐用の人員だ。
「現在、残りの赤班が防衛しながら、黄班が壁を補修してるよ。このままじゃ持たない。というわけで、みんなにも手伝ってもらうよ?」
拒否権はあるのか、なんて言えるわけがない。
というか、あるわけがない。
囲まれているなら逃げ場なんてない。
そんな雰囲気が、“俺”達を包んでいる。
「紫班の残りは、壁があるとはいえ飛魚魔獣も来ている。広範囲の魔術が使える者は外壁から迎撃。剣士は魔術を使う時間を稼いで。ダメそうだったら帰ってきてもいいからね? その場合は死ぬことになるけど」
「黄班は急いで壁と廊下に壕を作って。最悪、中に引き入れることになるからね。緑班は食料を急いで数えて、負傷者が出た場合は引きずってでもここに集めて、水魔術が使える者に治させて」
マシロが口早に指示を出していく。
「黒班は、魔獣が侵入したかもしれないから建物内の警護を。絶対に一人で動かない。青班は私と一緒に。ライザは黄班と前線指揮! 以上! 動いてくれたまえ!」
「「「「了解!」」」」
エントランスに集まった登塔家達が、一斉に慌ただしく移動し始める。
人混みに埋もれそうになるが、そんなことを気にしている場合ではない。
「ど、どうするか……」
流石に経験のない出来事に、パニックになりそうだ。
異世界に来てから経験したものなんて、元の世界で体験したことのないものばかりだったが、今回はまるで戦争のような様相だ。
……違う。
なんとなくで過ごしていただけで、元々この世界は終わりかけの世界なのだ。
叫び出したくなるような恐怖もある。
だが、切り替えなければ。
今はできることをしないと、塔を登るとか言っている場合ではない。
「アルさん! こっち!」
エルの声が聞こえ、どうにか人混みを掻き分けて青班の面々のところまで辿り着く。
既にかなりの人間がエントランスから出ており、黄色の腕章を付けた人達が忙しく動き回っている。
マシロが揉みくちゃにされた“俺”を見て溜息を吐くが、すぐに真面目な顔へ戻った。
「全員いるね? 私達の役割は一つ。元凶の完全殲滅さ。つまりボス討伐……だね」
端的で非常に分かりやすい。
だが、問題しか思いつかない。
「それ……どこにいるんだ?」
エントランスから見える魔獣の大群は、空に隙間が見えないほど集まっている。
マシロに聞いてみるが、“俺”には少なくともボスらしきものは見えない。
「……さぁ?」
「……マシロ。つまりこういうこと? 私達は今からあの中に入って、いるか分からないボス? を見つけて倒す……って?」
アイリーンが呆れた様子でまとめるが、マシロの返事は違った。
「違うよ」
外には、“俺”達を襲った啄長魚魔獣の他にも、空を浮遊する蛸魔獣や、ガチョウのような魔獣がいる。
恐らくペンギン魔獣もいるだろう。
動物園か水族館みたいなラインナップだが、入場料は命だ。
「とりあえず重要なのは、拠点の防衛と考えてくれて構わない。ただ、明らかに“異質”な魔獣がいたら即座に報告してほしいのさ」
異質な魔獣とは、恐らく大魔獣のことだろう。
蠅魔獣を思い出す。
人間の腕や歯が生えているという、どう見ても異様な姿をしていた。
アレが大魔獣というジャンルの特徴なら、見ただけで分かる。
「なんで他の班に共有しないんだ?」
当然だが、他の班にも大魔獣のことを話した方が手っ取り早い気はする。
なんなら討伐に協力してもらった方が、成功率はグッと上がるはずだ。
「じゃあ言ってみよっか。他の班の人に、現状で絶望的なのにボスがいて、ソイツはかなり強いです〜って。なんと都市防衛隊はその存在を知ってました〜って」
それだけ聞くと、火に油を注ぐようなものだ。
「隠してたのか……」
ロアがぼそりと呟く。
ここでも不信の種がばら撒かれている。
確かに、これと同じような不信が大勢に広がれば、百人の精鋭が百人の烏合の衆になるかもしれない。
戦線は崩壊。
逃げられなかった人間は仲良く魔獣の餌だ。
そう考えると、他の人に死んでほしいわけではないというマシロの発言は、多少は信じて良いものなのかもしれない。
まぁ、それも情報を隠していたから起きた問題ではある。
「一つだけ聞かせてほしいです。その“異質”な魔獣を倒せば、この群れも止まるんですか?」
“異質”な魔獣。
元凶。
異なる種類の魔獣の群れ。
ある程度事情を知っていた“俺”でも情報過多だったが、エルはどうにか消化し切ったのか、マシロに質問を投げかける。
「あぁ、そのはずだよ。そこだけは信じてくれて良い」
「……分かりました。なら今は信じます」
「ちょ、良いんっすか!?」
フィリが焦ったような声を上げるが、エルは力強く頷き、すぐに首を横へ振った。
「問答の時間はありません。元凶がいる、なんて嘘をつく理由はすぐには思いつきません。だったら今は、私は信じます」
「〜〜っ! 分かったっす!うだうだ言っても仕方ないっす!そのボス?を倒せばこの大群が止まるなら、やるしかないっす!」
ロアは何かマシロに言いたげな視線を送るが、仲間二人が一先ず納得したのを見て、疑念を棚上げすることにしたようだ。
「とりあえず全員、前線に向かおっか」
マシロは彼らの葛藤など気にしないように、再び仕切り始めた。




