第二十二話 水触手…?
「よし、作戦会議をしよう」
あれからそれはもう、ぐっすりと眠ることができ、気がつけば次の日だった。
そんなことはさておき、とりあえず青班の面々に声をかけ、男組の部屋へ集まってもらった。全員がベッドに腰掛ける。
……いや、なんか余計なのいるわ。
「……なんでいるの?」
“俺”の口から零れた素朴な疑問だ。青班の女子組を呼んだ際に紛れ込んだらしい。
白い服に白い髪。どこからどう見てもマシロだ。青色の腕章をしている辺り、仲間ですアピールだろうか。
「どうぞ? 気にせず続けたまえ。私も青班だからね?」
一同が顔を見合わせる。そういえば、コイツの所属班を聞いていなかった。
最悪だ。
昨日ロアの話を聞いた後なのでそちらの表情を見るが、少し警戒した様子だった。そりゃそうだ。
ヴィルは完全に虚無の顔だ。溜息すら死んでしまったらしい。
「……作戦会議って……あの鳥魔獣のことですよね」
もう完全にマシロを無視することにしたらしい。魔力切れはすっかり治ったエルが聞いてくる。
「そうです。とりあえず対策か何かを考えないと、またああなってしまうかもしれないし……」
泥に引き込まれる感覚を、何度も味わいたいわけではない。
「って言われてもっすよねー。土の中だと電撃も効果ないっぽいっすし」
フィリが心底残念そうに言う。まぁ、水ごと感電して“俺”達まで電撃を食らいかねない。
「火もダメだな。蒸発は論外だ。同じく凍らせてもな」
モーブの得意魔術も駄目らしい。それも確か、昨日も聞いた。
「風魔術も……火魔術も駄目か」
残るのは水魔術と土魔術。一番可能性がありそうなのは土魔術だろうか。
とはいえ、青班で土魔術を使えるのはロア一人だけ。そのロアも昨日、無理だと言っていたので望みは薄い。
もう土魔術を使える他班の人間を引き抜くしかないのだろうか。
そこで、ふと隣にいる白いのを見る。
「ん? そういえばマシロって、土魔術使ってなかったっけ」
少し前、模擬戦の時に地面を固めるのに使っていたはずだ。
「勿論。そのために来てあげたんだからね」
ここに来て、最低値まで下がっていた株が上がってきた。
「……ちなみにマシロの適性魔術は?」
一応、同じ班らしい。多分今日も探索についてくるなら確認しておいた方がいいし、少し興味もある。
「ん? 全属性だよ」
本人は酷く軽く言った。
「えぇ!? 凄いっすね!」
フィリが大声を上げる。
“俺”は一瞬その反応に置いていかれたが、“僕”の記憶を覗いて、すぐに意味を理解した。
無を除いた火、水、土、風の四属性。魔術は大抵一人一属性で、探せば二属性持ちがいるくらいだ。別に二属性使えるから強いというわけではないが、できることの幅は増える。
両利きなら探せばいるが、手足全てを同じように使いこなせる人間となれば、ほとんどいない。そんな確率だ。
“僕”が読んだ本にも全属性持ちについては載っていなかったらしい。“僕”が知っている限りでは、マシロが初ということになるのだろうか。
「だから、鳥魔獣の索敵は任せてくれたまえ」
なんてことだ。“俺”の中でマシロの株がストップ高だ。不信感もストップ高だが。
……なんで昨日いなかったんだ。
多分みんな思っただろうが、誰も口には出さなかった。
**************
一層の階段を登り切ると、再び肺いっぱいに草の香りが広がる。二層だ。
昨日ペンギン魔獣に襲われた場所ではあるが、層全体の雰囲気は変わっていない。相変わらず太陽らしき光が容赦なく照りつけている。
「はぁ……こっちだ」
昨日と変わらず、ヴィルが先導する。行き先はペンギン魔獣のいた湿地帯。
「マシロ、頼むぞ」
対策は正直、マシロ頼りだ。
「任せてくれたまえ」
表情に変化はなく、気負う様子もない。本当に大丈夫だろうかと少し不安になるが、ここで心配しても仕方がない。切り替えて先へ進む。
「ストップ。もう来てるようだね」
マシロの言葉に、全員の足が一斉に止まる。
ほんの少し先の地面から、昨日見たままのペンギン魔獣が飛び出してきた。
「うお!」
即座に剣を抜き、ペンギン魔獣を斬りつける。
昨日はここから大量のペンギン魔獣が地上へ飛び出してきた。だが今日は、他の個体が地中から現れる様子はない。
「ふむ。全員気をつけて。これだけじゃないようだね」
視界の端で何かが動いた気がして、そちらを見る。
絶句した。
空を飛んでいる啄長魚魔獣。それも、大量に。
「マジか……」
無数の魚が空の一部を埋め尽くすほど集まっている光景は、圧巻の一言だ。
「ふんっす!」
隣から電撃が迸り、啄長魚魔獣の群れの一角を焼く。フィリだ。
「アル、早く動いて」
アイリーンが地中から飛び出してきたペンギン魔獣を斬り捨てながら言う。
「あぁ……ああ!」
“俺”以外の面々は、既にそれぞれの魔術や武器を使って敵を倒している。“俺”も置いていかれるわけにはいかない。
必死に剣を振るう。何匹かの啄長魚が腕へ突き刺さるが、すぐに引き抜き、水魔術で癒しているふりをする。
戦いながら周囲を見る。
先頭ではヴィルの風が啄長魚の群れを吹き散らし、密集を崩して突進の威力を削いでいる。
崩れた群れへフィリの電撃が走り、その後ろではエルが傷ついた仲間を水魔術で治しながら、近づいてきた敵を盾で殴り潰していた。
後方ではモーブが両手を掲げ、空気中の水分を一気に凝縮させている。
冷気が白い靄となって広がり、啄長魚達の動きが目に見えて鈍っていく。
“俺”とロアはその中間だ。ロアは巨大な剣を振り回し、前を抜けてきた敵をまとめて薙ぎ払っている。
マシロは一見突っ立っているだけだが、足元の地面が僅かに動いていた。
ただ遊んでいるのでなければ、ペンギン魔獣による地盤沈下を防いでくれているのだろう。
実際、地面は揺れるものの崩れる気配はない。
そしてアイリーンは身体を横向きに回転させ、その無茶苦茶な姿勢のまま啄長魚の群れをすり抜け、次々と斬り落としていた。
水魔術には広範囲への攻撃手段が少ないのが恨めしい。剣で倒せる数にも限度があり、“俺”は敵の数を減らすのにあまり貢献できていない。治療もエルがいれば問題ない。
水を薄くばら撒く程度では援護にもならない。むしろフィリの電撃を妨害することになる。
どうせなら腕があと何本かあれば違ったかもしれない。人間には扱い切れなさそうだが。
「アル、避けて!」
アイリーンの声に咄嗟に振り返る。
「!?」
地面から飛び出してきた影が、“俺”の背中へ向かって突進してくる。
警戒していなかったわけではない。地面から来るペンギン魔獣にも注意を割いていた。
だが、飛び出した影はペンギン魔獣より遥かに細く、速い。
啄長魚魔獣だった。
「しまっ――」
背中。心臓の位置には魔石がある。
“俺”達転生者は、頭を吹き飛ばされても死なないらしい。だが魔石を傷つけられれば死ぬ。
死ぬ。
何度も考えたその一文字が、“俺”の脳内で反響する。
そういえば、“俺”は刺されて死んだのだ。
また刺されて死ぬのか。
そう恐怖した瞬間、
「痛っ……」
頭の中へ石でも突っ込まれたような痛みが走った。
その感覚に従うように、水魔術を起動する。
“俺”の要望通りに現れたのは――足。
いや、水の触手だった。
六本の水の触手が、“俺”の背中から伸びている。
触手の根元が、自分の背骨へ繋がっている感覚がある。水なのに、まるで自分の身体の一部のように神経が通っている気がする。
ぞわりと背筋が粟立つ。
そのうち一本が背中へ迫っていた啄長魚魔獣を掴み、そのまま捻った。
「アルっち! なんっすかそれ!?」
フィリがこちらを見て叫ぶ。
知らない。本当に分からない。
「うわぁ、気持ち悪!」
気持ち悪くうねうねと動く水の触手。
だが――使える。
一本を振るい、啄長魚魔獣へ叩きつける。威力はそこまで高くないようだが、それでも昏倒させる程度の力はある。
しかも一度作った水をそのまま維持しているからなのか、思っていたより魔力消費も少ない。
六本以上へ増やそうとしてみる。しかし増えた分を操作し切れず、形を保てないまま地面へ散らばった。
同じように一定以上まで伸ばそうとしても、操作が追いつかず水へ戻って落ちていく。
傍から見れば、まるで虫みたいに見えるだろう。
それでも使えることに違いはない。
二本の腕と、六本の水の触手。その全てを必死に動かして、啄長魚魔獣を倒していく。
嫌になるほど、水の触手が身体に馴染む。
初めて使ったはずなのに、まるで今までずっと背中から生えていたかのような感覚だ。
一本の触手が空中を這い、モーブの死角から迫っていた啄長魚魔獣を叩き落とす。
「助かった……便利だな。ちょっとキモいが」
一瞬だけモーブが振り返り、ニヤリと笑う。
三本の触手が連携し、啄長魚魔獣を宙で捕らえる。残った一本をその腹へ叩きつけた。
水であるはずなのに、そこには確かに打撃としての質量がある。
自分の腕のように水の触手を動かし、絡め取り、潰す。その不快感に耐えながら戦い続けていると、やがて波が引くようにペンギン魔獣も啄長魚魔獣も撤退し始めた。
やはり連携――あるいは、何らかの形で同調していたようだ。
「危ないっす……魔力、もうほとんどないっすね……」
本当にギリギリだったのか、珍しくフィリも焦った様子を見せている。
「アル、あれ何?」
誰よりも激しく動いていたはずなのに、アイリーンに息の切れた様子はない。どんな体力をしているのか。
とはいえ、答えにくい。
……というか、“俺”自身にも詳しく分からない。
戦闘が終わると、水の触手はパシャリと地面へ落ち、ただの水溜まりになった。
「うーんと、水魔術の……新しい技、かな」
転生者特有の能力かとも一瞬考えた。
だが、『転移』や『共有』、見たことはないが『再生』なんかもあるらしい中で、『水の触手を作る』は流石に違う気もする。
それならまだ、追い込まれた“俺”が咄嗟に思いついた技という方がありそうだ。
「ふむ……こう……かな?」
マシロの掌の上で、“俺”が出したものと似た小さな水の触手が一本動いている。しかもこちらより少し滑らかで、先端が手のような形をしていた。
気持ち悪い。
だが、マシロでも再現できるということは、どうやら本当にただの閃きだったらしい。
「ちょっと気持ち悪かったですけど……」
エルが微妙そうな表情で、掌から水魔術の触手を作ろうとしている。だが上手くいかないらしく、ばしゃりと形が崩れて水へ戻った。
「まぁいいじゃねぇか。気持ち悪いくらいで問題はないんだ。だろ?」
モーブがフォローしてくれる。
……気持ち悪いと言っている時点で、若干貶されている気もするが。
でも、ある意味良かったのかもしれない。
本当に転生者の能力だった場合、マシロとヴィルが口封じのために他の面々を殺す。あるいは、“俺”を殺す。そんな可能性だってあった。
そういう意味では、先程の戦闘で生まれた一体感も、薄皮一枚の下では虚構の上に成り立っている。
絶対に、“俺”が言えた義理ではないのだが。




