第二十一話 外様の感覚
「あれ? お前らも戻ってきたのか?」
仮拠点に近づいたところで、聞き覚えのある声をかけられる。
確か……レイだったか。
フィリ達の知り合いだったはずだ。
スキンヘッドに赤い腕章。
周辺の警備をしているらしい。
「お前らもって、どういうことっすか?」
「どういうことも何も、今朝二層に行った奴の大半がもう帰ってきてるんだよ。帰ってきてない連中もいるがな」
何かの計画かと思いヴィルの方を見るが、ヴィルも少し驚いている様子だ。
この分では故意ではなさそうだ。
「もしかして、他の人達もペンギン魔獣に?」
「……ペンギンが何か分からんが、地中から生えてきた魔獣に沈められそうになった、だの言ってたな」
「…………鳥っぽい魔獣のことを、“俺”の故郷ではペンギンって言うんだ」
そうだ。
こっちに南極なんてないから、ペンギンで伝わるわけがない。
動物系の呼び名は封印だ。
心の中だけにしよう。
その言い訳も若干苦しいが、今はそれどころではない。
「どう思う?」
全員が同じ魔獣に襲われるなど、尋常ではない事態だ。
一層には相変わらず魔獣が出ていないらしい。
「……まだなんとも言えないな。とりあえず報告に戻るぞ」
ヴィルは、マシロに報告するのが嫌なのか渋い顔をしている。
「数時間で出戻りとはな」
モーブが自嘲気味に言うが、それも当然だ。
二層探索は大失敗。
誰かに文句を言われてもおかしくはない。
とはいえ、安全第一だ。
仮拠点へ戻ると、にわかにロビーが騒がしい。
紫色の腕章を着けた登塔家達がごった返している。
そこかしこで武器を研いだり、胡座をかいて食事をしている人がいる。
レイが言っていた、“俺”達と同じく戻ってきた登塔家達だろうか。
どことなく皆、疲れた様子だ。
「ねぇ、すみません。ペ……地面を泳ぐ鳥魔獣に襲われて、ここに?」
青班の面々に断りを入れ、仮拠点の柱にもたれながら泥まみれの靴を脱ごうとしている若い男へ声をかける。
「あぁ……まったくだ。泥の中から急に、バシャッて……ありゃ初めてだ。マジで」
男は頭をかきむしりながら、疲れ切った表情でそう呟いた。
やはり、あの鳥魔獣に襲われた者が大半らしい。
そして誰も、あの魔獣のことを知らない。
「やぁ。災難だったみたいだね」
視界の端に白い姿が見えた。
もしやと思って振り向くと、マシロだ。
いつの間にか近くに立っていたらしい。
「……この後どうするんだ?」
中止……は、どうせないだろうけど。
相変わらず胡散臭そうな笑みを浮かべながら、マシロは聞いてくる。
「大魔獣はいた?」
「鳥……ペンギンっぽい魔獣しかいなかったよ。そいつらに魔力切れまで追い込まれて、逃げてきたんだ」
「ふーん」
ジロジロとこちらを見てくるが、探られて困る腹などない。
……あるにはあるが、コイツには特に隠していない。
「ま、いいや。明日もよろしくね」
言うだけ言って帰っていった。
……もしや、明日までは休んでいていいということなのでは!?
いや、安易な歓喜は時期尚早だ。
マシロのこと、というのも当然あるが、そもそもここは数日前まで魔獣が出ていた第一層だ。
急に消えることがあるのなら、急に現れる可能性もある。そう考えて然るべきだ。
「それで?アル。マシロは何か言ってた?」
アイリーンが聞いてくるが、収穫らしい収穫はない。
少なくとも、現状どうなっているのかは不明だ。
「このとりあえず、今日は何もないみたいだ。休んで良いらしいよ」
「やったあーっす!」
フィリが歓喜の声を上げる。
だが、それ以外の面々の表情は暗い。
なんとなく、まだ終わっていない感覚が残っているのだろう。
あるいは明日、またあの鳥魔獣に遭遇した時のことを考えているのかもしれない。
今日はたまたま上手くいっただけだ。
次はない、とは言わないが、そもそも消費魔力を度外視した作戦だ。
今日のような戦いではあの魔獣に遭遇するたびに出戻りする羽目になる。
探索がメインなのを考えれば論外だ。
「アルはどうするの?」
流石に疲れた、と部屋へ足を向けたところでアイリーンに問われた。
「……? いや、普通に休む予定だけど」
他に何かあっただろうか。
そもそも魔力切れなのだ。
自主鍛錬などできるはずもない。
何か間違えたか、とアイリーンの顔色を窺うが、特段の感情は浮かんでいない。
「……そう。じゃあ、しっかり休んで」
それだけ言い残し、足早に立ち去っていく。
「……?」
マシロといい、アイリーンといい、何故こうも思わせぶりな態度を取るのか。
まぁ、マシロと違ってアイリーンは恐らく“僕”についてのことだろうと予想がつくから、不快感などは一切ないのだが。
「アルなら……どうするか、か」
ぼそりと呟いた“俺”の言葉は、周囲の喧騒に包まれて消えていく。
その言葉は、自分でも酷く他人事のように感じた。
**************
毛布をズラして硬いベッドから起き上がる。
「……寝れない」
大変疲れているとはいえ、今の時間はまだ昼下がりだ。
何より廊下にはまだ人通りがあり、頑丈な壁が声や足音をよく響かせて、とても煩い。
軽く目を瞑って挑戦はしてみたが、難しそうだ。
「よく寝れるな……」
同室のヴィルとモーブを見るが、二人とも眠っている。
ロアは外へ出ていったらしい。
“俺”はまだ何かと慣れていないが、普通に魔獣が出てくる塔で寝泊まりすることが多ければ、こういう環境にも慣れてくるのだろうか。
“僕”なら、あるいはどうだっただろう。
記憶を探ってみると、何かと神経質だったのか、見張りを買ってでて警戒していたらしい。
今寝れないのが身体の習性なのか、“俺”自身の神経質さなのかは判断がつかない。
とにかく寝られない。
寝ていなくても魔力自体は回復するらしいが、効率は悪い。
そこは体力と一緒だ。
「……仮拠点でも見回ってみるか」
そういえば、詳しい構造を知らない。
大魔獣が絶対に来るとマシロに脅された以上、いざという時など来ない方がいいが、備えておくに越したことはないだろう。
金属製らしき扉を開け、外へ出る。
人通りは多い。
外開きの扉は通行人にとってかなり邪魔らしく、怪訝そうな顔をされるが、そこは我慢してもらうしかない。
「すみません」
扉は開けたら閉めないといけないな。
通る人へ軽く謝罪し、扉を閉める。
相変わらず繋ぎ目のない、レンガのような材質の石畳を踏む。
こういうものを見ると、ファンタジー、魔術って感じがする。
「どこに行こうかな」
構造だけでも把握しておこうと思ったはいいものの、どこから見ればいいものか。
「とりあえず端から端だな」
こういうのは難しく考える必要はない。
そう切り替えて歩き始める。
どうやら構造的には一階のみ。
ざっくりと、エントランスから右側の『南館』、左側の『北館』に分かれている。
“俺”達がいるのは左側の北館。
ちなみに北も南も実際には分からないので、完全に“俺”の中だけの呼称だ。
廊下は大体どこも同じような構造をしており、廊下自体に窓はない。
部屋の数は四十ぴったり。
大体同じ班の面々が、四人ほどで一つの部屋を使っているらしい。
北側と南側を分けるエントランスは、恐らく登塔家を集める場所として使うためか、かなり広めに作られている。
エントランスが広いのは分かっていたが、仮拠点全体も結構広い。
来た初日に確認しておけば良かった。
仮拠点の外には、建物を囲むように高い石壁が建てられており、その上には見回りもいる。
魔獣の襲撃が来ても、堅牢な砦として機能することは間違いない。
「ん?」
「おっ、アルっちも探検っすか!?」
「歩いてて大丈夫?」
こんな壁をすぐ作れるなんて魔術って凄いな、などと考えながら壁沿いを歩いていると、見慣れた影が二つあった。
フィリとロアだ。
「“僕”は大丈夫だけど……あー、エルは大丈夫そう?」
「ただの魔力切れなんで平気っす!明日には元気いっぱいっす!今は休んでるっすよ!アルっちが心配してたって伝えとくっすね!」
数時間前に、全員まとめて命の危険に遭ったというのに何一つ変わった様子がない。
魔力切れが起きても元気そうなフィリを見ていると、流石に笑ってしまう。
「あー、アル君はどうしてここに?」
「眠れなくて……気分転換の散歩兼、構造把握ってところです。そっちはどうして?」
「僕達も似たような感じ……だね」
なんとなく微妙な空気が流れる。
この作戦に対する互いの不安感が、目に見える形になったような錯覚を覚える。
「……やっぱり、おかしいですよね」
ロアが口を開いた。
何が、とは言わない。
この作戦についてだと察せる。
「そう……だね」
マシロについて云々を抜きにしても、どうにもおかしい。
「もしかしたら、内街の人達が登塔家達を殺そうとして、この作戦を立てたのかも」
「うん……うん?」
やばい。
急に話についていけなくなった。
「仮拠点もどこか牢獄っぽい雰囲気だし……あの新種の鳥魔獣を使って、登塔家を殺すつもりなのかもしれない。マシロって人も、どこか雰囲気怪しいし……」
「うん……うーん」
なんとも言えない。
マシロならやりそうだし……というのは、ないわけではない。
いや、やる理由が思いつかない。
暫定転生者仲間の“俺”と、完全に仲間であるヴィルまで巻き込む理由はないはずだ。
そもそも本気でやるなら、大人数で固めておかない方が良い気もする。
完全に素人の浅い考えだが。
「そんなわけないっすよ! そんな回りくどいことをする必要はないっす!」
フィリの反論に、そうだ、と手を叩いて賛成しそうになる。
「でも、そんな理由でもないと、ここまで情報を隠す理由はない……と思う」
「うーん、それはそう……っすね」
やばい。
ミイラ取りがミイラになった。
もっと頑張れフィリ。
“俺”が違うと思える最大の理由は、始末する登塔家の中に転生者仲間の“俺”がいるということだけだ。
そして当然、それは説明できない。
……いや、でも。
“俺”だけをそこから逃がすために、ヴィルと同じ班にした可能性だってあるのかもしれない。
俺もミイラになりそうだ。
「……いや、ごめん。そこまで妄想じみてるとは思ってないけどさ」
流石に自分でも無理があると思い直したのか、ロアは首を振って意見を引っ込めた。
「……そこが問題じゃないか」
とはいえ、“俺”も含め、誰も本気でその説を信じたわけではない。
ロアの『内街の連中が殺しに来るかもしれない』という、究極的に後ろ向きな考え。
その根底にあるのは、内街に対する偏見と嫌悪なのだろう。
まだ数時間程度の付き合いで何が分かるんだ、とは思う。
だが現状を見る限り、普通に優しそうなロアやフィリですら、内街や都市防衛隊――特にマシロへの不信感は根深いということなのだろうか。
まぁ、マシロへの不信感は“俺”も着実に溜めているが。
正直、“俺”にはどちらも外様という感覚がある。
元の世界――現代ですら、差別なんてものとはあまり関わらずに生きていた。
ほぼスラムだった外街と、優雅な暮らしをしていた内街。
“僕”は外街出身だが、記憶の限りでは特に内街への偏見はなかったようだ。
“俺”は言わずもがな。
「……フィリ。ロアって、内街関連で昔何かあったの?」
こっそり耳打ちして聞いてみる。
フィリはほんの少し躊躇するように紫紺の瞳を揺らした後、観念したように語り始めた。
「んー、私達の孤児院の院長がいて、まぁその人がなんやかんやあったんっすけど……孤児院の私達の妹弟分を、内街の連中に売りさばいてたことが判明したんっす」
……重い。
フィリの口調は軽いが、話の内容があまりにも重すぎる。
人身売買。
現代日本に住んでいた“俺”にとっては遠い話だったが、異世界に来てこんなヘビーな話を聞かされるとは。
どういう反応をすればいいのか分からない。
多分、今鏡を見れば困惑した表情を浮かべていることだろう。
「……えっと、その……なんていうか」
「いいんっすよ! 珍しい話でもないっすし。むしろアルっちは、そんなことなかったんっすか?」
珍しくないのが怖いのだ。
ある意味、魔獣より怖い。
普通に外へ出たくなくなってきた。
「なかった……かな」
“僕”のそこら辺の記憶は、何故か抜けている。
何も思い出せない。
――揺れる火。
記憶の中で、何かが燃えている。
ナニカを思い出しそうになるが、寸前のところで消えてしまう。
“僕”の記憶の中で、何かが燃えたのだろうか。
そういえば、“僕”が“俺”へ代わった時に戦っていたのは火蜘蛛の魔獣だった。
それに関する記憶だろうか。
「まぁロア。考えすぎだよ。マシロは確かに嫌な奴だけど、ヴィルやライザさんはまともだよ」
ごめんマシロ。
全部のヘイトを引き受けてくれ。
『嫌だ』
と脳内のマシロが言った気がしたが、知らんぷりだ。
「そうかな……」
ロアは考え込む様子を見せた後、首を振ってその考えを払った。
自分でも飛躍した考えだった自覚はあるのか、そこまで強固に主張するつもりはないらしい。
大人だ。
「アルっち、ナイスっす」
フィリから謎の賞賛を浴びながら、“俺”は部屋へ戻った。




