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第二話 “僕”として

『転生者』


突然人に寄生する、異世界から来る魔獣。

固有の特殊な能力を使い、寄生した相手の立場や能力も使うことができる。


人の心臓の位置に魔石があり、その魔石を破壊することで殺すことができる。

仮に頭を破壊しても、時間が経てば再生する。


誰でも突然なりうる最悪の魔獣。

執筆時点で、見分ける方法は発見されていない。


――と、本には書いてある。


「………」


“僕”の記憶を見て理解していた内容だったが、今更ながらに実感が湧いてきて、背中に嫌な汗が伝う。


「…いよいよ誰にも言えないな」


誰かにうっかりでも漏らした瞬間、そいつが殺し屋に早替わりである。


「特に違和感とかないよな」


胸に魔石がある、と言われて体内を意識してみてもぴんとこない。

胸を切り開けば分かるのかもしれないが、流石に自重する。


試しに剣で手のひらを軽く切ってみる。

説明通りなら治るはずだ。


西洋剣とはいえ意外に切れ味が良いもので、押し当てただけで結構深く切れてしまった。


血の気がサッと引き、一瞬焦りを覚える。


だが傷口の周りは数秒としないうちに肉が繋がるように塞がり、血の跡だけが残った。


呆然とそれを眺める。

間違いなく、人外の証拠だ。


少なくとも本に書かれていることを笑い飛ばさず、受け入れるには十分すぎる証拠だった。


「“俺”はどうするべきなんだろうな」


誰かに相談するのも無し。

このまま“僕”のフリを続ける気概も無し。

何より、死ぬ気なんて絶対にない。


もう二度と死にたくなんてない。

あんな思いはしたくない。


ないこと尽くしである。


ふと、僅かすぎる希望に気がついた。


「そっか。他に転生者がいるかも…か…」


本を読むに、今まで一人しか来たことがないというわけではなさそうだ。


少なくともこの世界には、若干現代文明の気配を感じる物もある。

それが単に魔法と科学の違いによるものなのかまでは、流石に分からない。


もしかしたら、他の転生者が元の世界に戻る方法を知っているかもしれない。


「探す方法もないんだけどな…」


それらしい人に、


「転生者ですか!?」


なんて聞けるはずもない。


仮にそれで、


「そうです!」


と答える人がいたとしても、流石にこちらの正体を明かしたくない。

相手だって同じように警戒しているはずだ。


「…今は考えないでおこう」


この場所から逃げるにしても、限られた都市の中で逃げ切るのは無理に近いだろう。

無論、都市の外には魔力災害もある。


結局、逃げたところで長くは生きられない。


よしんば上手く逃げたとして、見つかった時の上手い言い訳も思いつかない。


「固有の能力ってなんだ?」


“俺”が生きていくには、大事になる要素だろう。


異世界転生といえばチート能力だろうか。

変身能力とかなら両手を上げて歓迎するが…。


「時よ!止まれ!」


チート能力の代名詞と言っても過言ではない。


“俺”はそう虚空に叫ぶ。


虚しく部屋に響く声。

勿論、時間は止まってくれない。


時間が止まってくれれば、“俺”はきっと救われただろう。


考え事をしていたせいで、ドアをノックする音に気がつけなかったこと。


叫んだ瞬間、ドアが開けられたこと。


約束の時間を過ぎていたこと。


狭い扉の隙間から、金髪赤目と黒髪黒目の男女が覗いていたこと。


いや…時間停止はおそらくできたのだろう。


“俺”とアイリーンとモーブは、見つめ合ったまま硬直しているのだから。


「…時よ…再始動しろォ…」


羞恥を隠すように引き攣った笑いを浮かべ、小声で零す。


こちらを笑いながら見つめる二人には、きっと聞こえなかったはずだ。


だって時間は止まっているのだ。


そう思うことにした。


「アル…お前にあんな趣味があったとはな…いやぁ…恥ずかしいなぁ?」


相変わらず黒いフードを被ったモーブが、随分と楽しそうに顔を歪めて揶揄ってくる。


「…えっと、うん…」


アイリーンが何かフォローしようと口を開くが、小さな笑いが漏れている。

時々抑えようと努力しているようだが、どうやら無理らしい。


ただの奇行と捉えられていてバレなかったことに少し安堵しつつ、“僕”には心の中で猛烈に謝る。


「忘れてくれ…」


転生者には特殊な能力があるらしいが、記憶を消す能力とかなら今まさに出番である。


「そう言えば今どこに向かってるの?」


話を変えてやろうと、別の話題を切り出す。


「プハッ…飯屋だよ飯屋」


“俺”が口を開くたび面白くて仕方ないらしい。

噴き出して咄嗟に口元を抑える態度からは、改める気は感じられない。


「笑うな!」


「アル、うるさい。着いたよ」


アイリーンが指を差す先には、先程通った通りとは少し離れた場所に、シックな雰囲気の店がある。


現代にあっても違和感がなさそうな、喫茶店らしき外観だ。


扉に手をかけ、ゆっくりと押す。


からんからんとベルの音が、喧騒に包まれた店内に鳴り響いた。


給仕中らしい暗いオレンジ色の髪をした、柔和そうな顔の女性がこちらに振り向き、ニコリと笑いかけてくる。


「いらっしゃいませ!何名さまですか?」


「3名です」


人数を伝えると、テキパキと席に案内され、木の板で出来たメニュー表を渡される。


店の中はそれなりに混んでいる。

ちらほらと武器を持った、厳つい登塔家らしき人間もいる。


「注文が決まったら呼んでくださいね!」


そう言い残して、女性は他の席へ給仕に向かった。


メニュー表を見て困惑する。


知っている料理の名前がない。


いや、字自体は分かる。

使われているであろう肉が分からない。


「ジュネーの唐揚げってなんだよ…」


そっと“僕”の記憶を探る。


どうやら“俺”の世界でいう鶏っぽい生き物らしい。


“僕”も聞いたことがあるだけで食べたことはないようで、味の想像まではできない。


「……何がいいのかわからん」


アイリーンとモーブの方を見ると、どうやら二人は決まったらしい。


アイリーンが先程のオレンジ髪の給仕を呼び止める。


「ジュネーの唐揚げください」


「あ、じゃあ“僕”も同じものください」


よく分からないメニューの時は、必殺『じゃあ同じ物を』である。


よく分からない物でもこれなら対応できる。

同行者がいる時に限り。


問題は、何が来るか分からない点くらいだ。


でも鶏系の、たぶん唐揚げなら大丈夫だろう。


「はい、どうぞ!」


オレンジ色の髪を揺らし、給仕の女性が“俺”達の目の前に皿を置く。


陶器の皿には、これでもかと唐揚げが盛られている。


食欲を唆る香り。

揚げたてであろうことが分かる艶。


ところで“俺”が思うに、食欲というものは見た目と匂いがすごく大事だと思う。


味は絶品でも、ゴキブリの見た目は勘弁してほしいと思うのは“俺”だけではないはずだ。


無論、コレがゴキブリの見た目ということはない。


あくまで例え話だ。


匂いは凄くいいし、見た目も普通の唐揚げっぽい。


…強いて言うなら、色が綺麗な青色なことくらいか。


眼前に座るアイリーンとモーブは、さぞ美味しそうに表情を綻ばせ、豪快に手掴みで食べている。


「…美味しい?」


「ん…美味しい」


「美味いに決まってるだろ」


美味しいらしい。


“俺”は決心してジュネーの肉に手を伸ばし、口に運ぶ。


食欲減退色を丸出しにした肉に歯を通すと、これでもかと肉汁が溢れ出てくる。


「美味い!」


つい大声が出てしまう。


周囲の客に一瞬見られるが、ただのアホだと思われたのか、すぐ顔を逸らされる。


バツが悪くなって顔を伏せるが、美味しいものは美味しい。


「ふふふ、それは良かったです」


いつの間にか傍にいたオレンジ髪の給仕の女性が、嬉しそうに笑っている。


「うちの秘伝のタレを使ったんですよ」


きっと自慢なのだろう。


凄く嬉しそうに、誇らしげに笑っていたのが印象的だった。


三人ともすぐに食べ終わる。


モーブが懐から貨幣扱いの粘土板を取り出して渡すと、受け取ったオレンジ髪の女性が数えてお釣りを返した。


そこだけの光景なら、現代とさして変わらない。


勘定を済ませ、店を出る。


「ほんとに美味しかったな」


モーブも舌を巻く美味しさだったらしい。


「また今度こよう」


二人とも満足げに笑う。


“俺”もまた来たい。


そう言おうとして、


「あ…うん」


生返事を返すしかなかった。


“僕”の…いや…もう“俺”の家の扉を急いで開ける。


部屋の中に靴も脱がずに入り、そのままトイレに駆け込む。


お腹を壊したわけではない。


ただ、気持ちが悪かった。


“俺”が…“僕”の身体で食べた物が、胃から迫り上がってくる。


吐いた。


見た目は完全に水洗式である。


そんなどうでもいいことに思考を流した直後、喉が焼けるように熱くなり、胃酸の酸っぱさが口一杯に広がる。


便器に全てぶちまける。


胃液と一緒に、この気持ち悪さも吐き出してしまいたかった。


気持ち悪い。


そんな感情が渦巻いて、脳を侵してくる。


原因は分かっている。


間違いなく“俺”のせいだ。


今日の肉の美味しさも。

また今度という約束も。


本来であれば、“僕”の物だったはずだ。


少なくとも、“俺”なんて異物はいなかったはずだ。


『遊星からの物体X』という映画がある。


南極の調査チームが、エイリアンに成り代わられていくホラー映画だ。


“俺”は今、そのエイリアンの気分を味わっている。


精神が人でないなら平気だっただろう。


でも“俺”は悲しいくらい普通の人で、他人の生活に成り変わって平然とできるわけがない。


他人の友達。

他人の生活。

他人の記憶。

他人同士の約束。


しかし今はもう、“僕”の物は全て“俺”が乗っ取っている。


だから自己嫌悪で吐きそうだ。

いや、もう吐いた。


“俺”の世界に帰りたい。


「ははは…」


乾いた笑いしか出ない。


そのまま吐き疲れたからなのか。

色々ありすぎたからなのか。

それとも他人のベッドを使いたくなかったからなのか。


自分でも判然としないまま、便器にもたれかかった状態で、意識を失うように眠りに落ちた。


そして、妙な夢を見た。


東の空にはインクをぶちまけたような紅黄色のグラデーションが広がり、その夕日が現代の建造物を同じ色に染め上げている。


明かりの灯っていない、一面ガラス張りのビル。


たくさんのオシャレな雰囲気の店。


建物には、何も映していない大型ビジョンが貼り付けられている。


“俺”はその交差点の中心で、魂のない人形のように何をするでもなく佇んでいる。


風はない。


周りには生命の気配すら感じない。


どれくらい時間が経ったのだろうか。


ふと、隣に“誰か”の気配を感じる。


その“誰か”は、“俺”と同じように何をするでもなく、ただぽつんと立っているだけ。


振り返ろうと首を動かして――


そして、目が覚めた。

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