第十八話 砦の青班
「はーい。到着した人はこっちの受付まで〜」
聞き慣れた適当そうな声。
分厚い扉の付いた玄関を潜って最初に聞こえたのは、それだった。
ロビーらしき玄関には大勢の人間が溜まっている。
受付らしき机の前には腕章を受け取るための列ができ、その横では持ち込まれた木箱や布袋が次々と奥へ運ばれていた。
床に荷物を広げて中身を確認している人や、壁際に座り込んで休んでいる人もいる。
剣や槍を抱えた人間がこれだけ密集していると、ただの人混みよりずっと狭く感じる。
その人混みを掻き分け、声の方へ向かう。
マシロだ。
「あっ、ヴィル達も着いたんだね。待ってたよ」
言いたいことや聞きたいことは沢山あるが、まずはマシロの話を聞く。
「はい。これ、着けといてね」
青色に染められた腕章を人数分渡してくる。
渡された腕章は簡素で、染められただけの布といった感じだ。頑丈でもなさそうだ。
「…………青班の役割はなんだ?」
ヴィルが不信感を隠すつもりもなく、マシロに問う。
それは多分、青班全員が思っていることだ。
「えー、なんだっけなぁ? トイレ掃除とかだったかも?」
予想はしていたが、まともに答えるつもりはないらしい。
ヴィルも苛立った様子を隠す気はない。
「おい」
「ま、そのうち分かるよ? それまでは紫班と同じ探索で良い。私も不確定なことを自信ありげにペラペラ喋りたくはないしね。ただ、何かあったら報告するように! 以上! それじゃあ付いてきて」
返事も待たずに歩き出す。
青班の全員がヴィルの方を見るが、大きな溜息を吐いて首を横に振るだけだった。
「なんていうか……適当な人っすね!」
「フィリに言われるって相当ですね……」
エルが困ったように眉を顰めて言うが、付き合いが長そうなロアはなんとも言えない顔をしている。
「胡散臭いとも言うがな」
「……確かにね」
吐き捨てるように言うモーブが、ある意味一番的を射ているかもしれない。
非常に胡散臭い。
マシロのことは多少知ったが、微量の感謝とか、多少はある仲間意識とか、そういう感想を抱く前に『胡散臭い』という言葉がどうしても枕詞に付く。
「…………アレでも間違ったことはしない……ハズだ」
ヴィルが一応フォローするが、誰も信じられない。
“俺”も信じられない。多分ヴィルも信じていない。
それでも今は追いかけるしかなかった。
受付から離れて廊下へ入っても、人の気配は途切れない。
開けられた部屋の前には、まだ整理されていない荷物が積まれている。
既に防具を脱いで寝台に腰掛けている人もいれば、武器を壁際に並べて手入れを始めている人もいた。
別の部屋では四人分らしい荷物が床を占領しており、狭そうにその隙間を歩いている。
たった今まで無人だったはずの砦が、少しずつ人の住む場所に変わっていっている。
それでも、石造りの壁と等間隔に並んだ扉のせいか、生活感が増すほど逆に妙な感じがした。
「はい! ここが君達の部屋さ。女子はその隣」
一応男女別で、鍵も付いているようだ。
多少広めの部屋に、二段ベッドが二つ置かれている。
石造りの部屋を見ると、どうしても牢屋のように見える。
檻がないだけで、まんま質素な牢屋だ。
まぁ、ここまで来る途中に見た他の部屋も牢屋みたいだったから、なんとも言えない。
モーブやロア、ヴィルは部屋があるだけマシだと荷物を広げている。
とはいえ武器置き場や机が一つあるだけ、登塔家の部屋としては幾分か良い。
廊下を通っている時にも、寝台があることに妙に喜んでいる登塔家を何人か見かけた。
“俺”からすれば二段ベッドが置いてあるだけの質素な部屋だが、これでも十分良い方らしい。
「後で話があるから、受付まで来てね」
案内は済んだとばかりに、こっそりマシロから耳打ちされたことだけが恐怖だった。
隣の女子部屋はどうなのかと、少し様子を見に足を向ける。
扉には覗き穴のようなものはない。
そこは安心だ。
ノックしてみるが、触った感じは石というより金属に近い。
扉だけは特別頑丈に作られているようだ。
中からしか鍵を開けられないようになっていて、しかも外開き。
外に荷物でも置かれたら、開かなくなりそうだ。
「これじゃあ、中の物を外に出さないようにするみたいだな」
「誰っすか?」
声を聞きつけたのか、扉が開錠される音がする。
フィリのアホ毛が、主人より先にぴょこりと顔を出した。
「あぁ、アルっちっすか。どうかしたっすか?」
「あぁ、そっちの部屋の様子はどうかなと思って」
「んじゃ、どうぞっす」
フィリが身体を傾け、その隙間から中を軽く覗かせてもらう。
チラリと見た限りでは、別段変わった様子はない。
“俺”達の部屋と似た独房だ。
窓から見える景色が、隣と少し違うくらい。
「あんまり変わらないね」
「そうですね。特に隠し扉などもないようですし……」
短い間に探ったのか、エルが答える。
「……アル。この部屋、どういうことだと思う?」
言葉少なげにアイリーンが聞いてくるが、“俺”の感想は一つだ。
「閉じ込めるって感じかな……」
「そうっすよねぇ〜」
誰もが抱いた感想だ。
一体何をしようというのか。
いや、何が起ころうというのか。
「まぁ、呼ばれたから。できるだけ聞いてくるよ」
「呼ばれたって、マシロさんにっすか?」
首を縦に振って肯定する。
自分では普通に頷いたつもりだったが、内心を隠すのに失敗して、かなり嫌そうな顔をしていたと思う。
「あの人、胡散臭そうっすから気をつけてっすよ! アルっち」
マシロはどれだけ疑われてるんだ。
曖昧に笑って返すしかなかった。
女子部屋を離れ、受付へ戻る。
来た時よりも廊下に荷物が増えていた。
壁際には水の入った桶がいくつも並べられ、部屋の前では濡れた外套を広げて乾かしている人もいる。
どこかから金属を擦る音が聞こえ、別の部屋からは笑い声まで漏れていた。
遠くでは誰かが人数を確認する声を張り上げている。
百人近くが一つの場所に集まると、僅かな時間でもこうなるらしい。
まだここに来て大して経っていないはずなのに、砦は既にただの建物ではなく、登塔家達の仮の生活拠点になり始めていた。
それでも、数日もここで暮らすことになると思うと気が重い。
何より今から、その原因の一人と思われる人物と話をしなければならない。
「いやぁ、何度も申し訳ない、とは思ってるのだがね?」
「……んで、なんの用なんだ?」
用事があるなら、さっき話せば良かったのに。
人前で話せない内容となると、転生者関連だろうか。
「ん? 蝿の魔獣っていうか、デカい魔獣がいたでしょ?」
「あぁ……」
正直、あまり思い出したくもない外見だったが、それだけに鮮烈に覚えている。
まだ一週間も経っていない。
「アレと似たようなのが、また出るよっていう報告だよ」
「あぁ……ん? ちょっと待て。ちょちょ、ちょっと待て」
蝿魔獣は強かった。
勝てたのは偶然が味方してくれたから、という面も大きい。
そんなのが、また?
「なんで“俺”にだけ言うんだ!? もしかして、この砦ってそれのためか!?」
蝿魔獣換算なら、流石に少し過剰な気もするが。
「えぇ? だって説明できないしさ。特殊な魔獣……まぁ仮に『大魔獣』って呼ぶとして、それが来るなんてさ。それに、魔獣が消えるのは不可解だよ」
まぁ、確かにそう言われればそうとも言えるかもしれない。
「もしかして、魔獣が消えたのを警戒してこの人数なのか? っていうか、前はなかったのか?」
「質問ばっかりだね。魔獣が消えたのは、その大魔獣のせいだと私は睨んでる。前はこんなことなかったよ」
心外だ、と言わんばかりに首を振るマシロ。
だが内容が内容だけに、話が大きすぎてすぐには飲み込めない。
「もしかして……青班ってそういうことか? アレみたいなのと戦えってこと?」
エル、フィリ、ロアの実力はまだ分からない。
だが、アイリーン、モーブ、ヴィルの実力なら知っている。
もう一度蝿魔獣と戦ったとして、確実に勝てるとは言えない。
だが、確実に負けるとも言えない。
「そうなるね。ちなみに、君だけに話した理由は分かるかな?」
考えてはみるが、答えになりそうなものは思いつかない。
「…………なんで?」
「まぁ、答えないけどさ」
「なんでだよ!」
「これだけ知っててくれれば良い。“みんな”も私も、適当に選んでるわけじゃない。むしろ大魔獣には死んでもらった方が良いし、みんなが生きてくれていた方が都合が良いってこと」
それだけ聞くとなんとも言えない。
だが、珍しく真剣そうな表情をするマシロに少し気圧される。
白い肌と、水色と金色の両目が妙に光り輝いて見えた。
「分かった分かった。ちなみに、その『大魔獣』ってのが出ない確率はどんなもんなんだ?」
「んー、0%」
ふざけるな、と怒気が湧く。
どうにも、平穏は諦めるしかないようだ。




