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第十六話 大規模登塔

マシロが何か企んでいる、とヴィルに不安を煽られ、緊張したまま二日もの時間が経過した。

アイリーンとモーブに事情を話し、どうにか同行してもらうことになった。


「人多いな……」


そう漏らして周囲を見渡す。

ここは塔の前の広場。ヴィルが言っていたように、百人ほどの登塔家が幾つかのグループに分かれ、ここに集まっている。


普段から登塔家の通行が多い場所ではあるが……こんな風に大勢が固まっているのは珍しい。


人混みはそれなりに好きなのだが、剣や槍を持った人間の間に立っているとなると話は別だ。

正直、威圧感がある。


「アル、あんまりきょろきょろしないで……絡まれたら面倒だし……」


「それならそれで楽なんだがな……」


モーブが不平を零すが無理もない。

広場と言っても、そこまで大きくはない。仮に隣の人間が剣を抜いても、こちらが剣を抜く時間があるのか怪しいほどの距離だ。


皆似たようなことを思っているのか、どこか警戒気味だ。


登塔家は、ほぼスラムのような外街出身者が圧倒的に多い。

最近は多少マシになったとはいえ、信用できる仲間内以外にはピリピリしがちなのも仕方がない気がする。


「マシロは一体何考えてるんだか……」


病的なまでに白い少女のことを思い返すが、ヴィルの話を聞く限り、何も考えていないというわけではなさそうだ。


噂をすればなんとやら。

広場の一角が、おそらく土魔術で少し盛り上げられており、そこに何人か立っている。


その中には、都市防衛隊の制服を着たヴィルとマシロもいた。


「こんにちは、皆さん」


そこから一人が進み出て、よく通る声で話し始める。

軍服のような服を着た、焦茶色の短い髪の女性。一度見たことがある。確かライザさんだ。


「私は都市防衛隊隊長のライザ、と申します。今作戦の全権指揮権を持っています。いわば貴方方の上司に当たります」


堅苦しい話し方に、長くなるか、とほんの少し覚悟を決めるが、すぐに邪魔が入る。


「あー、ライザ。話が長くなるなら代わってくれないかい?」


近くにいたマシロだ。

ヴィルが頭を抱えているのが見える。傍から見る分には少し面白いが、当事者だったら多分胃に穴が開きそうだ。すぐ治るが。


「しかし、それは隊の規律を守るために……」


ライザさんも少し食い下がるが、


「まぁまぁ、彼らは部下じゃないんだよ? 顰蹙を買うのは却って危険だよ? ほら、任せて任せて」


この会話も登塔家達に丸聞こえだが、そのおかげかほんの少し空気が弛緩した気がする。


「……まぁ、貴方の方がそういうのは得意ですね。分かりました」


溜息と共にライザさんが下がり、マシロが前へ出る。


「では、話す人が変わるとして。まず今回の目的は、数日前から塔一層で魔獣が一切出現しなくなった件の調査だよ。一層と二層を探索してもらいます。一層には土魔術で仮拠点を作る。可能なら二層にもだね。食料等はこちらで逐次補充し、武器なんかも補充する。期間は一ヶ月。要は全面バックアップするから、気持ちよく登塔してね、ってことだよ?」


やはりヴィルから聞いていた通りの内容らしい。

ここまで“俺”は知っていたが、知らない人間もいたのか少し騒めきが起こる。


マシロは軽く手を上げ、口調のトーンを一切変えずに淡々と続けていく。


「落ち着いてくれたまえ。ここからが大事だよ。これから七つのグループに分かれてもらう。悪いんだけど、これは強制になる。各グループに一人、都市防衛隊の人間を付ける。基本は彼らに従ってくれたまえ。道中で手に入れた魔石の扱いはそちらで決めていい。問題が起きたらこちらの人員で対応するから安心してね?」


騒めきが更に大きくなるが、マシロは気にした様子もない。


「おい! ふざけんな! 仲間じゃねぇ奴と一緒にひと月もいられるかよ!」


どこからか声が上がる。

周りが止める様子もない。それは少なくない人間の心の声を代弁しているからだろう。


「まぁ……コレは強制じゃないんだよ? ただ、ちょ~っと調査が終わるまで塔への侵入は制限させてもらうけどね?」


声を上げた何人かの言葉が詰まる。


登塔家にとって塔は仕事場だ。

登塔家は魔石を売って収入を得る。


魔石が売れなければ、取れなければ、食事もできない人間もいるだろう。

まして、一ヶ月分の蓄えがある人間はそう多くない。


そしてマシロは、少し声のトーンを上げて強調する。


「そう……コレは権利だよ! たくさんいる登塔家の中から、君達は選ばれたんだよ! 勿論、他の登塔家にもケアはするつもりさ。でも君達は何日もっ! 食事の心配をしなくてもいい!」


周囲の会話が少し消え、皆が話の続きを待っている。

そしてマシロは少しトーンを下げた。


「安全に塔を登る良いチャンスだよ。大丈夫、問題は起こさせないし、起きたとしてもちゃんと内街の法律に則って罪を決めよう。それでは、他に質問がある場合は挙手を」


何人かがちらほらと手を上げているのが見える。

その中から、スキンヘッドの男をマシロが指定した。


「都市防衛隊の奴らが一緒に行動するって、本当に戦えるのか? 足手まといじゃないだろうな」


都市防衛隊の何人かが不快そうに眉を顰めるが、マシロは特に気にした様子はない。


「言うねぇ……まぁ、心配するのも分かるけど、今回付けるのは少なくとも塔に入った経験がある人達ばかりだよ。それに……戦うのが本業じゃなくても、何か起きた時に責任を持てる人ってのは、そう多くないのさ。では次、君」


若い男がおずおずと話し始める。


「あー、えっと……一層や二層って、どこまで調査すればいいんだ? どこかで帰っていいのか?」


「いい質問だね。原則としては、異常がなければ二層まで探索して帰還って感じ。途中で何かおかしいと思ったら、その時点で報告してくれればいい。無理して死ぬな、けど勝手に帰るな。これがルールだ。勿論、塔からの脱出は都市防衛隊の誰かに許可を取れればいいことにしよう」


「……食事って、美味いのか?」


挙手することなく、誰かがぽつりと漏らす。


「ふふ、期待してもいいよ。下手に外街の屋台で食うより、ずっと安全だしね。中には、もうここに住みたいって言い出す人もいるかもしれないくらいさ」


人員も物資も桁違いの量で探索できる。

この一文だけで揺れ動く人も決して少なくないようだ。


実際、周囲の囁き声も徐々に肯定的なものへ変わっている。


「質問はもうなさそうだし、グループ分けを発表するね? ではまずは……」


ここからは人の名前が淡々と読み上げられていく。


「アル。アイリーン。モーブは青班」


どうやらグループは色で分けられているらしく、都市防衛隊の制服を着た人間達が、赤、青、黄、緑、黒、白、紫の旗を持っている。


運動会みたいだなぁ、と一瞬考えるが、多分それを参考に作っているのだろう。


青班の旗を持った人間を見る。


……いや、どう見てもヴィルだ、コレ。


不機嫌そうに青い旗を持っている辺り、本意ではないのだろう。

それに加えて、先程にはなかった疲れたような表情をしている。


青班には、先に呼ばれて待っていた三人組がいた。


とりあえず挨拶でもしようと口を開きかける。


「お! 若い人達っすか!? 嬉しいっすね~!」


ヴィルが放つ剣呑な雰囲気を完全に無視するように、薄い紫紺の髪と瞳をした少女がこちらを見てはしゃいでいる。

頭にはアホ毛があり、紫色の外套を羽織っていた。


「フィリっす! よろしくっす!」


そう言って握手を求めてくる。


姦しい。そう表現するほかない。

いやまぁ嫌いなタイプではないが、陰に陽は効く。


なんだかアイリーンもモーブも、その勢いに呑まれたように静かだ。


一応、差し出された手を握り返す。


「……アルです。こっちは仲間のアイリーンとモーブ」


「ふむ……アルっちとアイっちとモブっちっすね! 覚えたっす! フィリちゃんかフィリ! フィリ様でもいいっすよ!」


「す、すみません。ウチの仲間が……」


流石に見かねたらしく、隣からフィリの仲間らしき少女が止めに入る。


薄い空色の髪に灰色の瞳。

どことなく修道服を思わせる服を着ている。


背中には、鉄製のラウンドシールドというのだろうか。それを背負っており、少女自身の穏やかそうな雰囲気とは少し異質な空気を放っている。


「あっ……エルと言います……よろしくお願いします。私もエルで結構です」


そう言って、ぺこりと頭を下げる。


「僕はロアです……」


もう一人は、錆色の髪に同じく錆色の瞳をした男。

そして何より、非常にデカい。


その身体に見合うサイズの鉄塊……いや、大剣を背負っている。

だが、その巨躯に反して腰はぺこぺこと低く、どこか柔らかな雰囲気を漂わせていた。


フィリを筆頭に癖が強そうな面々に、顔が引き攣りそうになる。

なんとなくヴィルが疲れた表情をしていた理由が分かった。


多分フィリのせいだ。


「おい、ほら。コレだ」


ヴィルがこっそり青い旗を脇に挟み、腰に差していた剣を渡してくる。


剣に対する審美眼など持ち合わせていないが、おそらくそれなりに高価なものなのだろう。

装飾は多少あるが、機能性を重視した物だということくらいは分かる。


「ありがとう」


素直に感謝すると、返ってきたのは舌打ちだった。


思わず苦笑する。

そういえば、コイツも結構癖があったな。


苦笑いを深くするだけだった。


すごく不安な一ヶ月になりそうだ。

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